7月の参院選では、18歳以上が初めて投票できるようになる。新しい世代が参加することで「政治が変わる」ことに期待が高まっているが、そもそも若者たちの政治・選挙への関心はどこに向いているのだろうか。ハフポスト日本版は、18歳から23歳の若者と一緒に国会議員や自治体の首長らを訪ね、率直で様々な質問をぶつけてみた。
千葉市長の熊谷俊人氏(38)は2009年に市長に初当選した当時31歳で、政令指定都市としては史上最年少の市長として話題になった。「自ら参画」を信条とし、大学生時代にはアルバイトだけでなく自ら家庭教師協会を設立したという熊谷市長。質問する幸田真里奈さん(22)、吉川敦也さん(18)、林広一郎さん(18)に、選挙権だけでなく「被選挙権も早く下げないと」と語った。
(左から)千葉市長の熊谷俊人氏、吉川敦也さん(18)、林広一郎さん(18)、幸田真里奈さん(22)
――就職活動がちょっと不安なんです…
就活は面白い。何といっても、社長とか幹部とか、普段だったら絶対会えない人の話が聞けるわけですよね。こんな良い機会ってないと思うんですよ。業界なり会社を勉強して、フィーリングの合う企業を選ぶ、こんな面白いことってないんじゃないですかね。2度とこんな経験できないと思いますよ。ぜひ楽しんで、いろいろ調べて興味を持って。で、最後は、縁ですから。そんなに深く考えても、自分なりの思いと感覚で最後は決めていけばいいと思います。大事なことは、自分自身が何をやりたいのか、それでどういう人間なのかっていうことを言えれば、細かいテクニックなんかあまり関係ありませんから。自分らしく楽しんでれば結果はついてきますから、間違いない。
――熊谷市長は、就職活動で具体的に何をされていましたか?
私は、興味のある業界だけに絞って受けてましたね。他の人に比べて熱心に就職活動やってた方ではないんですけれど、私は当時「IT革命」が来ると思ってましたから、通信業界が1番良いと思ってました。ソフトウェア会社というよりもその下のインフラの部分、通信会社を全部受けましたね。今のKDDI、ソフトバンクの前身の会社を受けて、NTT(コミュニケーションズ)も最後に受けて全部内定をもらったんですよ。それで、NTT(コミュニケーションズ)に行ってみようかなって。
――それでNTTのほうに?
王者を見たら、いつでも辞められますからね。面接では、私はこういう人間です、私だったらこういうことやりたいんです、っていうのを熱く話をしたかなと思います。ハウツー本とか一切読んでません。人間ね、考えて言ったことと、本音で言ってることってちゃんと大体の人が、わかりますから。自分を見失わないように、っていうのが大事なポイントです。
■家庭教師だけでなく、家庭教師協会そのものを作った
――学生時代には、どんなアルバイトをされていましたか?
塾の講師とか家庭教師を最初やりましたが、大学1年の終わり頃には、家庭教師協会そのものを自分で作りましたね。それから、大学のキャンパス内のコンピュータルームのアシスタントみたいなことを。これが1番長かったですね。それで、大学の事務局の人たちとのお付き合いが私にとっては大変勉強になりましたし、当然ながら自分自身もIT関係にさらに興味を持つきっかけになりました。
――ご自分で協会を作ったんですか?
家庭教師とかやってると、中間搾取されるわけですよ。「これおかしいじゃないか、もう自分たちでやろう」と思って。当時、まだインターネットが(一般向けサービスを)始めたばかりで、ホームページで家庭教師を募集したり派遣している会社ってほとんどなかったんですね。「よしこれだ」と、自分でホームページを作って、フリーダイヤルも取って、さらに(高級住宅街の)田園調布のクリーニング屋さんとかに貼り紙をお願いしたり、全部やりました。そういうのは面白いんだけども、カリキュラムを作ったり、講師の質を確保したり、保護者とのやり取りしたり、相当大変なんですね。1回、ビジネスをやっていくと、その中抜きと思われるようなものにどれぐらいの意味合いがあって、妥当なのかっていうのがわかるようになるんですよ。
商売って全部そう。作り手、提供する側のことを考えると正しい消費者にもなるんですよね。何事も私、疑問に思ったりしたら実際やる側になってみるっていうのを基本的に。それが私の生き方ですね。ですから政治も不満があったし、こうしたほうがいいと思っているので、だったら文句言う前にやったらいいじゃない?っていうことで今やってるっていうのが現状ですね。
――プログラミングはいつ頃から勉強されてたんですか?
いや、もう勉強というよりも作る目的があったんで、そこからもう逆算で見よう見まねでやっていくっていう感じで。今でもですから自分のホームページでも、自分である程度設計図作ってますよね。普通にHTMLで。昔ほら、そんな便利なツールないから、もうタグ打ちですよ。直接全部打ってましたよ。その頃は、もうNetscape2.0とかの時代ですから、超原始的な。ちゃんとプログラムを組んだりとか、CGIを入れて組んだりとか全部やってましたよ。
■阪神・淡路大震災で、地域力の差を目の当たりに
――不満があったから政治家を目指したんですか?
