今、日本の営業の働きかたを見直す動きが高まっている。
理由の一つは、企業を支えている一員である“営業職の女子”——略して「エイジョ」たちが、結婚や出産などライフステージの変化にともなって営業の仕事を続けられなくなる問題が起きているからだ。経験豊富なエイジョは、入社から10年目には約10分の1にまで減っているというデータが出ているという。
そんなエイジョにとってより働きやすい社会の実現を目指すプロジェクトが「新世代エイジョカレッジ(通称「エイカレ」)だ。営業で女性がさらに活躍するために2014年度からスタートした。
7月、20〜40代のエイジョが集まり、都内で「新世代エイジョカレッジ2016」が2日間にわたって開催された。当日の様子をレポートする。
■20社から約200名が参加する異業種合同プロジェクト
「新世代エイジョカレッジ」の大きな特徴は、異業種合同プロジェクトである点だ。これまでに、キリン、KDDI、サントリーホールディングス、日産自動車、日本アイ・ビー・エム、三井住友銀行、リクルートホールディングスの7社(五十音順)が合同で実施し、実績を上げてきた。
3年目となる2016年度は、アシックス、SMBC日興證券、カルビー、キューピー、ジェイティービー、ソフトバンク、大同生命保険、帝人、デンソー、日本たばこ産業、日立ソリューションズ、丸井グループ、三井住友カードの13社(五十音順)が新規参加し、合計20社での取り組みとなっている。
よって、会場には約200名のエイジョたちが集まり、過去最大のスケールでの開催となった。
参加者は所属会社の異なる4名で1組となり、各テーブルについた。実は、参加者の多くは自ら希望して参加したのではない。会社からの期待を受けて参加した将来のマネージャー候補がほとんどだった。貴重な労働時間を2日間も使ってこのイベントに参加しており、当初は「これから何が始まるのだろう……?」と不思議に感じていた参加者もいたようだ。
しかし、「エイカレ」第1期生であるキリンビールマーケティングの西夏子さんが、2年前の「エイカレ」で発表したプレゼンテーションの内容とその後の取り組みについてリアリティのあるトークを始めると、参加者はより集中したように感じられた。
■入社から10年で急激に減るエイジョを減らさない取り組み
西さんはプレゼンで、エイジョに立ちはだかる壁と、リアルな不安の声を紹介した。
「2年前、私は異なる会社の6名でグループを組み、“営業を続けることを自ら選ぶ女性が増えている世界を目指す”というプレゼンをさせていただきました」
各社の営業実態をヒアリングし算出したところ、入社時点では男女比率はほとんど変わらないにも関わらず、エイジョには入社3年目までに第1の壁、4年目以降10年目までに第2の壁があり、10年目でなんと10分の1に人数が減っていることが分かったという。多くは退社しているのではなく、スタッフ部門に異動していることも分かった。
「営業続行を阻む理由を調査すると、エイジョたちのなかで最も多かったのは、『営業は続けたいしやる気もあるけれど、続けることに不安がある』という声でした。彼女たちのリアルな声は、『家庭を犠牲にしてまで仕事に固執したくない』、『仕事と育児の両立ができるのか?』といったものだったんです」
「エイジョは通算で1日約13時間も働いている人が多いので、『こういう生活をしていたら両立できない』と考えてしまうのも無理はないのかもしれません」
1日13時間働くエイジョの現状をふまえ、「取り組むべき課題は労働時間だ」と考えた西さんたちは、大切なお客様を抱える営業として、対応時間を犠牲にするのではなく、業績と結びつかない時間の使いかたを変えていくことにした。
「しかも、営業職の26名の状況を調べたところ、労働時間と達成率には相関がないことが分かったのです。そこで経営層に対して、次の3本の矢を掲げました」。西さんは、経営層に改善を求めた3点を紹介した。
1の矢が、マネジメント層の人事評価項目に労働時間削減項目を追加すること。2の矢が、業務効率を改善する取り組みとして、仕事の見える化をし、面談をする仕掛けを作ること。部ごとにどういう仕事があるのかを割り出し、個人が何に時間をかけているのか、見えるようにしたという。3の矢が、メンバーの意識を変えるため、売上目標達成率の好成績者をハイパフォーマーとして表彰することだ。
こうした多様な働きかたを認める取り組みは、女性だけでなく男性にも適用され、現在も続けられているという。「営業職の男女比率が入社当時と変わらずに続いていくことを期待しています」
■働く時間を1分たりとも無駄にしないワーキングマザー
その後、「エイカレ」の企画・講師を務めるチェンジウェーブの佐々木裕子代表と、「エイカレ」卒業生によるパネルディスカッションが行われた。テーマは、「エイカレで見えてきた『エイジョ的問題』の本質と組織変革ストーリー」だ。
結婚や出産を経て今も働いているKDDIの小林千芳さんからは、次のような話があった。小林さんは、出産前には長時間労働をしていたため、産後に復帰し、9〜16時で働くことになったとき、不安があったという。しかしあるとき、育児で自分の思考が鍛えられていたことに気づいた。
