身体障害者補助犬法ができて15年。障害者の社会参加を進めてきた一方、病院や飲食店などで同伴拒否の例はなくならず、街で見かけても対応がわからない人も少なくない。
介助犬の育成や普及に奔走し、横浜市総合リハビリテーションセンターで医師として働く高柳友子(医学博士・日本介助犬協会事務局長)さんに、現状と課題を聞いた。併せて、介助犬の仕事ぶりがわかる写真も紹介する。
■ 犬のためではなく・障害者の社会参加のための法律
――身体障害者補助犬法が2002年に施行されて15年ですね。改めてどんな法律か教えてください。
目の不自由な人が安全に歩けるようにする盲導犬、手や足に障害のある人の動作をサポートする介助犬、耳の不自由な人に必要な音を知らせる聴導犬の補助犬3種について、同伴受け入れを拒んではならないとされました。
場所は公共施設や交通機関、飲食店、病院、従業員50人以上の職場などです。ユーザー側の義務もあり、ユーザーと補助犬は厚生労働大臣の指定法人で認定を受ける。ユーザーは補助犬の衛生や健康、行動について管理する能力が問われます。
医学生のころ米国に留学したとき介助犬を知って以来、日本に情報を広める活動をしてきました。その中で、厚労省の研究費を得て補助犬の研究をしました。どんな役割があって、どんな法整備が必要か。5年かけてまとめ、補助犬法案につなげました。補助犬のユーザーは合わせて1000人ぐらいですが、国会議員の理解があり、成立しました。
犬のための法律ではなく、障害者の社会参加と自立を進めるための法律です。補助犬法が日本で初めての障害者差別を禁止する法律とも言われ、2016年にようやく、差別禁止法と同義の障害者差別解消法が施行されました。
■ 浸透のため公共の場で訓練犬の受け入れを依頼
――15年の間に、補助犬法はどのぐらい浸透しましたか。
法律によって、補助犬ユーザーの社会参加が保障された成果はあると思います。介助犬に関しては、以前は全国に30頭ぐらいだったのが、最近は70頭を超えました。ユーザーが増え、受け入れも進んだ一方で、同伴拒否の例もあります。それがニュースになるのは、補助犬が浸透したからと言えるでしょう。昔なら、問題として取り上げられませんでした。
どこにでも補助犬がいる街に、というのは夢ですが、もともと日本は犬に寛容な社会ではありません。ものを壊すんじゃないか、粗相をするのでは? と心配される。私たちの協会は、街で受け入れてもらう機会を増やす努力をしています。
介助犬になるための最後の訓練で、横浜や名古屋の地下鉄とバスに協力をお願いしています。事前に申請して、介助犬の訓練中と明示。百貨店や献血ルームでも訓練させてもらい、受け入れ側もどうしていいかわからなかったので勉強になると言われる。こういった受け入れの場が増えてほしいです。
画像集「介助犬のお仕事」
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■ 「守衛が預かる」と言われ・医療機関でもいまだ受け入れ拒否
――同伴拒否はまだあるのですね。
残念ながら、医療機関での受け入れ拒否が多いです。医療機関向けに、厚労省が受け入れ促進のための冊子を作りました。補助犬は障害者のパートナーであり、ペットではなく、受け入れ義務があると呼びかけています。
確かに医療機関は、感染やアレルギーなど配慮がいり、他の患者さんの理解も必要。でも補助犬は衛生や行動の管理が万全で、迷惑はかけません。事前にユーザーが申し出ても、断られたり、条件付きになったりの例があります。守衛が預かりますとか、検査室や病室はダメとか言われる。ユーザーは透析など医療のケアが必要で、待ったなしの場合もあるのに。親しい人に補助犬を預けざるを得ないときもあります。
レストランで補助犬を連れていて、店内は空いているのに出口近くに案内されることがありました。『迷惑がかかったら失礼しますので、あちらの席に案内してもらえますか』とお願いし、帰る際には店員さんに『おりこうなんですね。先ほどは失礼しました』と言われ、理解してもらえました。受け入れる側も、こうした体験が必要ですね。
■ ベストな選択としての補助犬・10歳まで見届けられるユーザーに
――補助犬を訓練する事業者の質はどうですか。
訓練事業者は、第二種社会福祉事業として届け出ればいいので、実態のない事業者もあります。補助犬を希望するとき、事業者の質をよく見ましょう。ユーザーがどのぐらいいるか実績をチェック。補助犬は体の一部を代償するものなので、障害や病気に配慮できるか。フォローはしてくれるか。貸与は、基本的に無料または低額です。
訓練士の資格制度はないので、日本介助犬協会は研修制度を作りました。医療との連携も必要で、協会では私がリハビリ科の医師ですし、嘱託の理学療法士や作業療法士がいます。
