マリーヌ・ルペン氏
マリーヌ・ルペン氏の選挙活動に暗雲が立ち込めている。
2011年からフランスの極右政党「国民戦線」の党首を務めてきたルペン氏は、4月23日に行われるフランス大統領選の第1回投票で2位に入ると予想されている。そうなればルペン氏が大統領になる可能性は残されるが、5月7日の決選投票では勝ち目が薄い。
人気候補であると同時に最終的な勝ち目は薄いという状況は、ルペン氏の戦術に大きな影響を与えている。決選投票で過半数獲得を目指すルペン氏は、極右政党の党首として極端な過去の言動と政治的立場を不安視する有権者の警戒感を和らげることに力を入れてきた。
問題は、彼女の計画通りに行かなかったことだ。
ルペン氏は、今回の大統領選で元大統領のニコラ・サルコジ氏と現職のフランソワ・オランド氏との再戦を望み続けてきた。しかし両氏は早い段階で選挙戦から脱落した。オランド氏は再選に向けて出馬せず、サルコジ氏は予備選挙を勝ち抜けなかった。ルペン氏はエスタブリッシュメント(既得権益層)との一騎打ちではなく、自身を含めた4候補による選挙戦を闘うことになった。
現在支持率が急上昇しているのはジャン=リュック・メランション氏だ。彼はポピュリストを自称し、アメリカ大統領選で旋風を巻き起こしたバーニー・サンダース上院議員と自身を重ね合わせている。保守系の統一候補フランソワ・フィヨン氏は妻や子供への不正給与疑惑でつまづいた。一時期支持率トップに立ったエマニュエル・マクロン氏は、元投資銀行員で過去には社会党に所属しており、オランド政権では2年間経済担当大臣を務めた。
ジャン=リュック・メランション氏
フランソワ・フィヨン氏
エマニュエル・マクロン氏
選挙戦の状況は劇的に変化してきた。一時はルペン氏が約3分の1の票を集めると見られていたが、ハフィントンポスト・フランス版の世論調査によると、現在は支持率で2位となっており、下位の2候補に対するリードもわずか3ポイントという状況に置かれている。
「彼女は国民戦線所属の候補者として、大統領選での新たな記録を打ち立てることになるでしょうし、あらゆる選挙を含めても国民戦線にとっては歴史的な記録となるでしょう。しかし世論調査での彼女の勢いは衰えています」と、調査会社「Elabe」の政治研究部門責任者イヴ=マリー・キャン氏はハフィントンポスト・フランス版の取材にこう語った。「世論調査では、2月の時点でルペン氏の支持率は28%でしたが、現在は22〜23%。ルペン氏は選挙期間中に勢いをつけられていません」
2017年のマリーヌ・ルペン氏は、2002年に有力候補として大統領選に出馬しながらも、第1回投票までの選挙活動を怠ったために敗れたリオネル・ジョスパン氏と同じ道を辿るのだろうか? ルペン氏がそうなる可能性はほとんどないとはいえ、今の状況では可能性はゼロとはいえない。
パリで選挙活動を行うマリーヌ・ルペン氏、4月17日。JEAN CATUFFE VIA GETTY IMAGES
決戦を間近に控えた今の段階で、さらなる支持率の低下を防ぐため、ルペン氏はここ10日間ほどで戦略を変えたようだ。彼女は基盤強化のために鋭く右に舵を切り、国民戦線の中核的主張である「フランス人としてのアイデンティティと、移民との闘い」というメッセージを一層強く打ち出した。19日夜に行われたマルセイユでの選挙集会でルペン氏は、その点を強く主張した。
この集会には、ルペン氏の姪マリオン・マレシャール=ルペン氏も参加した。マリオン氏は今回の選挙戦にはほとんど登場してこなかったが、ルペン氏が主張を軟化させる以前は国民戦線のシンボル的存在となっていた。さらに最近のルペン氏は、合法的な移民の受け入れを早急に一時停止することや、予備兵を再招集してフランス国境の警備を強化することなどを公約に掲げた。
さらにフランス各地の集会でルペン氏は「宥和路線」のベールを捨て去り、挑発的な演説でターゲットとなる有権者の再動員を図っている。
