シリーズ「川が私を受け入れてくれた」より (c)Rinko Kawauchi
「現代写真におけるもっとも革新的な作家の一人」
2015年に個展を開催したオーストリアの美術館「クンスト・ハウス・ウィーン」は写真家・川内倫子をこう評する。
2002年、30歳のときに『うたたね』『花火』の2冊で第27回木村伊兵衛写真賞を受賞して以降、海外でも積極的に展覧会を開催。09年にICP(国際写真センター)主催の第25回インフィニティ賞芸術部門を受賞、11年に写真集『Illuminance』を5カ国で同時出版するなど、日本を代表する写真家のひとりとしてグローバルに活躍を続ける一方で、プライベートでは2016年6月に44歳で第一子を出産した。
海外を飛び回り続けた30代を経て、母となった川内さんに、これまでの歩みと展望について話を聞いた。
■「現実を受け止める力」が弱かった子供時代
――ご自身の子供時代を振り返ってみると、どんな幼少期でしたか。
子供時代はつらかったです。4歳のときに家の事情で、滋賀から大阪に引っ越さなくちゃいけなくなったんですが、そこで人生が大きく変わった。まだ引っ越しの意味もよくわかっていなかったので「なんで(前の家に)帰れないの? 早く帰ろう」って親に聞いたら「帰りたいとか言うたらあかん。これからはここが家だ」って言われて。人生ってなんだろう、家族ってなんだろうという生きることに対しての疑問が最初に芽生えたのがあのときです。
両親はすごくいい人たちだし、虐待を受けたわけでもない。離婚もしていません。ただ、私の中の「現実を受け止める力」が弱かったのかもしれません。学校もすごく嫌いでしたね。でもあのときのそういった疑問や気持ちが、今の仕事のモチベーションにつながっているという意味では、良かったのか悪かったのかわからないですが。
シリーズ「Search for the sun」より (c)Rinko Kawauchi
――なぜ「写真」という表現方法を選んだのでしょう?
「現実が写る」ということがすごく大きかったんですね。写真って実際の世界、自分が住んでる世界が写るじゃないですか。撮ることによって、自分が生きていることを確認できる。その作業がやっぱり私にはすごく必要だったのかなと思います。写真家の人なら多かれ少なかれそういうモチベーションはあるんじゃないかな。全員が全員そうではないと思いますけど。
シリーズ「The rain of blessing」より (c)Rinko Kawauchi
■30代前半、物が止まって見えたゾーンの瞬間
――木村伊兵衛写真賞の受賞時は30歳でした。30代の10年間は非常に充実した濃密な期間だったのでは。
30代はすごく仕事が楽しかったですね。やっぱりいまよりも身体能力が高かったんですよ。写真家は反射神経で動くところがあるので、そこは運動選手と似ている。振り返ってみると30代の前半が1番動けましたね。
撮影していると物が止まって見えるようなときがあって、マラソン選手のいう「ゾーン」みたいなことがありました。ほかにも、光の雨が降ってくるような感覚もありましたね。アドレナリンが出ているからなのかもしれませんけど。回数は減ってしまいましたが、今も撮影中はときどきそういう瞬間があります。
■産む瞬間は「自分で撮ろうかなぁ」と思えるくらいに余裕でした
――現在はどれぐらいのペースで海外と日本を行き来されてるのでしょうか。
そのときどきで変わりますが、毎月重なっていたときもあるし、2~3カ月に1度のときも。ただ、昨年10月に妊娠が発覚して以降は控えています。今年の6月末に出産したばかりなので、今は仕事を控えています。
――初めての出産はどんな体験でしたか。
出産、すごかったですねぇ。私は陣痛が徐々に徐々に進んでいくタイプだったんですが、結局36時間かかりました。ただ和痛分娩だったので、途中からは楽だったんですよ。産む瞬間もちゃんと余裕をもって味わえたので、何だったら「自分で(カメラで)撮ろうかな」って思っていましたから(笑)。
でもさすがにいきむときは何かを掴まないといけないじゃないですか。だから私の後ろにいた夫にカメラを預けて「ここから撮って」とお願いして。でも終わってから夫の撮った画像を見たら、「ああ、画角が広いじゃん。もうちょっと寄りで撮って欲しかったな」って感じでしたね(笑)。
■ピュアさを保ち続けてほしい、それがわが子に望むこと
――これまでの10年とこの先の10年では、働きかたやライフスタイルがまったく違う種類のものになっていくのでは。
どうなるんでしょうねえ? まだちょっと想像がつかないんですけれども、夫が子供の面倒を見てくれるので、なんとかなると思います。
――子育てする上で大切にしたいこと、今の時点で思うことはありますか。
ピュアさを持ち続けてほしいですね。生まれてきたばかりの子供の目ってすごくきれいじゃないですか。あの純度をいかに保っていけるんだろうかと。もちろん勉強もできたほうがいいだろうし、ほかにもいろいろ思うことはありますが、ピュアさ、どこまでイノセンスを保てるかというところを大事にしたいですね。
【写真展情報】
日時/2016年5月20日~2016年9月25日 平日 11:00~20:00/土日11:00~18:30
定休/月曜(祝日を除く)
場所/Gallery 916
トークセッション&ブックサイニング
川内倫子×冨澤治子(熊本市現代美術館 主任学芸員
日時/9月4日(日)15:00~16:00
予約/不要(着席100名、その後立ち見)
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