「航空業界の慣習、ビジネスにも活かせる」29歳で夢を叶えたマークさんに聞く、旅客機パイロットの仕事

「パイロットはご機嫌な仕事」と語るマークさんに、実際の仕事やその魅力ついて聞いた。

幼い頃から飛行機が好きだったけれど、パイロットになるなんて夢の世界の話だと考えていたマーク・ヴァンホーナッカーさん。大学院生のときに「やはり飛ぶことを生涯の仕事にしたい」と気づき、そこからフライトスクールの費用を稼ぐために経営コンサルティング会社に就職。29歳でブリティッシュ・エアウェイズのパイロットとなった。夢は現実になったのだ。

そんな彼が2月に上梓した『グッド・フライト、グッド・ナイト』には、コックピットでパイロットが実際に感じていることや空の上の世界について描かれている。「パイロットはご機嫌な仕事」と語るマークさんに、実際の仕事やその魅力ついてインタビューした。

■ 29歳でパイロットに。航空業界での慣習は、ビジネスにも活かせる

――フライトスクールに通って飛行訓練を受け、操縦士の資格をとっても、航空会社の面接に受からなければパイロットにはなれません。29歳でパイロットになったそうですが、もしパイロットになれなかったら、どうしていましたか?

昔から海外旅行に興味がありました。パイロットになっていなかったら、旅することが多い仕事、乗客としてでも飛行機に頻繁に乗れる仕事を選んでいたのではないかと思います。例えば、外交官とか。前職のコンサルタントの仕事も、海外出張が多い仕事でした。一度コンサルタントとして働いていたことが、現在パイロットしても活きていると思います。

ブリティッシュ・エアウェイズの面接でも、国外出張がとても多かったことをアピールポイントとして話しました。逆にパイロットになってから航空業界での慣習を、ビジネスの世界でも活かせると思うことがあります。例えば、「ディサイド・コール」。

――それはなんですか?

多くの旅客機は、電波高度計の自動音声で着陸時などに高度を知らせてくれるのですが、ここで着陸するか、それともまた高度を上げる(着陸を断念する)か、決めなければいけない高度があるんです。そこに到達すると、高度計が「ディサイド」と言うんですね。地上か空のどちらかを選んでください、という通達です。

企業のミーティングでも、意思決定が必要なときには「ディサイドコール」が鳴る仕組みを設けたらいかがでしょうか(笑)。それが鳴ったら、絶対に決断しないといけない。そうすると、いろいろなプロジェクトがスムーズに進むと思います。

■ 袖のストライプでわかる、パイロットの役職

――パイロットの仕事についてうかがいます。素人目でみると、現代の飛行機の操縦は自動操縦でおこなっているから、機長も副操縦士もじつはやることがあまりないんじゃないかと思っていたのですが……それは実際どうなんでしょうか。

あはは(笑)。そんなことはありません。やることはたくさんありますよ。パイロットにとって一番忙しい時間は、フライトの最初の1時間と最後の1時間。フライトが終わりに近づくと、操縦輪についたボタンを押して自動操縦を解除します。また乱気流に入ったときは、自動操縦で動かしながら手動で数度ずつ機体を旋回させて、雲を避けたりします。

高度が安定してからもゆったりとしたペースですが、やることはあります。燃料やシステム、機体の着氷などをチェックする。管制官と連絡を取る。キャビンクルーにすべてが予定通りに進んでいるか確認する。現在地に一番近い空港とこれから着陸する予定の空港の天気を確認する、などです。

――機長と副操縦士というのは、どういう役割分担になっているんですか?

説明するのはむずかしいのですが……例えば、2人でドライブ旅行をすると、片方が運転をしていたら、もう片方は助手席で地図を確認したり、その日泊まるホテルに確認を入れたり、音楽を変えたりと、外部とのコミュニケーションや雑用を担当しますよね。そういった役割分担が機長(キャプテン)と副操縦士にはあって、その役割を交代しながら長距離飛行を進めます。

また飛行機で欠かせないもののひとつに、チェックリストがあります。旅客機においてチェックリストの確認はかならず、機長と副操縦士の二人でおこないます。単なる箇条書きのリストではないんです。片方が声を出して項目を読み上げ、片方が確認する。飛行安全についてだったら、片方が「スピードブレーキ」と読み上げ、操縦しているパイロットは、スピードブレーキがアームド(作動)になっていることを確かめて「アームド」と答える。こうした共同作業として、デザインされているものなんです。

