「フジロックに政治を持ち込むな」に、アジカンの後藤正文さんら反論

「民主主義そのものを批判することこそがロックである!」「表現の自由を守りたい」
YUZAWA, JAPAN - JULY 26: People enjoy a concert during the Fuji Rock Festival at Naeba Ski Resort on July 26, 2008 in Yuzawa, Niigata, Japan. (Photo by Kiyoshi Ota/Getty Images)
YUZAWA, JAPAN - JULY 26: People enjoy a concert during the Fuji Rock Festival at Naeba Ski Resort on July 26, 2008 in Yuzawa, Niigata, Japan. (Photo by Kiyoshi Ota/Getty Images)
Kiyoshi Ota via Getty Images

毎夏恒例となった野外フェス「FUJI ROCK FESTIVAL」(フジロック・フェスティバル'16)に、学生団体「SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)」の中心メンバー奥田愛基さんやジャーナリストの津田大介さんらが出演すると発表され、ネット上には「フジロックに政治を持ち込むな」「音楽の政治利用」などと批判の声が上がった。

これに対し、有識者からは「いくつものNGOやアーティストがさまざまな主張をステージで繰り返してきた」「民主主義そのものを批判することこそがロックである!」「表現の自由を守りたい」など様々な声が上がっている。以下にその一部を紹介する。

■アジカン・後藤正文さん「フジロックのこと知らない人が言ってる」

ロックバンド「アジアン・カンフー・ジェネレーション」(アジカン)のボーカル・後藤正文さんは19日、Twitterを通じて(フジロックで)「これまでいくつものNGOやアーティストがさまざまな主張をステージて繰り返してきた」などと反論。「『音楽に政治性を持ち込むな』みたいな意見は、リスナーは自由に言っていいと思う。そういう意見に忖度するかどうかも、作り手の自由」とミュージシャンとリスナーの関係についてコメントした。

■漫画家・小林よしのりさん「ロックは党派性があってはダサくなる」

漫画家の小林よしのりさんは21日、「ロックとは何か?」と題したブログを更新。「今の観客は、愛が大切、恋は素晴らしい、命は大切…このくらいしか聞きたくないのでしょうね」とした上で、反原発を強く訴えたロックミュージシシャン、故・忌野清志郎さんを例に挙げ、「キヨシローの歌は左翼でも何でもなかった」「民主主義そのものを批判することこそがロックである!」などと以下のようにコメントした。

ロックは党派性があってはダサくなる。

したがってシールズのように、明確に「護憲派」野党の

党派性が見え見えの連中はダサい。

それはロックではない。

ロックはやはり反体制の不良でなければならない。

全体主義が社会を覆っているときに、「王様は裸だ!」と

叫ぶのは「已むに已まれぬ表現」であり、ロックだろう。

だが、特定の政党の味方をして、「安倍政権は裸だ!」

ということは党派性であり、反体制にも、ロックにもならない。

「民主党と共産党と社民党は立派な服を着ている!」と

叫んだら、おしまいなのだ。 

そもそも民主主義というイデオロギーを信奉している

レベルでは全然ロックにならない。

民主主義そのものを批判することこそがロックである!

ロックとは何か?より 2016/6/21)

■脳科学者・茂木健一郎さん「今後もあるだろうから、自由でいいんじゃない?」

脳科学者の茂木健一郎氏は、「政治は、音楽の前では、恋と同じ、題材の一つにすぎない」などとTwitterに投稿した。

■アーティスト・ろくでなし子さん「自分で何か行動すればいい」

アーティスト・ろくでなし子さんは20日、Twitter上で「#音楽に政治を持ち込むなよ と騒ぐ人は幼稚だ」「音楽を政治に持ち込んでる例は、世界中にたくさんある」などとして、「表現の自由を守りたい」とコメントした。

■コラムニスト・小田島隆さん「人間が音楽に政治を持ち込まな(い)ことは、ほとんど不可能」

コラムニストの小田島隆さんは19日、「あらゆる人間の営為を包摂する芸術である音楽から、特定の要素だけを排除できると考えている点でアタマがおかしい」などとして、「多少とも脳味噌に重さのある人間が音楽に政治を持ち込まなことは、ほとんど不可能だ」などとコメントした。

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