イギリスのEU離脱という民意が示された国民投票の結果は、日本にも大きな影響を及ぼした。東証の日経平均株価は1200円以上下落し、円相場は一時1ドル=100円を超える円高になった。
何がこの衝撃をもたらしたのか。今後、日本経済にどのような影響を与えるのか。野村証券シニアアナリストの岸田英樹さんに解説してもらった。
――世界に衝撃が走りました。株も為替も大きく動きました。この結果を、金融街は事前に予想していたのでしょうか?
スコットランドの独立を巡る住民投票を的中させた、比較的信頼できる世論調査でも、24日朝のアンケートでも「残留」が上回っていました。「残留だろう」とほとんどの人は思っていたのではないでしょうか。ここ数日で人々が急に心変わりしたか、世論調査のサンプリングの精度に問題があったのか。個人的には後者の可能性が高いと思いますが。
――なぜこういう結果になったと分析していますか?
エリートへの反発と、現状の生活水準への不満という、2つの理由があります。2つは表裏一体ですが、自分自身の仕事の賃金水準に満足できない人々が、「キャメロン首相は移民を抑制すると言っておきながら、ちっとも抑えない。言っていることとやっていることが違う」という反発が、移民への不満を高め、そうした移民を受け入れるEUから離脱するという意思表示につながったとみられます。
ギリシャでもそうでしたが、ユーロ圏から離脱したいわけではないけど「今の生活を何とかしてくれ」という不満が、「緊縮財政NO」の大きな動きにつながりました。投票する人は、今の生活に変化を求めたのです。今回、残留派が苦しかったのは、残留のメリットとして「変化」を打ち出すことができなかったこと。逆に離脱派にとって、EUを離脱してもいいことはないと分かっていながら、少なくとも変化は起きるという期待感があったのでしょう。
――日本は急激な円高と株安になりました。なぜですか?
日本は世界でも「実質金利」が高いとみられているので、円高になりやすいという背景があります。
――えっ、でも、マイナス金利ですよね?
たとえばヨーロッパもマイナス金利ですが、インフレになるという期待がまだ残っています。だから人々が銀行に預金をすると、将来の物の値段が上がるので、損してしまうという心理があります。一方、日本の場合は、今後それほど物価が上がるという期待がされていない。だから銀行預金しても、それほど損をしないと思われています。それが「実質金利の高さ」です。
通常、世界経済がうまくいっている間は、余った資金を海外で運用するわけですが、危機になると、こうした「実質金利が高い」と見なされている国に、資金が引き揚げられてしまいます。この有力な引き揚げ先としてスイスフランがありましたが、マイナス金利が深いこともあって、2015年夏から対ドルで上昇していない。引き揚げ先として魅力的でないと見なされ、日本の引き揚げ先としての価値が相対的に上昇しているのです。
――日本経済、世界経済はどうなりますか?
円高も99円台まで行きましたし、株価も1万5000円を割り込みましたが、ヨーロッパ中央銀行が「必要ならば流動性を供給する」と声明を出し、さらにイギリス中央銀行も今後、金融緩和に踏み切る可能性も示唆しましたので、不安心理は後退して、激しく動いた相場はいったん落ち着くとみています。
ただ、今後の先行きは不透明です。イギリスだって本当にEUを離脱するかは今後の交渉次第です。イギリス経済は今後しばらく悪化すると思いますが、世界に及ぼす影響は限定的でしょう。リーマンショックのように、巨大金融機関が破綻して、世界中の投資家が資金を失うといった世界的な経済危機が起きるとは考えにくいと思います。むしろ起きるとすれば、人民元の急落といった、別の要因ではないでしょうか。
――日本のマイナス金利は加速しますか?
ショック的に円高が進んで、日銀が掲げるインフレ目標の達成が厳しくなった分、対抗するために日銀が7月にもマイナス金利をさらに下げる可能性はあります。
――反グローバリゼーションの波は、世界に広がるでしょうか?
これが契機に広がるということではなく、底流はどこの国にも広がっている低成長です。2017年3月にはオランダで総選挙がありますが、極右の台頭の可能性が指摘されています。イタリアでも反ユーロ、反緊縮を掲げる「五つ星運動」の人気が上昇しています。アメリカもそうですが、現状を変えたいけど変えられないもどかしさを、今回浮き彫りにしたと言えるでしょう。
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