「こんなふうに生きている人、実はいっぱいいるんだ!」"多様な性"を伝える児童書ができるまで

セクシュアリティの多様性、未来を担う子どもたちにどう伝えていけばいいのだろう。

女の子はみんな女の子の体で生まれてくる。

そして、男の子を好きになる。

男の子はみんな男の子の体で生まれてくる。

そして、女の子を好きになる。

そんなふうに考えている人は、多いんじゃないかな。

(『いろいろな性、いろいろな生きかた(1) いろいろな性ってなんだろう?』序文より)

心の性と体の性が一致する人。体の性に違和感のある人。同性を好きになる人。異性を好きになる人。男女両方を愛する人。誰にも恋愛感情を抱かない人――。「LGBT」という言葉では一括りにできないほど、私たちの性は曖昧でバラエティに富んでいる。そんなセクシュアリティの多様性について、未来を担う子どもたちにどう伝えていけばいいのだろう。

性への関心が高まる小学生の子どもたちに向けて作られた全3巻の「いろいろな性、いろいろな生きかた」シリーズの監修者で、ジェンダーやセクシュアリティ教育を専門とする埼玉大学・渡辺大輔准教授に話を聞いた。

■「LGBT紹介本」には絶対したくなかった

――「いろいろな性、いろいろな生きかた」の読者を「小学校中学年以上」に想定した理由は?

渡辺:小学4年生から子どもたちは学校で性に関する体と心の成長について学ぶようになります。そのときに「思春期になると、みんな異性を好きになります」ということが教科書に書かれている。でも実際はみんながそうなわけじゃない、いろんな人がいることを知ってほしいという思いからです。

――多様なセクシュアリティについて知る「導入編」、学校生活でのセクシュアルマイノリティ(性的少数者)の悩みに寄り添った「学校編」、そしてあらゆるセクシュアリティの人が生きやすい社会を目指す「社会編」。全3冊と読み応えのある企画ですが、監修者として強く意識していたところは?

渡辺:一番強く言わせていただいたのは、「LGBTの紹介本にはしたくない」ということですね。

編集:編集部とも、これは共通認識でした。ただ、いざシリーズタイトルを決めるとなったとき、セクシュアル・マイノリティについてあまり関心のない人たちも手に取りやすいようにという意図から、あえて「LGBTをタイトルに入れたいのですが……」と先生に打診したんです。

渡辺:編集さんの意図は、理解できるものでした。ですが、やはり私は「それは違う、“いろんな性”なんだ」というところをプッシュしました。マジョリティも含めての多様性だと。

ですから、1巻にはシスジェンダー(心と体の性が合致している人)の異性愛、いわゆるマジョリティの方にも登場してもらって、あらゆるセクシュアリティをニュートラルに扱っています。目指したのは「私たちみんなで、いろんな性を考えよう」という本です。

1巻24〜25ページ。※クリックすると拡大します。

■マジョリティもマイノリティも対等に扱っていく

――読者の小学生からすればお兄さん・お姉さん世代にあたるごく普通の若者たちが、「ゆみかです。心の性も体の性も女で、好きになる性は男女両方です」というフキダシをつけて堂々と顔を出している姿も新鮮でした。

渡辺:10人の若者たちそれぞれに、自分の心の性、体の性、好きになる性について写真付きで回答してもらったページですね(1巻28-29)。私もこのページ、大好きなんですよ。ここに関しては「セクシュアリティのことだけじゃなくて、彼ら彼女らの趣味や好きなものも書いてほしい」と注文をさせてもらいました。

1巻の28〜29ページ。※クリックすると拡大します。

――一人ひとりの写真の横に添えられた「ファンタジーや推理小説をよく読むよ!」「めっちゃ暑がりやから、いつでもうちわを持ちあるいているよ!」などの一言コメントですね。他愛もない付加情報から、彼らの存在がぐっと立体的に見えてきます。

渡辺:こういうテーマの本ですから、どうしてもセクシュアリティにフォーカスされがちになるんですが、人ってそれだけじゃないですよね。いろんな要素を持っていて、そのうちの大切なもののひとつがセクシュアリティですよ、ということをここは表したかったんです。

