「壁はパレスチナ人の葛藤の象徴」 映画「オマールの壁」主演のアダム・バクリさん

巨大な壁に分断されたパレスチナで生き抜く若者たちの姿を描いたパレスチナ映画「オマールの壁」が公開中だ。主演俳優のアダム・バクリさんが初来日し、ハフポスト日本版のインタビューに答えた。

壁で街を分断され、イスラエルに占領されるパレスチナの若者の苦悩を、恋とサスペンスを織り交ぜて描いた映画「オマールの壁」(2013年)が、4月16日から角川シネマ新宿渋谷アップリンクで公開されている。初来日した主演のパレスチナ人俳優、アダム・バクリさん(27)はハフポスト日本版のインタビューに対し、「分断壁はパレスチナ人の葛藤の歴史、紛争の象徴なんです」と語った。

あらすじはこうだ。パレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区に住む真面目なパン職人オマールは、監視塔からの銃弾を避けながら、街を分断する高さ8メートルのコンクリート壁をよじ登っては壁の向こう側に住む恋人ナディアのもとに通っていた。長く占領状態が続くパレスチナでは人権も自由もない。オマールはこんな毎日を変えようと仲間と共に立ち上がったが、イスラエル兵殺害容疑で1人だけ捕えられてしまう。イスラエルの秘密警察から拷問を受け、刑務所で一生過ごすか、それとも仲間を裏切ってスパイになるかの選択を迫られるが…。

巨大な壁は、イスラエルと西岸地区との境界であるグリーンラインに沿って建てられているのではなく、西岸地区の中を分断するように建っている。朝日新聞デジタルは「パレスチナの分離壁」について次のように説明している。

<パレスチナの分離壁> イスラエルは、1967年の第3次中東戦争でヨルダン川西岸などを占領。分離壁は第2次インティファーダ(対イスラエル民衆蜂起)さなかの2002年、建設が始まった。国際司法裁判所は04年、分離壁の建設は国際法違反と勧告したが、その後も建設は続き、総延長は約450キロとベルリンの壁(約160キロ)を大きく上回る。米国主導の和平交渉は14年4月に頓挫し、再開の見通しは立っていない。

 

(世界発2016)パレスチナの壁、映す「占領」 イスラエルが築いた450キロ:朝日新聞デジタルより 2016/04/14 05:00)

この作品は、カンヌ国際映画祭をはじめ多数の映画祭で絶賛され、パレスチナ代表として2度目のアカデミー賞外国語映画賞ノミネート作品に選出された。スタッフ全員がパレスチナ人で、撮影もすべてパレスチナで行われ、100%パレスチナの資本で製作された。監督は、自爆攻撃に向かう若者を鮮烈に描いた「パラダイス・ナウ」(2005年)のハニ・アブ・アサドさんだ。

アダム・バクリ イスラエル出身のパレスチナ人で、現在はニューヨークを拠点に活動する。父親は俳優で映画監督のモハマッド・バクリ。2人の兄とも俳優。テルアビブ大学を卒業した後、ニューヨークの劇場研究所で演技を学んだ。第1次世界大戦のアゼルバイジャンを舞台にした新作「アリとニノ」(2016年)で主演を務める。

インタビューに答える映画「オマールの壁」主演のアダム・バクリさん=東京・銀座

――今作品が長編デビュー作になりますね。

とても力強くて代えがたい経験になりました。これからも様々な映画に出ると思いますが、自分にとって貴重で大切な作品になると思います。

――どんなきっかけで出演することになったんですか。

この作品のキャスティン・ディレクターは他の作品のオーディションで私のことを知っていて、私にオーディションを受けるように声を掛けてくれました。Eメールが来て、「アブ・アサド監督が主役の役者を探しているのだが、私はあなたにぴったりだと思う」と記してあり、オーディション・テープを撮って送るようにとの内容でした。

ニューヨークからイスラエルに渡り、演技テストを何度もした末に合格しました。俳優としての夢の一つはアブ・アサド監督と仕事をするということだったので、とても嬉しかったです。

――映画では、分離壁が重要な意味を持っています。「壁」はどんな存在だったのですか。

イスラエルの(テルアビブ南部)ヤッファに生まれました。川西岸地区にある壁は遠くから見たことはありましたが、近くで見たのはこの撮影が初めてでした。見上げると太陽が隠れてしまいそうなくらい巨大なものです。

イスラエルでは人種差別や、2級市民の扱いを受けたこともあります。そうは言っても、西岸地区やパレスチナ自治区ガザに住む人たちは刑務所にいるように閉じ込められていて、私たちよりも酷いんです。

西岸地区ではそこらかしこで兵士の姿が目に入ってきて、家でシャワーを浴びようとしたら水が止められます。イスラエルが水や熱をコントロールしているんです。自治区の外にある大学に行くには検問をいちいち通らなくてはならず、たどり着くのに5時間もかかってしまうこともあります。そんな不自由な暮らしをしているんです。

――作品中のように、命の危険を冒して高い壁を乗り越えることは実際に起きていることなんですよね。

そうです。常に目の前に立ちはだかっていて、フラストレーションを感じざるをえません。壁はパレスチナ人の葛藤の歴史を日々、思い出させるものです。パレスチナ紛争、イスラエル占領の象徴なんです。

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――そういった状況を抱える中、今後、どうなってほしいと願っていますか。

父は自治区に直接の知り合いも多いです。人々は自由がほしくて、人生を楽しみたいんです。とにかく自由。普通に大学に行って、教育を受けて、歩き回って、恋愛をしたいんです。いまのようにクリニックに間に合わなくてやむを得ず検問所で出産するようなことはしたくないんです。人権がないがしろにされています。

――そういったパレスチナの実情を、映画を通して知ってもらうことが大切ということですね。どんな意識で演じましたか。

パレスチナ人の内面の葛藤を画面に映し出すことが、俳優としての責任、そして役割だと思いました。私は、主人公オマールがどんな思いを抱いて生きていたのかを常に意識して演じました。映画は自治区に住むパレスチナ人の声を伝える手段です。私は映画に出ることでメッセージを伝え、見る人に考えてもらい、疑問を提示することができます。

――作品は、衝撃的な結末を迎えます。どんな思いで演じましたか。

「最高の日」になるという意味を出してほしいと監督に言われました。そして、静けさを持って演じるようにとも。オマールはとても重大な決断をするのですが、それしか愛するナディアを救う方法はなかったのです。ナディアが大学に行って、子供たちと幸せに暮らせるようになるということで、オマールは幸せを感じるんだと解釈しました。

――日本人にとって中東の問題は決して身近ではありません。日本人へのメッセージはなんでしょうか。

映画を見て、国という枠組みよりも、個人、つまり一人一人の人生の大切さを考えてもらえるといいと思います。個人が世界を変えるんです。登場人物に自分を投影してみて、様々なことを考えてもらえたら嬉しいです。

………

(2013年/パレスチナ/97分/アラビア語・ヘブライ語/カラー/原題:OMAR)

監督・脚本・製作:ハニ・アブ・アサド(『パラダイス・ナウ』)

出演:アダム・バクリ、ワリード・ズエイター、リーム・リューバニ ほか

配給・宣伝:アップリンク

角川シネマ新宿、渋谷アップリンクほか全国順次公開中

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