イスラムと民族の戒律からの自由を求める母と娘の姿を描くパキスタン映画『娘よ』が、3月25日から東京・岩波ホールを皮切りに各地で上映される。2015年のアメリカ・アカデミー賞外国語映画賞部門のパキスタン代表作に選ばれただけではなく、世界20か国以上で上映されて映画賞を受賞するなど、高い評価を受けた作品だ。日本で劇場公開される初のパキスタン映画でもある。
メガホンを取ったのは、同国では数少ない女性監督、アフィア・ナサニエルさん(42)だ。ナサニエルさんは来日した際にハフィントンポストの取材に応じ「伝統やしきたりが大切な一方で、自由、尊厳、愛についてどれだけの犠牲を支払わなければならないのかという重要な問題を提起した」と語った。
あらすじ:パキスタン、インド、中国の国境にそびえ立つカラコルム山脈の麓で、戦いと融和を繰り返しているパキスタンの山岳民族。部族間のトラブルをおさめるため、相手の部族長の花嫁に指名されたのは10歳になる娘ゼナブ(サーレハ・アーレフ)。かつて同じように若くして嫁がれた母親のアッララキ(サミア・ムムターズ)は、部族の掟を破り、幼い娘を連れて必死の逃亡を図る……。
アフィア・ナサニエル パキスタン北西部クエッタ生まれ。ラホールの大学で学び、国際機関で数年働いた後、2006年、アメリカのコロンビア大学映画学科大学院を卒業。コンピュータ・サイエンティストから監督に転じ、今作品『娘よ』は最初の長編監督作。現在はニューヨークを拠点にコロンビア大学でシナリオライティングの教鞭を取り、アメリカとパキスタンで監督志望の学生の指導にもあたっている。
——まず、作品の発想はどこから得たのでしょうか。
(北西部の)部族地域から母が幼い娘を連れて逃げたというパキスタンの実話に触発されて書きました。2人にどういう将来が待ち構えていて、母がどうやって自分の娘を守ろうとするのか、想像をめぐらせてフィクションを書きました。
また、逃亡中に出会うトラック運転手のソハイル(モヒブ・ミルザー)は、主人公のアッララキにとって愛の対象となり、その一方で葛藤を生む存在でもあります。報われない愛、禁断の愛も折り込みました。
映画の終盤では、伝統やしきたりの大切さの一方、自由、尊厳、愛についてどれだけの犠牲を支払わなければならないのかという重要な問題を提起したつもりです。
——映画を制作しようと思い立ってから完成までに10年かかりました。どうしてですか。
財政的な理由が大きいです。脚本は早くに書き上がりましたが、お金を集めるのにとても苦労しました。主人公が女性で、パキスタンで撮影し、しかも女性監督の初めての長編ということで、はじめは賛同してくれるところがなかったんです。結局、ノルウェー、アメリカ、パキスタンの共同で作ることになりました。アメリカなどは、作品の意義について理解してもらうまでに時間がかかったんです。
——作品の出だしの部分の地方の長閑な風景と、後半のラホールとの都市の光景が対照的な印象でした。
パキスタンの多様性を表現したかったんです。ラホールのような大都市がある一方、のどかな村があって、進歩的な考えの場所もあれば、とても保守的なところもあります。そういうことを知って欲しいと思いました。
——物語は掟から逃げようとして行動を起こす母娘と、追う者との逃避行ですね。パキスタン映画だということをイメージしにくいというか、展開がアメリカ映画のように劇的だとも感じもしました。
そう感じてもらえると嬉しいです。作品は、アート系とロードショー系の中間のようなものだと思っています。ドキュメンタリーの要素もあり、ロードムービーであり、スリラーのようでも恋愛ものでもあります。普遍的なテーマを扱い、大衆にも見応えがあるようにつくりました。
——特に苦労した点は何ですか。
初めの地方の部分の撮影は、(北部の)ギルギット・バルティスタンで行いました。それでも地元の一人が撮影許可してくれない場所もあり、敢えてそれ以上の交渉はせずに打ち切り、別のロケーションにしたこともありました。