読むと「あ、この人とは趣味は一緒だけど、セクシュアリティはちょっと違うな」とか「この人とはセクシュアリティが同じだけど、趣味は全然違う」とか、いろんなところで線引きが変わってくるはず。その面白さが出せたページと思っています。

――自分の性別をどう考えているかという「心の性」、どんな形や見た目の体をしているかという「体の性」、そして誰を好きになるかという「好きになる性」。この3つは人によってそれぞれ違うんだということに、大人も改めて気付かされます。

渡辺:「心の性も体の性も女性で、好きになるのは男性」というマジョリティもいれば、「好きになる性は問わない」というマイノリティもいます。高校の教師に紹介したら、「このページを授業で使ってみる」と言ってくれて嬉しかったですね。小学生に向けて作った本ですけど、高校生でも大人でも読める内容になっていると思います。

――各巻の巻頭にある漫画家・能町みね子さんのマンガも絶妙な距離感がいいですね。

編集:能町さんはセクシュアル・マイノリティである事実をあまり重く描かない方ですよね。過去の性別適合手術のこともコミカルに漫画にしていらしたので、能町さんにお願いすればあまりウェットではなく、自然にみんなが自分のセクシュアリティを話し合えるような楽しい世界を描いてくれるだろうなという気持ちで依頼させていただきました。

そうしたらすっごくいい世界ができてきて。ラフを見た瞬間に社内で盛り上がりましたから。「面白いんです、読んでください!」という感じで、すぐ渡辺先生にお送りしました。

能町みね子さんが描いた巻頭のマンガ。※クリックすると拡大します。

渡辺:ラフを見せてもらった時点でもう「すごいな!」と驚きましたね。セクシュアル・マイノリティの人が抱える問題の核心が、楽しく、ポジティブに、わかりやすく描かれている。一方で、ふっと突き放すような部分や、曖昧なままにしている部分もあって。ここで描かれている教室は、きっと今よりも一歩先の未来の学校の教室ですよね。けれども、今自分の性に悩んでいる子が読んだら、きっと励まされると思いますよ。

■読んでいて苦しくなる本にはしたくなかった

――重く語られがちなテーマですが、3冊を通じて感じるのは、明るいトーンと風通しのよさです。

渡辺:読んでいて苦しくなっちゃう本にはしたくない、という思いがありました。もちろん苦しみから社会を変えていく方法もあると思いますが、「将来どうやって生きていけばいいんだろう」と今悩んでいる人たちが読んだときに、「こんな風に生きている人って、実はいっぱいいるんだ!」と未来に展望を持ってもらえたら。

と同時に、セクシュアル・マイノリティだけがマイノリティではないということも伝えたかった。たとえば日本に住む外国人という少数派の中にもセクシュアル・マイノリティがいるし、耳が聞こえないろう者の中にもいろいろな性の人がいます。どうしてもそのあたりの問題が見逃されがちなので、そういったダブル・マイノリティやトリプル・マイノリティ(複数のマイノリティ性を持つ人)の存在にも配慮して紹介したつもりです。

――35人のインタビューのうち、ほとんどの人が顔出しで掲載されていますが、匿名で顔を出さないことを条件に答えている人も数人いますね。

渡辺:世の中の全員がセクシュアリティをオープンにできる社会ではありません。カミングアウトしない人も含めて、いろんな人がこの社会にいるよ、というメッセージも伝えられればと思います。とくにセクシュアリティについては、言いたい人と言いたくない人がいる。言いたくても、言えない人もいる。

逆に、匿名で顔を出せなかった人のことを「どうしてこの人は顔を出したくなかったんだろう?」「どうやったらこの人がもっと声と顔を出せる社会になるんだろう?」と考えてもらうきっかけになればいいですね。

(後編は7月6日公開予定です)

渡辺大輔(わたなべ・だいすけ)

埼玉大学基盤教育研究センター准教授。東京都立大学大学院博士課程単位取得満期退学。博士(教育学)。主要研究テーマは、ジェンダー/セクシュアリティ教育、セクシュアルマイノリティ支援。講義、講演、執筆、授業づくりなどを通して、性の多様性について、学校でどのように教えたらよいかなどの情報を発信している。

さまざまなセクシュアリティへの理解を深め、学校や社会とどう関わっていくかを考える「いろいろな性、いろいろな生きかた」(全3巻/ポプラ社)のシリーズを監修。

(取材・文 阿部花恵