――役割を交代するということは、機長と副操縦士というのは上下の関係というより横の関係なのでしょうか。

そうではないですね。役割はそこまで変わりませんが、機長と副操縦士は階級が違う、というイメージです。副操縦士がパイロットとしての役割を担っているときも、かならず機長の監督下にあります。最終的な決断を下すのは機長ですし、公的な責任を負うのも機長です。コックピット内で座る位置も、機長が左、副操縦士が右と決まっています。

あと、ユニフォームを見てもわかりますよ。新人の副操縦士は袖のストライプが2本、シニアの副操縦士なら3本、機長なら4本です。副操縦士から機長になるには、さまざまな要項を満たした上で、数ヶ月かけてテストや面接をクリアする必要があります。これは、パイロットのキャリアにおいて一番大きなステップアップです。

■パイロットに必要な3つの秘術とは

――では、パイロットに必要な3つの技術とは何だと思いますか?

ひとつ目は、当然ながら技術的な知識ですね。飛行機の操縦技術はもちろん、さまざまな規定や、航空業界についての知識、機体についての知識など、ブリティッシュ・エアウェイズのパイロットして必要とされている知識を習得する事が必要です。

ふたつ目は、マネジメントのスキル。

――パイロットにも、マネジメントが必要なんですね。

はい。チームでなにか大きな仕事をするときには、すべからくマネジメントが必要なのではないでしょうか。もともとNASAで開発されたクルー・リソース・マネジメント(CRM)という手法が、航空業界には導入されています。パイロットがマネジメントする組織は、最小単位だとパイロット同士です。それを広げていくと、キャビンクルー、管制塔の管制官、飛行機をメンテナンスするエンジニアなども含みます。こうしたマネジメントは、フライトシミュレーターの演習で学びます。

例えば、飛行しているときに、誘導的な質問をしてはいけないとされているんです。航空機で地上を走行するときには、管制官からOKをもらうことが必要です。そのときに「走行してもいいですよね?」と聞いてはいけません。「走行してもいいですか?」と聞くべきです。こうしたことを、シミュレーターでの様子を録画していて、後からフィードバックを受けるんです。

後ろにあるのがフライトシミュレーター

――なるほど。コミュニケーションがうまくとれない場合、重大な事故につながる可能性がある仕事ですもんね。

3つ目は、さまざまな人や文化をリスペクトすること。パイロットの仕事は、とてもグローバルな環境です。ブリティッシュ・エアウェイズのスタッフもいろいろな国出身の人がいます。降り立つ空港も、インドだったり、サウジアラビアだったり、中国だったり、アメリカだったりといろいろです。グローバルなエアラインで働いていくには、異文化にリスペクトをもつことはとても重要です。

■ パイロット独特の地理感覚、航空業界では、日本はすべて「福岡」?

――著書を読んで興味深いと思ったのは、パイロット独特の地理感覚です。これまでに聞いたことのある世界の地名が、飛行して上から見ることによって、現実の地図としてつながる感じがすると。これは、私達が普段電車で移動しているところを、車で移動すると地形やどことどこが近いのかわかるようになるのと、同じような感覚なのでしょうか。

そのとおりですね。子どもにとっては自分の地図は、自宅の周辺だけにとどまっています。それが、だんだん近所、町、市全体……と広がっていくのを、パイロットは地球規模で体験しているんです。その感覚が知りたくて、私は国をまたいで飛ぶ長距離便のパイロットを志望しました。地球の大部分を肌感覚で認識できるのは、パイロットの特権ですね。

――また航空のための地図で見ると、日本は全部「FUKUOKA」という領域に含まれるのだとか?

日本の方々からすると不思議でしょうね(笑)。最近は、航空図やマニュアルがすべてタブレットで見られるようになったので、それをお見せしましょう。

日本全体の空域。青い円のRJTTは羽田、RJAAは成田。With permission of Lufthansa Systems GmbH & Co. KG

フライト・インフォメーション・リージョンの区分けで言うと、日本全体がFUKUOKAに入っているんです。そして、ロシアのハバロフスクとアラスカのアンカレッジの領域に接しています。

――ハバロフスクもアンカレッジも、福岡からはだいぶ遠いところですね(笑)。あと、航空機に向けて電波を発するラジオビーコンが茨城県の大子(だいご)にあるから、パイロットはみんな「DAIGO」という地名を認識しているという話も書かれていました。