左から、リクルートキャリアの杉野由宇さん、KDDIの小林千芳さん、サントリーコーポレートビジネスの下山田真理子さん、キリンビールマーケティングの西夏子さん、サントリーホールディングスの弥富洋子さん、チェンジウェーブの佐々木裕子代表。
「赤ちゃんはしょっちゅう寝ますので、育児は細切れに時間ができることがすごく多いんです。すると、常に『次の(赤ちゃんの睡眠時間の)1時間は何をしよう』と考えるようになりました。すると仕事中も、何をするか考えて準備するクセがついていたんです。例えば、案件を進めるうえで、打ち合わせが本当に必要なのか。ダラダラと1時間や1時間半話すのではなく、30分で切り上げるようなアジェンダ(議題)の進め方をしています」
また、サントリーコーポレートビジネスの下山田真理子さんも、「労働時間の1分1秒を大事にするようになった」と語った。
「私も出産前は長時間働いているタイプでした。でも朝、子どもを保育園に預けるときに子どもが泣くことがあり、そのシーンを思い出しながら通勤電車に乗ると、『働く時間を1分たりとも無駄にしたくない』と感じるんです。そこで、無駄を削減していこうと決めました」
以前の下山田さんは、スケジューリングも受身になりがちであったが、現在はより主体的な働きかたの実現に向け改革している最中だという。ただし、無駄な部分は排除しながらも、「ママだから忙しいだろう」と周囲に気を遣われることには注意したいと話す。
「『出張や飲み会は行けないよね』と言われてしまうこともありますが、すべてが難しいわけではありません。マネージャーとのコミュニケーションを深めながら、やれるところはやっていきたいと思っています」
最後に、小林さんも現在の働きかたや今後の課題についてこう補足した。「出産前には固定のお客さまを担当していましたが、復帰後の今は、新規商材を獲得する業務を担当しています。16時で帰るため、『固定客を持つのは何かあったときに怖い』と考えてしまう部分がまだあるんです。でも、営業が技術や運用のスタッフとチームを組み、きちんと配慮すれば、お客さまにも納得していただけるのではないかと思います。今後はチームを組んで、現業務のパフォーマンスを上げるとともに、固定のお客さまも担当できるようになりたいです」
■手を動かして「今」と向き合い、「未来」を考える
働きかたを変えた先輩たちのパネルディスカッションに真剣なまなざしを向ける参加者たち。自分の働きかたや人生をどうしたいのか、どうできるのか——。そう考えていた参加者は少なくなかったはずだ。次に行われたのは、そんな参加者たちが現在の自分を客観視するには最適なワークショップだった。
参加者はまず、15分かけて「営業で活躍し続ける、5年後の自分のありたい姿」の絵を描き、「絵に描いた姿と、どのようなギャップがあるか」「ギャップが生じている本質的課題は何か」などの質問が書かれた課題シートにも記入した。次に、それらをグループ内で1人ずつ共有する時間が設けられた。
各自が“今”や“未来”について真剣に語り合ううち、参加者の表情が和らいでいく。共通の悩みが発覚して笑い声が起きているグループも多数見受けられた。
そして、自分たちに共通する本質課題は何か、自分たちにその問題を変えられる可能性はないのか。参加者は50分間、徹底的に議論した。白熱するディスカッションのなかで、共通する本質的課題が見えてきたようだ。各グループからは「ロールモデルの存在」「生産性の悪さ」「会社の制度」「周囲の理解」「スケジュール管理」などが挙がった。
■ライフキャリアデザインシートで自分と向き合う
2日目は、より和やかな雰囲気のもとでスタート。なかでも参加者に好評だったのが、「エイカレ」オリジナルのシートであるライフキャリアデザインシートの作成だ。勤続年数や労働時間の他、出産や育休のライフプラン、GMになるなどのキャリアプランを、各自が時間をかけてシートに記入した。
それぞれが自分の人生に想いを馳せ、楽しそうに記入している。参加者の1人が「普段の忙しい生活のなかでは、自分のキャリアをどうしたいのか、それに向けてどうしていくか、あまり考えられていなかったので、良いきっかけになります」と話してくれた。
最後に、ネクストステップをそれぞれがスケッチブックに大きく書いて、自らに“宣言”し、2日間に及ぶ「エイカレ」はついに終了した。参加者の数名に2日間の感想を聞いてみると、満足そうな顔で次のように答えてくれた。
「社内に女性の総合職や営業職がいないので、会社が違っても近い悩みを持っているんだなと、心強く思えました」
「モヤモヤと悩んでいましたが、何が不安なのか、具体的に言語化できてよかったです。今後どうしたらいいのか、アクションを具体的に考えやすくなりました」
「今の仕事に満足しているので、現在の流れに身を任せていてあまり将来のことを考えていませんでした。ちゃんと計画的にその先のことを考えないともったいない! と感じました」
成果を出すには長時間労働が必要だという固定観念を打破すべく、これから多くの「エイジョ」たちが動き出す。今後は15社のエイジョが参加して労働生産性をあげるための「実証実験」を行うという。会社の異なる5名で1チームを組み、8月にプランニングをして、11月まで各社でそれを実践していく。その取り組みの成果は、2017年2月に開催される「エイジョサミット」で発表される予定だ。
(c)新生代エイジョカレッジ実行委員会
(小久保よしの)