ロシア南部チェチェンで、100人以上の男性同性愛者(ゲイ)たちが拘束され、少なくとも3人が死亡したとロシアのリベラル紙が報じ、物議を醸している。チェチェンの行政当局は報道を否定するが、反響は国外にも飛び火。国連の人権関係機関が疑惑の調査を呼びかけるほか、ヨーロッパでは支援のための募金活動も始まった。性的少数者(LGBT)の人権をめぐり、ロシアはこれまで度々欧米側から批判されており、対立が再燃する可能性がある。
「ホモフォビア(同性愛などに対する偏見を意味する言葉)は国の恥」と書かれたプラカードを掲げるロシア人の男性同性愛者。ロシアではLGBTに対する偏見が根強い=2010年6月26日、ロシア・サンクトペテルブルク
イスラム教指導者やテレビ司会者らも拘束?
疑惑を報じたのは、ロシアのリベラル紙「ノーバヤ・ガゼータ」。政権や政治家らを批判したり、人権問題を扱ったりする記事などに定評がある。ノーバヤ・ガゼータは4月1日、公式サイトで「名誉殺人」と題する記事を掲載。イスラム教徒の多いチェチェンで、同性愛者との理由で100人以上の男性が拘束され、少なくとも3人はすでに死亡、死者はさらに増える可能性があるなどとしている。
拘束された人の中には、イスラム教の指導者やテレビ司会者もおり、中心都市グロズヌイだけでなく、周辺集落でも拘束されるケースが相次いでいるという。拘束された人たちは自らゲイだと明かしていないが、この地域が「狭い社会」のため、彼らの性的指向に関する情報はすぐに知れ渡る、と同紙は指摘している。
また、同紙は拘束が解かれても危険は続くとも解説。チェチェンではイスラム社会にみられる「名誉殺人」の慣習が残っており、同性愛を恥とみなす親族から命を狙われる可能性があるという。
民族衣装を着て伝統的な踊りを披露するチェチェンの人たち=2010年4月25日、ロシア・グロズヌイ
同紙は掲載の約1週間前に情報を入手し、地元のLGBT団体や警察、行政、情報機関の関係者らに裏付けを取ったとしているが、この報道に対し、地元の行政当局は反発。チェチェンの行政トップ、カディロフ氏の人権などの諮問機関は4月3日、「あらゆる情報を分析したが、(記事に書かれたことは)間接的なものも含めて確認は取れなかった」と発表した。カディロフ氏本人も4月19日、プーチン大統領と面会した際、「挑発的な記事だ」などと内容を完全否定した。プーチン氏も記事については特段触れることはなかった。カディロフ氏は10年にわたってチェチェンの行政トップの座に就き、強権的な政治を続けているとされる。
プーチン大統領(左)と面会するカディロフ氏=4月19日、モスクワ・クレムリン
一方、ノーバヤ・ガゼータは4月19日、編集部あてに白い粉が入った封筒が届いたと公表した。差出人は書かれておらず、「グロズヌイ」と書かれていた。警察などが調べているが、編集部は記者らの身が危険にさらされているとしている。
欧米は反発
記事が出て以降、欧米などからは反発の動きが出ている。アメリカのヘイリー国連大使は4月17日、「もし事実ならそのような人権侵害は無視できない。チェチェンの当局は早急に疑惑を調査しなければならない」などとする声明を発表。国連人権高等弁務官事務所も徹底調査などをロシアに求めている。また、フィンランド国営放送によると、フィンランドやスウェーデンの性的少数者支援団体が、チェチェンに住むゲイたちが逃げられるよう、募金集めを始めたという。
LGBT差別根強いロシア
ロシアではLGBTへの差別や偏見が根強い。街中で同性愛者の男性が大柄の男たちに取り囲まれ、いじめられる様子が動画サイトに投稿されたり、性的指向を知られ、会社を辞めさせられたりするなどの事例が後を絶たない。2013年には、公の場で未成年者に同性愛などを宣伝する行為を禁ずる「同性愛宣伝禁止法」が成立し、LGBTへの差別を助長しかねないとして世界各地で批判が起こった。一部の知識人らは、翌年ソチで予定されていた冬季五輪のボイコットを呼びかけるなどした。LGBTの権利を訴える「ゲイパレード」も事実上禁止で、開催を強行した当事者たちが、社会秩序を乱したとして逮捕される事態が相次いだ。
同性愛者の人権を訴えるデモを使用としたところ、警察官らに拘束されるゲイの男性=2009年5月16日、モスクワ
因縁
ノーバヤ・ガゼータはチェチェンとは「因縁」もある。ロシアからチェチェンを独立させようとした武装勢力をプーチン政権が武力攻撃した際、行き過ぎた政権軍の行為について報じたのが、同紙のポリトコフスカヤ記者だった。ポリトコフスカヤ氏はその後もプーチン政権を鋭く批判し続けたが、2006年10月にモスクワで殺害された。複数の実行犯が逮捕されたが、背後には政権の意図が働いている可能性を指摘する欧米メディアもあった。
ポリトコフスカヤ氏=2001年2月27日