現在、ペンシルベニア州セーラーズバーグに亡命中のトルコのイスラム聖職者フェトフッラー・ギュレン師は、7月にトルコで起きたクーデター未遂への関与を否定している。
トルコで7月15日、クーデター未遂が起きた数時間後の時点で、レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領と大統領府は、クーデターの首謀者をフェトフッラー・ギュレン師と断定していたという。
ギュレン師は穏健派のイスラム主義勢力「ギュレン運動」の指導者で、現在アメリカに亡命中。ペンシルベニア州セーラーズバーグに住んでいる。ギュレン氏は教育、社会奉仕、そして宗教間対話を重視する「ヒズメット」と呼ばれる宗教運動の指導者だ。 運動は企業、学校、その他世界中の機関の広域なネットワークと関わりを持っている。
ギュレン師はクーデターへの一切の関与を否定している。7月25日には「もしヒズメットの支持者と思われる人物がクーデター未遂に関与していたら、その人は私の理想に反している」と、ニューヨーク・タイムズに寄稿した。
エルドアン大統領と、イスラム主義で保守的な公正発展党(AKP)が2002年にトルコの政権を握った時、ギュレン運動は政権と同盟を結んでいた。しかしその10年後、ギュレン氏の支持者たちがエルドアン大統領の政権運営に不満を持つようになり、その関係は崩れた。 AKPの議員たちは、ギュレン運動が水面下で政府を弱体化させようとしているとして非難した。
約240人が死亡した7月15日のクーデター未遂後、エルドアン政権はギュレン師を首謀者と断定し、ギュレン運動を「フェトフッラー派テロ組織(FETÖ)」と呼び、取り締まりを大幅に拡大している。
トルコ当局は、ギュレン氏の支持者が トルコ国内の全公共機関に潜んでいると主張し、数千の学校、慈善団体、労働組合を閉鎖し、6万人以上の教師、弁護士、裁判官、警察官、兵士、そして政府機関の職員らを取り調べ、停職処分や拘束を行った。
トルコ政府の幹部たちは、ギュレン氏を国内の裁判にかけることを企図した。裁判所はギュレン氏の逮捕に向けた拘束決定を出し、アメリカに身柄の引き渡しを求めている。アメリカのケリー国務長官は、トルコが「公判維持できる正当な証拠」を示せば引き渡しを検討すると語った。
ハフポストUS版は、アメリカ・ロヨラ大学メリーランド校の社会学教授ジョシュア・ヘンドリック氏にインタビューした。ヘンドリック教授は、ギュレン運動とその目的や支持者について書かれた「Gülen:The Ambiguous Politics of Market Islam in Turkey and the World」(トルコ国内、そして世界におけるイスラム市場の曖昧な政治世界)の著者でもある。
トルコの大統領支持者たちは、イスタンブールでギュレン師に似せた人形を首吊りにしたが、同教授は、ギュレン師がクーデター未遂に関わったという明らかな証拠はないとしている。
――ギュレン師とその支持者たちがクーデター未遂に関与したというどんな証拠があるのか?
公になっている証拠は何もない。 クーデター未遂のメンバーから断片的な話はあるし、憶測は数多くあるが、証拠に乏しい。それでも取り調べを請求するのに十分な状況証拠がある。
ギュレン師が背後にいたのかどうか、私自身の意見を聞きたいとしたら、それはまた別の話だ。ギュレン運動のメンバー、関係者、ギュレン師に忠誠を誓った人たちがこの数十年、トルコの政府機関で重要な地位を占め、また2002年にAKPが発足して以降、その数が膨れ上がったことは公然の秘密だ。
しかし、今回のクーデター未遂が仮にギュレン運動の仕業だとしたら、それは紛争解決や平和など彼らが信奉するすべてのものに反することになる。クーデターの計画も実行の仕方もお粗末だった。クーデターを謀った者同士の指揮系統さえ確立できない体たらくだった。ギュレン運動についてあれこれ言うことはできるが、 彼らが高度に組織化されていることは誰も否定できない。つまり、あのクーデターは彼らの目的や組織構造とは全く反しているのだ。
――ギュレン運動の目的とは?
宗教的ナショナリズムを促進するために1960年代に生まれて以降、その運動はトルコ国内の社会を変えることに注力している。彼らは、民主主義的な制度や構造改革を受け入れながら、保守的な社会改革を目指す世俗的なイスラム教徒だ。
ギュレン運動の思想は民間を通じて実践された。たとえばこの運動では、社会改革を求める民主主義寄りの社会保守主義を教育やマスメディアの領域に持ち込んでいる。彼らが訴えかける層は、上昇志向が高く、競争の拡大を支持する一方で、民主主義や自由主義という言葉を使う少数のエリートたちには好感を寄せていない人々だ。
この運動はトルコの世俗主義に対する規制緩和を求め、ヨーロッパ式の「宗教からの自由」からアメリカ式の信仰の自由までをモデルとした。そこでは、多様なグループが人々の心と思想を捉えようと競争する一方で、国家は一部の宗教が他の宗教の犠牲の上に成り立つことを認めない。
彼らは、民主主義的な制度や構造改革を受け入れながら、保守的な社会改革を目指す世俗的なイスラム教徒だ。この運動はAKPの世界観と共通なところがある。例えば外交政策の場合、欧米のみに依存したものから世界規模の関わりへと拡大させるさせる。彼らはこれを「戦略的縦深」と呼び、最前線のイスラム主義からから後方のグローバリズムまで視野に入れたビジョンを描いている。
ギュレン運動が注力していたのは、経済的マーケットと、そして教育・メディア・銀行業といった思想的マーケットの両方で競合勢力に勝ることだった。自らが影響力を伸ばすことだけが関心事なので、主要政党からは一定の距離を保つ。アメリカのモラルマジョリティ(アメリカのキリスト教保守派の政治団体。中絶反対、国防力強化などを主張する)に例える事もできようが、その運動はその後結局共和党と結びつき、ロナルド・レーガンを大統領に押し上げる原動力になった。
AKPが政権の座についた後、ギュレン運動は政党と無関係の市民運動という立場から、AKPと歩調を合わせた取り組みへとシフトさせていく。しかし今では、AKPとギュレン運動に共通する重要政策はほぼ実現した。彼らがお互いを敵視し始めたのはこれが原因で、共通の目的は既に達成してしまったからだ。
トルコの市場にあったギュレン師とエルドアン氏の刺繍画。2人はかつて同盟関係にあったが今は宿敵だ。
――ギュレン師はどうやってそこまで影響力を持ち、教育、社会制度、文化交流、事業など世界中にネットワークを広げていったのか?
