リオオリンピックにかける思い、コンゴ難民の柔道選手が語る「人生の決定的な瞬間」

「私のオリンピック出場は、世界へメッセージを届けることになります」

コンゴ民主共和国出身のヨランデ・マビカは、キンシャサの戦争孤児センターにいたとき、柔道に出会った

コンゴ出身の柔道女子70キロ級のヨランデ・マビカ(28)は、2016年のリオオリンピックの難民選手チームの選抜で、自分の名前が呼ばれるのを震えながら待っていた。

マビカにとって、オリンピック出場は大変な名誉だ。「私のオリンピック出場は、世界へメッセージを届けることになります」と、マビカはハフポストブラジル版に語った。「すべてのアスリートにとって、オリンピックのは人生の決定的な瞬間です。歴史に残り、絶対に忘れられないような瞬間になるでしょう」

「難民がオリンピックに出場できるなんて、これまで聞いたことがありません」と、マビカは、自信と緊張が混ざったような口調で話した。

この選手団はコンゴ共和国出身の柔道選手2人、シリア出身の水泳選手2人、エチオピア出身のマラソン選手1人、南スーダン出身の陸上選手5人の計10人で構成されている。

柔道男子90キロ級のポポレ・ミセンガが最初にブラジルにやって来たのは、2013年の世界柔道選手権だった。その後、ミセンガは難民としての地位と人生を立て直すチャンスを手に入れるために、ブラジルで難民申請した。

かつてないほどの多くの人たちが、戦争や迫害から逃げることを余儀なくされている。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、2015年、世界で自分の国を追われた難民は5950万人にのぼる。2016年のリオオリンピックに難民選手が出場することは、「逆境を乗り越えて自分や家族の生活を立て直そうとする、全ての難民の勇気と忍耐の証」だと、UNHCRのフィリッポ・グランディ難民高等弁務官は話した。

難民選手たちの母国は数十年に及ぶ戦争や暴力、人道的被害によって破壊されてきた。UNHCRによると、コンゴ国内ではおよそ150万人が自分の家を離れて生活している。

マビカは、幼いころに両親と離れ離れになった。ヘリコプターに乗り、コンゴの東部から首都キンシャサまで運ばれた時のことを覚えている。そして、難民の子供たちと一緒に暮らすセンターで柔道に出会い、それ以来さまざまな試合に出場してきた。

もう一人のコンゴ出身の難民選手、柔道男子90キロ級のポポレ・ミセンガ(24)は、世界柔道選手権に出場するために2013年に初めてブラジルにやって来た。そして、ブラジルで自分たちの生活を立て直すことを決意した。

柔道の道場で、著名なブラジルの柔道家、ジェラルド・ベルナルデスと稽古するヨランデ・マビカ

マビカは難民申請をするしか方法がないと思ったという。「私は自分の生活を変え、より良いものにするためブラジルにいるのです」と、マビカはハフポストブラジル版に語った。

初めてブラジルに来た時の、マビカの生活は楽なものではなかった。「多くのことに苦しみました。道で寝て、食べるものもなく、言葉も話せないという状況でしたから」と、マビカは当時のことを振り返る。「2年間、寝る時には知り合いの家で寝かせてもらい、とても苦しい環境に耐えて生活していました」

状況が好転し始めたのは、元ブラジルの柔道選手フラビオ・カントが、スポーツを通じたソーシャルインクルージョン(社会的包摂)を広めるため、2003年にリオデジャネイロで設立したNGO「Instituto Reação」の柔道クラスにマビカが参加するようになってからだ。

マビカとミセンガの2人は、ブラジル史上で最も著名な柔道家の一人で、オリンピックに4回出場し、これまでに何人かのオリンピックメダリストの育成にも携わってきたジェラルド・ベルナルデス(73)に特別に目をかけてもらうことになった。

Instituto Reaçãoでのトレーニングと、オリンピックに出場するチャンスを与えられたことで、マビカは自信を取り戻した。「今は自分に自信を持っています。神様が私の生活を変えてくれることでしょう。これまでの辛かったことは少し忘れ、悲しいことは考えないようにしたいです」

マビカは、日々の柔道のトレーニングと合わせて、ポルトガル語の授業も受けている。

コンゴ出身の2人の柔道選手は、リオのエスタシオ・デ・サ大学でポルトガル語の授業も受けている。

「新しいことへの意欲はなくなりません。誰にでも、もっと学びたい、もっと挑戦したいという気持ちがありますから。自分が難民だからといって、新しいことへの挑戦がなくなったりはしません」と、マビカは話した。

ミセンガは、国際オリンピック委員会(IOC)が難民選手を出場させる決断を下したように、難民が活躍する場が世界中でもっと増えてほしいと話している。「難民を救い、また難民の気持ちを理解するため、難民をオリンピックに出場させる今回のような動きがもっと広まってほしいと思います」と、ミセンガはハフポストブラジル版に話した。

マビカは、自分がオリンピックに出場するところを家族に間近で見てほしいという。「アスリートの横には、いつも応援する家族の姿があります。でも、私の家族はどこにいるのでしょうか?」 

しかし、マビカは家族との距離が離れているからといって、くじけはしないと心に決めている。「私は家族のエネルギーを自分に取り込み、神様がくれた強さで闘います」

ハフポストブラジル版英訳より翻訳・加筆しました。

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