私自身、元々歴史が好きで、歴史好きは最終的に現代政治に行き着くんですよね。それで興味を持っていく流れの中で、高校生のときに阪神・淡路大震災があって、私は当時、神戸市須磨区に住んでたんです。震度7ですよ。私の家自身は大きな被害があったわけではありませんが、ライフラインが全部止まりました。1番強烈な体験は、自衛隊のポンプ車に水のポリタンクを持って何往復もしたっていうことですよね。風呂入るってこんなに大変なのかと思いました。自衛隊も、大変身近に感じましたよね。
関西の気風って、どちらかというと自衛隊とか軍隊あんまり好きじゃないんですよ。でも、そこから国防にも興味持ちました。私、どちらかというとリベラルサイドの人間ですけども、防衛白書とか装備の本とか、全部読んでますから。そういう意味ではすごく自分自身にとって震災は大きな影響を与えましたよね。(ライフラインを作る)NTTに入社したっていうのも、多分そういう影響はあると思います。
――阪神・淡路大震災で他にどんな経験をされましたか?
後は、実は町内会とかがしっかりしてるかしてないかで、行政の情報がちゃんと末端の住民まで届くところと届かないところがあった。あとは復旧・復興の段階でも行政力の差が露骨に出てくるんですよね。どこは早くて、どこの町は遅いですとか、もしくはどの町は被災者にお金が出て、どの町は出ない。はっきり言って、そういう世界になってくるんです。阪神・淡路大震災以降に、被災者生活再建支援法とか今では当たり前の法律ができてるんですね。当時「こういう風にしなければ」と住民として強く思っていたことが、ちゃんと制度化されていると思います。
あとは、慣れ親しんだ場所が焼け野原になってたりするわけですよ。すると「何でここは焼け野原で、自分の家は大丈夫だったのかな?」とか思うわけですよね。建物が古い・新しいだけではなく、その場所は路地が狭くて、消防車が入れないような地域だった。建物が密集する場所だった。行政はちゃんと問題視してて、区画整理とか道路の拡幅計画があった場所もあります。でも、なかなか住民合意が取れてなくてできていなかった。そういう意味で、住民自身が、それから地域がどういう風に主体的に行動するかによって町は変わるし、そこに住民合意の難しさがある。そういう意味で国政とは違った地方行政ならではの難しさと大事さっていうのを、もう理屈抜きに感じるわけですよね。それが自分にとっての原体験ですよね。
――それで国政よりも地方を目指したんですね。
普通は、国政ばっかり見ちゃうんですよ、人って。政治っていうと。マスコミの報道もほとんどがそうだし。でも実際には、私たちの生活っていうのはほとんどが、地方行政と地方政治なんですよね。熊本で地震が起きると、熊本県や熊本市などがどういう役割を果たしてるか、すごくよく分かる。住民はもっと身近に、いかに市役所と県庁が重要なのかよく分かります。私はそれを肌で感じましたので、絶対に地方行政・地方政治をやりたいと思いました。たまたま縁あって今こういう世界に来てますけれど、私自身はとにかくまちづくりをやりたかった。市政に携わりたかったというのが私のスタートですね。
■「投票、別に行かなくてもいい」「えっ」
――18歳が選挙に行かないと仮定したときのデメリットってありますか?
簡単ですね、欠席裁判になる。それだけですね。例えば、学校でも自分が欠席してるときにクラス委員とか決めなきゃいけないとか、重要な意思決定をする、そういう場の日に欠席するっていうことですよね。そうするとひょっとしたら何か負担が押し付けられてるかもしれない。自分がその場にいたら「ノー」と言っていたかもしれないことが決まっていたり、っていうことですから、決める場に参加しないっていうことは、リスクですよね。別に、でも、行かなくていいと思いますよ。
――えっ、行かなくてもいい?
行きたい人が行けばいいし、行かなかったことの責任はその人たちが背負うだけの話ですから。それはもう絶対に行かなきゃいけないっていうものではないですよと。それは、自分で判断して。行かなかったことで後で悔しい思いをするのも、いい経験だと私は思います。
――18歳選挙権についてどう思いますか?
基本的には、20歳っていう枠組みがかなり微妙ですよね。私も成人式とか毎回出ますけど、20歳ってもう節目ではないので、現実的な節目って18歳ですから。諸外国と同じように18歳を節目にするのは大変いいことだと思います。人間は選択肢が与えられて初めて考えるんですよ。ですから選択肢を与えることによって自覚が芽生えてくる、これが大事なことです。
ただ、(質問した3人の学生たちにとっては)いきなり参議院選挙っていう最も国民から遠い、身近ではない選挙からスタートしてしまいますね。でも、本質的には自分が分かることに参画すべきですよね。そういう意味では本当は、自分の住んでいる身近な町の、統一地方選挙とかから18歳選挙権が始まると、もっともっと悩まなくて済んだんじゃないのかなと。あとは、被選挙権も早く下げないといけないですね。アルバイトしているだけでは分からなかった家庭教師や商売のの仕組みが、協会を作って初めてわかった。それと同じように、実際の政治家側の面をシュミレーションしていくことによって、どういう人を選ぶのがいいのかっていうことがわかってくると思うんですよ。投票は最後ですから、民主主義の。最低限の最後の行為ですから。最初は基本的に参画、自ら行動ですから。まずは立候補が先なんですね。立候補できない人が投票するっていうことですから。立候補をもっとしやすくしないといけないですよね。
■熊谷俊人・千葉市長(38)
1978年、奈良県天理市生まれ。父の転勤に伴い千葉、大阪、兵庫にも在住。早稲田大学政治経済学部卒業後、2001年からNTTコミュニケーションズに勤務。2007年4月の千葉市議会議員に初当選。2009年6月、市長に初当選し現在2期目。趣味は登山、詩吟、歴史、バドミントンなど。
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