「ペンの力って今、ダメじゃん。だから選挙で訴えた」鳥越俊太郎氏、惨敗の都知事選を振り返る【独占インタビュー】

なぜ「準備ができていない」と認識しながら立候補したのか。なぜ週刊誌に報じられた女性問題で口を閉ざし、「ニコニコ生放送」などの候補者討論会に出演しなかったのか。

7月31日に投開票された東京都知事選で、野党統一候補として出馬したジャーナリストの鳥越俊太郎氏(76)は惨敗した。準備が足りていないことを自身も認めていながら、告示2日前に突然立候補したのはなぜか。週刊誌で報じられた女性問題で口を閉ざし、「ニコニコ生放送」などの候補者討論会に出演しなかった理由は何か。鳥越氏は8月10日、ハフポスト日本版の取材に応じ、都知事選の舞台裏を明かした。

――選挙戦の結果はどう受け止めていますか。

どう、と言われても、まあこういう結果だったな、としか受け止めていないですね。本当にとっさの決断だったので計算は全くしていないんですよね。

――改めて立候補に至る経緯を教えてください。

都知事選があるよ、となった時に、ある日突然、(元経産官僚の)古賀茂明さんから電話をもらったんですよ。「鳥越さん、都知事選出ないの?」って聞いてきたんですよ。唐突に聞かれたので「そういう気は全くありませんよ」と断わったんです。それから10日ぐらいたって、参院選の開票日(7月10日)になった。

翌日、ネットなども見ていろいろ考えた。「このままでいいのかな」と。安倍政権が、特定秘密保護法、集団的自衛権の行使容認、安保法制と強行採決で突っ走ってきた。「このまま日本が行くと、日本が大変なことになってしまうなあ」という僕なりの危機感があった。

もし自分が出なかったら、ひょっとしたら後で後悔するかもしれない。自分の人生の残り時間の中で後悔したくないという気持ちが1つあった。そこで古賀さんの声に呼応し、参院選の結果が背中を押した。古賀さんの声、参院選の結果、去年ぐらいから安倍政権を見てきたことの3つが要因。どんどん右傾化していく日本に、ちょっとでも歯止めをかけなきゃいけないなと、決断したのが(7月11日)夕方の4時半か5時ぐらいだった。

古賀茂明氏と鳥越俊太郎氏 7月12日、東京・帝国ホテル
古賀茂明氏と鳥越俊太郎氏 7月12日、東京・帝国ホテル

――急な出馬ということはわかりました。最初の出馬会見で「何もわからない」と言っていました。「ジャーナリストだから勉強すれば大丈夫」みたいなことも…

それは、まあね。そういう風に言わざるを得ないじゃないですか。何も知らないまま行くわけじゃないよ。僕はテレビ番組のアンカーをやっていた時も、何日か取材して、全部自分の頭の中に入れて、それを自分の言葉で番組の中でしゃべるわけだから。新聞記者の時だってそうなんです。だから、僕はジャーナリストという言葉はあまり好きじゃないから使いませんけど、報道の現場の仕事をしていれば、何カ月もかけて物事に精通するとかではなく、本当に急ごしらえでガーッと詰め込まなければいけない仕事をしてきているわけ。50年間。だから、それについてはそんなには心配なかったよ。もちろん、すぐには分からないけれど。

――日本の危機を訴えるため、ペンの力じゃなくて、選挙に出て訴えようと思ったのはどうしてですか。

ペンの力って今、ダメじゃん。全然ダメじゃん。力ないじゃん。だって安倍政権の跋扈を許しているのはペンとテレビでしょ。メディアが肝心のところを国民にちゃんと訴えないから、こうなるんでしょ。僕はペンの力なんか全然信用していません。だから、選挙の中で訴えるという一つの手がある。そう思っている。

――国政への思いは伝わってくるけれど、都政や都民の暮らしまで精通していないという部分は、敗因になったと感じますか。

そういうこともあったんだろうとは思います。「この人は、国政のことしか言わない。都政のことはあまり知らないな」と思った有権者も、いたかもしれない。証拠はないです。

――野党共闘と言いつつ、調査では、民進党の支持者も小池百合子さんに投票した人がいた。まとまりきれなかったということは、どうとらえていますか。

それは、僕はわからないですね。僕の責任というか、僕だからまとめきれなかったということもあるでしょうし、僕と、全く関係のない問題もあるでしょうし。

――週刊誌報道の影響は?

大きかったでしょうね。女性票と浮動票が小池さんに流れたということは。検証のしようがないですが、可能性はある。それは認めます。

――あの報道への対応についても批判がありました。

あれしかないですよ。「やってない」ということを証明することは、できないんですよ。「悪魔の証明」と言われていて、痴漢冤罪の例もそうですけれども、痴漢してないということをどうやって証明するかというと、できない。

週刊誌2誌に書かれたといっても、情報源は一緒ですよね。はっきり言って、それがそのまま、なんの裏付けも証拠もなく、「この人がこう言っている」というだけで載っちゃうのね。

でもこっちは、それに打ち勝つ方法が何もない。そういうジレンマというか、本当にもどかしい思いがありましたけれども、説明してどうなるものではない。あとはきっちり、裁判でけりをつけるしかないと覚悟を決めました。その結果、選挙戦にどういう影響があるか、周りは色々考えてくださっていましたけれど、僕はそれで行くしかないと思っていたんです。