有名な都市でなくとも、パイロットなら知っているというところはたくさんあります。成田空港の近くには「SAKURA」という場所がありますね。ここにも、ラジオビーコンがあるのでパイロットはみんな知っています。いつも、これはブロッサムのことなのかなと思っているんですが……。

――あ、これは「佐倉」といって、花の桜とは漢字が違うんです。たしかに響きだけだと同じですね。なるほど、飛行場と位置を知らせるビーコンがある地名によって、その地域を認識してるんですね。

そうです。あとビーコンがあるのは、SHIMOFUSA(下総)、MORIYA(守谷)、AMI(阿見)、SEKIYADO(関宿)、OOMIYA(大宮)、IRUMA(入間)、YOKOTA(横田)、TACHIKAWA(立川)、ATSUGI(厚木)、YOKOSUKA(横須賀)、KISARAZU(木更津)……パイロットには、羽田空港の周辺はこういうふうに認識されているんです。

羽田空港周辺の空域。With permission of Lufthansa Systems GmbH & Co. KG

■実はパイロットには「好きな機種」がある。コックピット、各社の違いは……

――新刊に、パイロットがそれぞれの「好きな機種」について語るところがありました。エンジン出力が高いほうがいい、燃費がいい、大型機がいいなど、皆さんいろいろな思い入れがあるんですね。

パイロットとしての経験から言うと、エアバスのコックピットは折りたたみ式のテーブルがついているところがいいですね。食事や書類仕事のときに便利なんですよ。コックピットの窓が開閉できる機体や、コックピット内にトイレがある機体もあります。

そしてパイロットだけでなく一般の乗客にも人気が高いのは、なんといってもボーイング747です。とにかくフォルムが美しい。白鳥みたいなんです。また、コックピットに足用ヒーターがあるのもすばらしい(笑)。コックピットの床は、外気温に連動して極端に冷えるので。

コックピット内のマークさん

――マークさんはなぜそれほど飛行機が好きなんでしょうか。幼い頃から飛行機が好きで、模型飛行機をつくったり、ボーイング747を自由研究のテーマにしたりしていたと書かれていましたが。

そもそも、高いところにのぼりたいというのは、人間の根源的な欲求なのではないかと思います。遠くへ行かずとも、ただ自分の家を上空から見下ろせたとしたら、それはエキサイティングな経験ですよね。

もうひとつは、当然ですけど、飛行機に乗ればうんと遠くまで旅ができる。これはすごく魅力的です。地球儀のどこを指しても、たいていのところには飛行機が飛んでいる。それを考えると心が沸き立ちます。

――最後に、マークさんはこれからもパイロットを続けていきたいですか? それとも別の仕事をやってみたいと思いますか?

空を飛ぶのが好きじゃなくても、パイロットというのはご機嫌な仕事なんですよね。建築が好きだったら、世界中の名だたる建築物を見ることができる。食べることが好きな人にとっては、世界中のグルメを楽しむことができる。あるいは、自然が好きだったら世界中の自然公園を訪れることができる。

空を飛ぶことに興味がなくなっても、パイロットを続ける理由はたくさんあります。ただ、自分はまだまだ空を飛びたいし、それゆえにパイロットを続けていきたいと思っています。また私はこれまで、他の仕事をやりたいというパイロットには一度も会ったことがありません。それくらい、すばらしい仕事なんです。

そして、文筆業も続けていきたいですね。私のサイトには、飛行機の窓側の席から撮った写真を投稿できるギャラリーがあります。日本からの写真がまだ少ないので、この記事を読んで、そういう写真を持っている方はぜひ私に送ってください。その写真を撮ったフライトのエピソードとともにね。

マークさんが航空機の窓から撮影した写真はこちら。

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(取材・文 崎谷実穂

マーク・ヴァンホーナッカー

マサチューセッツ州出身。幼い頃から飛行機が好きで、10代の頃には近場の飛行場で操縦訓練を受けていた。高校時代には、日本とメキシコにホームステイをしている。高校卒業後、地元の大学に進学。イギリスの大学院でアフリカ史を専攻していたときに、やはりパイロットになりたいと思い、大学院を中退。フライトスクールの費用を稼ぐために、ボストンの経営コンサルティング会社に就職。2003年から、念願かなってブリティッシュ・エアウェイズのパイロットになる。現在はボーイング747を操縦する長距離パイロットとして、世界の空を飛び回っている。「ニューヨーク・タイムズ」やオンラインメディア「スレート」などに定期的に寄稿している。