2015年11月5日に全国で初めて条例が定める「同性パートナーシップ証明書」を発行するなど、ダイバーシティ施策を積極的に進めている渋谷区。区内の東京体育館、国立代々木競技場が会場に予定されている東京オリンピック・パラリンピックを前に、スポーツとLGBTに関する講座が開催された。LGBTなどの性的マイノリティのスポーツへの参加について、当事者と非当事者はどう取り組めばよいのだろうか。スポーツの力が社会のダイバーシティ推進のためにできることとは何か−−。当日の様子をレポートする。
NPO法人虹色ダイバーシティ代表・村木真紀さん
■なぜリオ大会はLGBTフレンドリーだったのか
10月20日、渋谷区商工会館において〈渋谷男女平等・ダイバーシティセンター アイリス講座 『LGBTとスポーツの現場~リオ五輪でLGBTを取り巻く状況はどう変化したか~』〉が開催された。講師を勤めたのはNPO法人虹色ダイバーシティ代表の村木真紀さん。村木さんはまず、リオデジャネイロ五輪・パラリンピックでカミングアウトした選手が50人を超え過去最多となったことから話を始めた。この人数はロンドン大会の23人に比べると倍増だ。
「この大会で印象に残った選手の一人が柔道のラファエラ・シルバ選手です。彼女はブラジルの貧困地区の生まれで、有色人種で、しかもレズビアン。多様性の象徴のような彼女が今大会、ブラジルの金メダル第1号になった。他にもLGBTが様々な場面で目立っていました。開会式でブラジルのプラカードをかかげていたのは、ブラジル出身のトランスジェンダーのスーパーモデル、リア・T。聖火リレーでゲイカップルがキスをしたシーンや、ラグビー7人制女子ブラジル代表のイサドラ・セルロ選手や、男子競歩イギリス代表のトム・ボスワース選手の、同性パートナーとの公開プロポーズも話題になりました。」(村木さん)
なぜリオ大会は今までになくLGBTフレンドリーなものになったのか。その理由の一つはオリンピック憲章が変わったことにある。オリンピック憲章の第6章は差別禁止の規定だが、それが2014年に改定され、「性的指向」によっても差別されてはならないことが明記された。
村木さんはこう続ける。
「東京開催が決定されたあとの改定ではあるものの、東京大会も当然この憲章に沿って開催されることが期待されています」
マイクを持って話す村木真紀さん
■ロンドン大会を機に同性婚を可能にしたイギリス
LGBTの権利がどの程度守られているかは各国で違う。ロシアでは2013年に「同性愛プロパガンダ禁止法」が制定され、これに抗議して2014年のソチ大会のボイコットが起きた。この事態を受けて国際オリンピック委員会(IOC)は五輪憲章に「性的指向」による差別の禁止を盛り込んだのだ。
「ここ最近の開催国の状況を振り返ってみると2010年のカナダは同性婚が可能な国でした。イギリスはロンドン大会が開催された2012年の時点で、結婚に準じるパートナーシップ法があった。ロンドン大会はダイバーシティがテーマで、LGBTのアーティストが開会式、閉会式に登場して注目を集めました。ロンドンが多様性を認める街であることをアピールしたんです。そして翌2013年に、同性での結婚を可能にする同性婚法案が可決しました。東京オリンピック・パラリンピックを機に、イギリスと同じような流れが日本でも起きればいいですね」
日本は法的な制度の面で言うと、性的少数者の権利に関して決して先進国とはいえない。特に差別的な法律もないが、同性婚のような権利が認められているわけでもない、いわばグレーゾーンの国だ。そのような状況にあって東京大会を開催するときに私たちは何をすべきなのだろう。
■続々とカミングアウトするアスリートたち
アスリートはスポンサーに嫌われることを恐れ、カミングアウトを躊躇するものだ。そんな中で最も早い時期にカミングアウトしたアスリートがテニスのマルチナ・ナブラチロワ。1985年、レズビアンであることをカミングアウトした。
彼女はそれまで多くの広告に起用にされていたが、カミングアウトした事で一時的にそれがなくなってしまう。その彼女を再度起用したのは、日本のスバルだった。アメリカ市場に食い込むためにLGBTをマーケティングのターゲットに絞り込んだのだ。そして実際に多くのレズビアンに支持され、その後、LGBT以外にも受け入れられていく。スバルのマーケティング戦略は見事に成功したといえる。
スポンサーの問題以外にも、ファンや友人との関係などアスリートがカミングアウトするためには多くの問題がある。特にトップアスリートはまだ年齢的にも若いことが多く、様々な困難に直面する。それでもカミングアウトするアスリートは増えている。
著名な選手では、オーストラリア男子水泳のイアン・ソープ、オランダ女子スピードスケートのイレイン・ブスト、アメリカ女子サッカーのレジェンドとも呼ばれるアビー・ワンバック、アメリカNFLのマイケル・サムなど。アメリカの4大スポーツのうちアメフトとバスケには既にカミングアウトした選手がいる。野球とホッケーはまだだ。
現在、日本代表でカミングアウトしている選手はいない。ただ、元サッカー日本女子代表など引退後にカミングアウトした人はいる。またフィギュアスケートの元選手がバラエティ番組でカミングアウトしたことも話題を呼んだ。女子ボクシングではトランスジェンダーの真道ゴー選手が活躍している。
会場の様子
■LGBTライツ(権利・人権)に関するスポーツ界の様々な取り組み
五輪憲章の改定の他にも、スポーツ界では様々なLGBTライツに関する取り組みが行われている。たとえばサッカー界では五輪憲章以前に、FIFA(国際サッカー連盟)憲章で性的指向による差別の禁止を打ち出している。
若いLGBTの自殺防止を目的にアメリカで始まった〈It Gets Better Project〉にも多くのアスリートが参加した。カナダのアイスホッケー界からスタートし、スポーツの場での差別をなくす活動に取り組む〈You Can Play Project〉は、アライ(LGBTの支援者、理解者)も積極的に活動していることが特徴的だ。〈Rainbow Laces〉は、レインボーカラーの靴ひも(シューレース)を使用してLGBTフレンドリーであることを示そうというイギリスのプレミアリーグでの運動。〈Stop the Slurs〉はスタジアムなどでのLGBTに関連したヤジをやめようというアメリカの運動。アイスホッケーでは〈PRIDE TAPE〉というスティックにレインボーカラーのテープを巻くことでLGBTの支援を表明する活動が行われている。
スポーツ関連の企業もLGBTフレンドリーな活動に熱心だ。アディダスはミュージシャンでクリエイターのファレル・ウィリアムスとのコラボでトレードマークのスリーストライプスを2本にして=(イコール)を表現したコレクションを発表。これはイコール=平等を訴えるもの。ナイキは〈BE TRUE〉、コンバースは〈Pride Collection〉といずれもレイボーカラーをあしらうことでLGBTフレンドリーであることを表明するシリーズを発表している。また、単に商品を売るだけでなく、アディダスでは、契約を結んだアスリートのカミングアウトを理由に、契約の変更や解除はしないと宣言している。
※後編「スポーツにはLGBT差別をなくす力がある。東京オリンピック前に私たちができることって?」はこちら。
(取材・文 宇田川しい)
▼LGBTであることをカミングアウトしたアメリカの有名人(画像集)▼
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