――鳥越さんは、(報道に携わっているため)仕事として人のスキャンダルを聞く立場でもあります。証明が難しいなりに、記者の質問には答える選択肢はなかったのですか。

難しいですね。特にああいう混乱状態ですから。どんどんどんどん、1つ答えればまた次、となって、結果的に「要するに疑わしい」という印象しか残らない。直感的にわかりましたよ。僕ら冤罪も含めて、取材してきたからその経験で。記者会見はしても同じことだから「(疑わしいと思うのなら)勝手に思え」と思って全部切った。説明責任というのは美しい言葉だけど、実際にはこれほど難しいことはないんですよ。何の意味もないですよ。

――(鳥越さんに譲る形で告示前日に立候補を撤回した)元日弁連会長の宇都宮健児氏は、週刊誌報道について鳥越さんが説明しなかったことを理由に、応援演説に立たなかったそうですが

それはね、最後の最後にきたの。明日選挙終わる、みたいな時。最初はそんな話はなく政策の話をしただけだった。

おそらくこれは僕の推測ですよ、わかりませんけれど、宇都宮さんは、最終的にはそれを、口実に使ったんですよ。要するに、宇都宮さんはこれまで共産党が自分を支持していた。にもかかわらず、今度は共産党が(宇都宮さんの擁立から)手を引いたわけじゃないですか。共産党に対する「裏切られた」というのが、ものすごく強かったんですよ。宇都宮さんは。

だから宇都宮陣営は、僕ではなくておそらく、共産党(に対する思いがあった)。宇都宮さんを支持している共産党が今回手のひらを返した。これがすごく宇都宮さんにとっては一番、頭にきたというのは変だけれども、一番、あえて言えば、憎しみの対象はそれだったんだろうな。それに近い言葉は、チラチラ聞きましたから。

――「新報道2001」(フジテレビ系)や、ニコニコ生放送の候補者討論会に出なかったのはなぜですか。

テレビは、出られなかったのはあるけど、時間が許す範囲で基本的に出ていますよ。できるだけ、ぶら下がりも全部対応していた。そんなに言われるほど出ていないとは思っていない。ネットは出ていないね。ニコ生とかは「出なきゃいけないメディア」と考えるかどうか。それは判断の分かれるところ。僕はニコ生は基本的にメディアとして認めていない、悪いけど。あんな文字がどんどん画面に出てくるようなところに出たくないですよ。あんなのおかしいじゃないですか。

――ニコ生の討論会に出なかったのも、不信感があったんですか。

もちろん(不信感はある)。それ(出ないこと)は僕が決めたんじゃないけれど、全く関与していないから。選挙ってそんなもんなんだよ。候補者が何でも知っていて、何でも決めていると思うだろう? そうじゃないんだよ。候補者って要するに、街宣のときにしゃべるコマだから。でも操られていたとは思わない。与えられた仕事を、それぞれがみんな、その場その場でやっていて、候補者はそのうちの1つなんだよ。もちろん重要な柱なんだけれど。

――他の候補者から「逃げた」と批判材料にされました。

それは僕ではなくて、選対の判断だから。「次これに出てください」という指示があって、それに従って出ていただけ。断ったことは一度もないですよ。

――ということは、テレビ東京の池上彰さんの開票特番に出なかったこともご存知なかった?

知りませんよ。僕のところに提案はない。池上さんの話って何? 選対の部分でカットしているから、なぜか僕は全く知らない。

――全体を通して、他候補者へのネガティブキャンペーンばかり取りざたされて政策論争が深まらない印象がありました。

政策論争なんてしてないですよ。テレビにも出ましたが、そこで相手に聞ける質問なんて、1問が限界。あとはMC(司会者)が聞くんだよ。アメリカの大統領の予備選なんかだと、候補者だけで論争を1時間ぐらいやったりするけれど。

――例えばそれが、ニコニコ生放送などのネットの場であれば実現できる可能性があった。

俺は知らなかったの。ニコニコから話が来ていたなんて。だからそれについては何も言えませんね。

――テレビや討論会の出演について、選対でどなたが広報戦略をお決めになっていたのですか。

僕は何も知らない。スケジュールまでは管理してないんで。おそらく民進党の選挙のプロがいて、その人が街宣の場所を考えていたんだと思いますよ。「ハイ、鳥越さんこれが明日のスケジュール」って渡されるだけ。「どこへ行きたい」とか、そんなのはないの。「どこ行ってください」だから「明日は伊豆大島ですよ」「えっ、大島?」っていうようにね。初めての選挙だから、「選挙ってこういうものだ」って思ってたけど、話の中身だけは言われるがままではいけないから、自分で変えたけれど。民進党と共産党が中心になってそれなりに、うまく回していた。選挙カーも、今日は民進党、明日は共産党。個人演説会とか、結構走り回ったよ。おそらく、僕の受けてた感じなんだけれど、僕の体調を考えて決めていたんではないですかね。だから最初は街頭演説も1日2回でしたよ。夕方にはもう帰って飯食ってるってこともありましたからね。「これでいいのかな、選挙」って思ったこともありましたよ(笑)。それが最後は5回とかになったけれど。

――選挙後にご自身のサイトから都知事選の記述を消されていますね?

それは知らない。僕は全くノータッチだから。なくなったの?知らない。見たこともないし。あなたたち(ハフポスト日本版)には悪いんだけれど、ネットにそんなに信頼を置いていない。しょせん裏社会だと思っている。メールは見ますけれど、いろんなネットは見ません。

――体力面でも自信があると話されていました。4年後打診があれば、出ますか?

4年後?ああ、そりゃ、どうかなあ、考えたこともないけど、4年後は80でしょ?ちょっと熟慮するだろうな。

鳥越氏は、衰退が続く日本の「リベラル勢力」の現状についても語った。(後半はこちら

鳥越俊太郎氏インタビュー後編

【動画】鳥越俊太郎氏インタビュー

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