ギュレン運動が成長したのは、ギュレン師の宗教学者としての能力や、支持者が言うような神の恵みのおかげではない。むしろ、トルコの交易関係を利用して世界中に活動の中心地を作る草の根の努力によるものだ。そして世界各地での彼らの経験を強調すればするほど、 経済力や文化力を含めてトルコ国内で彼らの影響力が増す。それによって彼らが富を生み出し、軍が政治に介入させないように促したり、EUへの接近を求めたりといった目的を果たすことができるようになる。
――彼らの活動の多くが表面に出てこないのはなぜか。
彼らは発足当時から怪しい組織とみられている。ギュレン師に逮捕状が出されたのは今回が初めてではないし、ギュレニストが陰謀の嫌疑をかけられたのもこれが初めてではない。だが 彼らだけが独自の存在というわけでもない。ここ何年もの間、トルコの国家からトルコ共和国への脅威だと名前を挙げられた活動家は他にもたくさんいる。トルコの世俗主義は徹底的にトップダウンだ。これまで数多くの宗教共同体が違法とされてきた。
ギュレン運動は100以上の国、そして州など、それぞれ特有の法律がある100以上の地域で活動している。このモデルによって、一か所で何か問題が起こっても他の地域は影響を受けないようになっている。
このため、彼らの組織は戦略的な曖昧さが求められる環境の中で発展してきた。開放的でこの組織に関わりを持つことに誇りを感じている人々がいるかと思うと、これを完全に否定する者もいる。フェトフッラー・ギュレン師自身もそうで、彼の気質も非常に曖昧で彼の生年月日を誰かが尋ねても、はっきりと答えられない。
これは周到に計画されたやり方だ。例えば、テキサス州でギュレン師に関係するチャータースクール(公費で自治運営する悪行)について多くの疑問が投げかけられると、オハイオ、メリーランド、アラバマの各州にあるスクール側からの回答は、同じ文言で出てくる。例えばこうだ。「トルコ出身の人たちの中には、ギュレン師の影響を受ける人もいるでしょう。でもそれは、アメリカ出身者の中にキング牧師の影響を受ける人がいるのと同じなのです」
――ギュレニスト(ギュレン師の支持者)またはギュレン師の支持者であるということは、どういうことか?
ギュレン運動への関わり方はさまざまだ。組織の一番上にいるのは中心的な信奉者で、ギュレン師の組織の役員やペンシルベニア州に住む人。その次が「友人」で、ギュレン師の組織に寄付をするが、ほとんどが自分の利益のために寄付する人をさす。そして次が共鳴者。メンバーではないが、運動に理解を示している人だ。 たとえば、ギュレニストらを平和、または「穏健」派タイプのイスラム教徒だという好意的なジャーナリストや人たち。最後に、最も多いのがギュレン師が作った組織の利用者だ。学校へ通ったり、新聞を読むといった行動が、彼らの運動に貢献している。最も繋がりは薄いが、組織が機能するためには最も重要な存在だ。
ギュレン運動に参加する時、IDカードはない。儀式的な活動があって、メンバーはそれに参加する。最も多く行なわれているのがソフベット(講話)といわれるものだ。もともとこの言葉は、宗教指導者と信奉者たちとの間の対話を意味するものだが、ギュレン運動ではその目的を変えて、人々が集まってギュレン師や他の宗教学者の本を読む読書会にした。初めは学生寮の中で行われることが多く、その集まりの中からソフベットを組織化する者が現れてくる。最初は読書会だが、そのうちに仲間たちが集まってお互いの事業について非公式な議論をする場にもなる。ギュレン運動の活動の一つに、ヒメットと呼ばれる宗教的な寄付活動もある。
ギュレン運動は幅広い企業、慈善団体、そしてソーシャルネットワークを持つ。政府側は2016年、ギュレン運動と関連のある新聞「ザマン」を管理下に置いた。
――エルドアン政権はこの弾圧の中、ギュレン師の支持者かそうでないかをどのように分けているのだろうか?
トルコ政府はここしばらく、さまざまな情報を収集している。AKPは、以前はギュレン運動と同盟関係にあったことから、その関係者とさらに深く関わっている。 魔女狩りのような状況を作り出していて、問題を多くはらんでいる。
AKPとギュレン運動はお互いをよく知っているので、互いに大きなダメージを与えることができる。すでになっている。
ギュレン運動はすでにダメージを受けているが、彼らが主張している弾圧と実態が違っているとわかったら、さらに弾圧が激しくなる。もしトルコ政府が世界各地で起きる双方の対立関係から漁夫の利を得て、ギュレン運動の弾圧をさらに進めるようになると、世界全体に損害を与えることになりかねない。
ハフポストUS版より翻訳・加筆しました。
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