「私が大統領なら、モハメド・メラのような人物は現れなかったでしょう」とルペン氏は最近行われた集会で、2012年にトゥールーズで7人を射殺した犯人の名前を出してそう語った。「バタクランやスタッド・ド・フランスの移民テロリストも出てこなかったはずです」と、ルペン氏は2015年11月にパリで起きたテロ事件も引き合いに出している。
パリの街に貼り出された、ルペン氏とエマニュエル・マクロン氏の公式選挙ポスター。CHESNOT VIA GETTY IMAGES
ルペン氏はフランスによるアルジェリアの植民地化にまで言及し、国家としてのアイデンティティを煽る作戦に出た。「植民地化は多くのものをもたらしました。特にアルジェリアでは、病院や道路、学校が建設されました。誠実なアルジェリアの人々もそのことを認めています」と、ルペン氏は4月上旬、フランスのテレビ局「BFMTV」に出演してそう主張した。
■ 第二次大戦中にユダヤ人を一斉検挙した「ヴェル・ディヴ事件」の責任を否定
ルペン氏の失速は、9日のインタビューがきっかけだった。
フランスのテレビ番組「La Chaîne Info」のインタビューで、ルペン氏は第二次世界大戦中のパリでフランス警察がユダヤ人を一斉検挙した「ヴェル・ディヴ事件」についてフランスの責任を否定した。
ヴェル・ディヴ事件とは、1942年7月16日から17日にかけて1万3000人以上のユダヤ人が一斉検挙され、ヴェロドローム・ディヴェール競輪場に収容された事件のこと。検挙されたユダヤ人の多くが、その後アウシュビッツ強制収容所に送られ死亡した。
ルペン氏は番組内でこの事件で果たしたフランスの役割について、「フランスにヴェルディヴの責任があるとは思いません」と語った。
「一般的に、責任がある人たちがいるとすれば、それは当時権力を持っていた人だと思います。フランスではありません」とルペン氏は主張し、フランス全体ではなく検挙したヴィシー政権だけが責任を負うべきとの考えを示した。
ジャック・シラク元大統領が1995年に謝罪し、フランソワ・オランド大統領も同様に謝罪したのと比べると、ルペン氏のコメントは著しく対照的だ。
ルペン氏はシラク氏やオランド氏の謝罪について、「歴史の暗部だけを見て、我々の子供たちに、フランスを批判する材料を教えているのです」と語った。
対立候補のマクロン氏はBFMTVに、ルペン氏のコメントについて「マリーヌ・ルペン氏はジャンマリ・ルペンの娘であることを忘れていた人たちがいる」と批判した。
国民戦線の創設者で、娘のルペン氏に除名されたジャンマリ氏は、「ユダヤ人を殺すのに使われたガス室は歴史上ささいなことだ」と主張し、人道に対する罪に異議を唱えたとして2度有罪になっている。
ユダヤ人の国際組織「世界ユダヤ人会議」(WJC)フランス支部は、ルペン氏のコメントを批判した。
ユダヤ人組織を統括するCRIF(在仏ユダヤ系団体代表協議会)は「タイムズ・オブ・イスラエル」に声明を発表し、「こうした発言は、1995年にフランスのユダヤ人の強制移送の責任を認識し、記憶を選別せず、歴史に向き合ったフランスに対する侮辱だ」と述べた。
この発言で集中砲火を浴びたルペン氏はその後、2012年の大統領選で躍進のきっかけとなった「移民とテロ」を結びつける戦術を再開させている。
「ルペン氏の支持基盤は非常に強固で、縮小はしていませんが、新たな支持層を獲得できていません」と、世論調査の責任者イヴ=マリー・キャン氏は語った。「2012年にサルコジ氏を選んだ有権者たちは、自分たちの意思を長い間表明しませんでした。フィヨン氏を支持しないという層は意思表示を始めていますが、ルペン氏はその層をあまり取り込めていません」
ルペン氏は、4月23日の第1回フランス大統領選挙で、他の候補者と戦う予定だ。その選挙のトップ候補者2人が、5月7日の最終選挙で大統領の座を争う。今のところ、フランスの有権者の4分の1が、23日の第1回投票で誰に投票するか決めかねている。
ハフィントンポストUS版より翻訳・加筆しました。
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