ギルギット・バルティスタンは、冬はマイナス15度にもなり凍りつくような場所です。そこで2ヶ月間撮影しました。土砂崩れの恐れもありました。
後半のラホールの場面は、寺院で撮影をした際に300人のエクストラが参加しました。普通は撮影に4、5日かかるところ、自爆テロの可能性もないとは言えなかったので、一晩で撮り終えました。
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——パキスタンでは、女性の映画監督、シャルミーン・ウベード・チナーイさんが2012年と16年にアメリカ・アカデミー賞の短編ドキュメンタリー部門賞を獲得しています。ただ、女性監督は多くはないですよね。
パキスタンでは数少ないです。彼女は昨年、女性への暴力として社会問題となっている「名誉殺人」の被害を訴える作品で受賞しました。パキスタンでは、映画は男性のためのものという意識が強いです。ただし、女性の私には、同性の村人に壁を作らずに話しかけることができるという利点がありました。撮影クルーは男性ばかりでみんなが映画を作る情熱を持っていましたが、女性は監督の私だけでした。
——この作品の、パキスタンでの反応は。
2014年9月に主要都市では公開しています。普段は劇場に足を運ばないような人も家族連れで見てくれました。心配を拭い去ることができました。パキスタンでは女性だけで映画館に行く文化は広まっていませんし、パキスタンの映画はいつも男性客がターゲットで、作品中は美しい女性がいつも歌って踊っています。でも時代は少しずつ変わっており、これからが楽しみなのかもしれません。
——最後の場面は、幸せになるのか不幸せになるのか、考えました。観客の感じ方に任せているということですか。
そうです。パキスタンの映画やドラマはハッピーエンディングばかりです。でも、実際の人生はそんなに美しい話ばかりではありませんよね。ほろ苦いこともあります。作品にはあえて余韻を残し、見終わって映画館を出た時に考えを巡らせてもらおうと思いました。
——トラック運転手のソハイルは作品中、(隣国アフガニスタンで戦った聖戦士)「ムジャヒディン」だったと告白します。この映画はそんな風に地域事情も映し出し、またパキスタンでよく走っているデコレーションされた派手なトラック(デコトラ)も登場し、パキスタンの紹介のようにもなっています。
そう言っていただき嬉しいです。トラックについては、所有している人に取材をしたりして、ヒントを得ました。
——ところで、パキスタンの部族地域の女性と聞くと、12年に武装勢力に撃たれた教育活動家のマララさんを思い浮かべます。パキスタンの女性を取り囲む状況は良くなっていますか。アフィアさんは、女性が強い家系に育ったと聞いていますが。
メディアでは、パキスタンというと、テロなどで怖いという良くないネガティブな見出しが並ぶことが多いですね。パキスタンは家父長制が社会に根付き、日常的に女性が虐げられ苦労するのを見てきました。また、毎年1400万人の少女が強制的に結婚させられているという事実もあります。
でも私は、女性ですがチャンスを得ました。私のような女性も出ているんです。作品の後半のラホールのシーンでは、前半の部族が支配する地域とは違い、街中で娘たちが父と手を繋いで歩き回っています。頭に被り物をしていない人もいます。パキスタンはまだ閉ざされた部分もありますが、そうでない女性もいます。芸術を通じて自分たちのメッセージを社会に送ろうという時代が、パキスタンに到来しているように感じています。
——最後に、日本人へのメッセージは。
作品を見て、シンプルに楽しんで下さいと言いたいです。
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監督・脚本・製作:アフィア・ナサニエル 出演:サミア・ムムターズ サレア・アーレフ モヒブ・ミルザ 原題:DUKHTAR 英題:Daughter 日本版字幕:松岡葉子 2014年/パキスタン・アメリカ・ノルウェー
配給:パンドラ