心身の状態や生活環境などから、だれにでも補助犬がふさわしいわけではありません。貸与するかどうか、事業者の見極めが大事です。補助犬は、『おりこうで飼いやすい、癒しのペット』ではない。貸与の目的は、障害者の社会参加と自立のためです。介助犬の場合は特に、障害の状態や介助犬を持った場合のゴールなどをしっかりと把握し、ベストな選択として渡したい。10歳で引退するまで、ユーザーと共に幸せに暮らしてほしいから。
たくさんの過程を経て貸与が決まると、介助犬総合訓練センターで合同訓練をします。その後、認定試験に合格して初めて介助犬となります。実際の生活が始まったら、訓練で習ったことや介助動作をし続けるのが大事。それをやめてしまっては補助犬との関係が保てません。
■ 犬は人のサポートに最適な動物・ユーザーが世話をする張り合いも
――なぜ、障害者の補助をするのは犬なのでしょう。
動物には家畜動物と野生動物がありますが、サルなどの野生動物は公衆衛生上、分からないことが多く人間社会での健康管理は不可能です。家畜のうち家庭動物として定着したのは犬とネコだけ。訓練しやすく排泄も管理できて、社会参加に適しているのは犬だと思います。
人による介助はどうでしょうか。人対人だと、気を使う。例えば物をしょっちゅう落としてしまう場合、人間だったら常に笑顔で拾ってもらうのは大変ですね。介助犬なら、遊びの延長の感覚で、繰り返しでも喜んで拾ってきます。
あとは、ユーザーが補助犬の世話をすることがポイントです。介助してもらうだけでなく、散歩や食事、手入れなどの世話をしなければならない。そうやって必要とされるのが、生きる張り合いになる。最近は、介護ロボットも開発されて、ある部分の機能としては優秀だし、広がってほしいです。ですが、人を真に元気にしてくれるのは、ユーザーのためにやりたい、ほめてほしいというネアカな動物である犬ではないでしょうか。
■ 見かけたらユーザーへ声かけ・補助犬には「優しい無視」を
―――盲導犬ユーザーが駅のホームから転落して亡くなる事故がありました。周りの人はどうしたらいいですか。
ユーザー本人に声をかけても、大丈夫ですと言われるかもしれません。声をかけるのをためらう人も多いでしょう。それでも、最後は人の助けがいります。ホームなどで見かけたら、何かお手伝いしましょうかと声をかける勇気を持って。ただし補助犬には、触ったり、じっと見たりしないで、「温かい、優しい無視」をしてください。気を引くとユーザーが危険な状況になる恐れもあります。
■ 広がるキャリアチェンジ犬の可能性・患者に寄り添う動物介在療法も
――訓練しても補助犬になれなかった犬や引退犬は。
私たちの協会は候補犬の繁殖からします。1歳までは、ボランティアの家庭(パピーホーム)で過ごし、訓練を始め、適性を2歳までに評価。その後10歳までは介助犬を務め、引退したらユーザーに家族がいて引き取る例もあり、パピーホームに帰る犬もいます。
介助犬になるのは、10頭のうち2~3頭。乗り物が好きじゃない、犬や鳥などの動物に興奮する、雷や人込みが苦手、においをかぐのが好きなどの特性があったら、介助犬には向かないと判断します。キャリアチェンジをして、介助犬の仕事を見せるPR犬になる犬もいますし、介助犬の対象とはならない障害者の家庭にペットとして迎えられることもあります。
最近は、病院で活躍しているキャリアチェンジ犬がいます。協会と交流のあるスウェーデンの団体で、盲導犬の訓練を受けていたスタンダードプードルのミカは、マッチングがうまくいかず日本で活躍してほしいとやってきました。訓練は受けましたが、介助犬には向かない繊細な面がありました。
ちょうど聖マリアンナ医大病院から、動物介在療法を取り入れたいと相談されていたので、試みに訪問活動として病院へ行ってみました。大勢に囲まれても全ての患者さんにくまなく挨拶。興奮するでもなく遊んだり、おなかを見せて触らせたり。動物介在療法こそ、ミカの特性を生かせると教えられました。
ミカを貸与するにあたり、責任を持って世話をするハンドラーになるスタッフに訓練を受けてもらいました。時間をかけて準備し、貸与してからも、協会の職員が病院に出向いて健康状態を見たり、課題があればフォローしたり。動物が患者さんに寄り添う介在療法は、みんなが笑顔になれていいことづくめ。
だからこそ患者さんの期待を裏切らず、継続するための準備が大事です。他に動物介在療法を希望する病院もありますが、マンパワーや費用の面、あらゆる部署の理解があるかなど慎重に進めなければならないので、一つずつ取り組んでいるところです。
高柳友子(たかやなぎ・ともこ) 1966年生まれ。もとは内科医だが、介助犬の普及に取り組む中でリハビリ科に転向。日本介助犬協会(社会福祉法人)事務局長、日本身体障害者補助犬学会理事。
なかのかおり ジャーナリスト Twitter @kaoritanuki
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