映画監督の岩井俊二さん(53)とフォトジャーナリストの安田菜津紀さん(28)が1月下旬に対談、岩井さんの作品「スワロウテイル」やシリア難民の話題から始まったこの企画は、日本の難民認定やヘイトスピーチ(差別的な言動)、東日本大震災、そして育児など日本国内の問題にも話が及んだ。
※「前編」はこちらです。
安田さんは、東日本大震災の被災地の人たちがシリア難民に向けて「恩返しというか『恩送り』をしたいと言っている」ことを紹介。岩井さんは日本のホームレスの人たちについて話し、「生活をもっと豊かにするように支援して、我々と同じくらい普通に暮らせるようになれば万々歳じゃないですか」と訴えた。
この対談はハフポスト日本版などが企画した。
岩井俊二(いわい・しゅんじ) 1963年、仙台市生まれ。横浜国立大卒。テレビドラマなどの演出を経て映画監督となる。作品に「Love Letter」「スワロウテイル」「ヴァンパイア」など。新作「リップヴァンウィンクルの花嫁」は3月26日に封切られる。著書に「ウォーレスの人魚」(角川文庫)、「番犬は庭を守る」(幻冬舎)。NHKの東日本大震災復興支援ソング「花は咲く」の作詞もした。
安田菜津紀(やすだ・なつき) 1987年、神奈川県生まれ。上智大卒。フォトジャーナリストとして、カンボジアを中心に中東、日本国内などで貧困や災害を取材。2012年、「HIVと共に生まれる―ウガンダのエイズ孤児たち―」で第8回名取洋之助写真賞を受賞。共著に「ファインダー越しの3.11」(原書房)、「アジア×カメラ『正解』のない旅へ」(第三書館)。現在、J-WAVE「JAM THE WORLD」に出演。
■日本に来た人たちをいきなり『受け入れろ』というのは無理だと思う」(安田さん)
安田菜津紀さん(以下、安田):「スワロウテイル」の中の世界って、差別もあるし、ぶつかり合いもしょっちゅうあります。例えば、いきなり異文化のところから日本に来た人たちをいきなり「受け入れろ」といったような唐突なものは、無理だと思うんです。自分とは違う、異質なものを排斥したり切り捨てたりせず、まずはそこにいるっていうことを認めていければいいと思います。
岩井俊二さん(以下、岩井):子供でも、肌の色が違えばなんだろうってきょとんと見ちゃうし、いろんなことが起こりますよね。そこで関わって交わることで、多少のいさかいがあっても「人と人」として知り合いになっていけば変わっていきます。そういうことを信じた方がいいですよ。いろんな奴がいていいんだろうっていう気はするんですよ。
安田:昨年、約7500人の難民申請がありました。でも、その中の27人しか認定されず、世界からは、日本は認定がとても少ないと言われます。その点、考えることはありますか。
岩井:かつてアメリカに行った時にビザ申請をしました。でもビザが届かなくて、1年くらいアメリカから出られなくなったことがありました。それでも働ければそんなに困りはしないんですね。様々な不便はありましたが、最低限は暮らせました。でも、難民認定されなくて働けないのなら、ちょっと気の毒なことですよね。
安田:難民キャンプで話を聞くと、働けないということがとてもストレスになっています。最低限の資金はもらえても、社会にコミットできない状態。自分が社会から必要とされていない、つながることができないと感じてしまいます。難民キャンプには、一流の弁護士やテレビのプロデューサーだったなどといろんな人がいます。それがある日突然、プツッとそこから切れてしまうんです。それがいかに人間にストレスを与えて自尊心をじわじわと奪っていくことなのか。
ところで昨年、多く耳にすることがあったヘイトスピーチ(差別的な言動)では「人のお金で生活しよう、そうだ難民しよう」と叫ぶものもありました。「働かなくて楽しくていいよね」って。受け入れる日本側の問題です。
岩井:ああいうことをするメンタルになる人って、何なのかと思いますよね。
安田:結局、自分に余裕があれば誰かを攻撃する必要性っていうのはなくなります。難民問題は外国人の問題というよりも、我々の問題でもあるかもしれないですね。
岩井:困っている人を助けるという行為について、日本はだいぶ枯れてきちゃってきていますよね。
安田:例えば、(シリア難民が暮らすヨルダンの)ザータリ難民キャンプに先日行ってきました。昨年の冬ですが、「お前の泊まっているところは寒いのか」って、難民の人がテントから毛布を持ってきました。「いや、受け取れません」って答えたら、次の日、同じ人がまた持ってくるんです。結局、受け取りませんでしたが、彼らとしては、何で受け取らないのか理解できないんです。そういったことがこの世界に存在するんですよね。
岩井:心にゆとりがありますよね。日本人にはもうないものかもしれません。
対談する安田菜津紀さん
■「東日本大震災震災では、歩み寄りの局面が多く作れた」(岩井さん)
安田:例えば今、難民認定を待っている人たちや、認定は受けられなかったけれどかろうじて日本に滞在できる資格を持っている、でも働けないっていう人たちは、結局、社会にコミットするツールがないんですよ。働きに出るとか、学校に行くとかがなくて、そうすると結局、別の関わりをするしかない。こちらから歩み寄っていくマインドがもう少しあると、彼らも外に出やすくなるはずなんですよね。
排斥的な言論がワッと出るのって、やっぱり異質なものが怖いからなんです。触れたことのないもの、知らないものが怖いっていうことです。
岩井:東日本大震災震災なんかは逆に極端な状況だっただけに、そういう歩み寄りの局面が多く作れました。それが自然の摂理のような気もします。
安田:(岩手県の)陸前高田に通っていますが、仮設住宅のおばあちゃんやお母さんたちがシリア難民の話をしていたんです。子供たちが大きくなって使わなくなった服があるということで、100世帯に満たないくらいの仮設住宅から10箱以上になる古着が集まりました。おばあちゃんの中には、大震災だけではなくて、1960年のチリ地震津波と、さらに第2次世界大戦の時に陸前高田の空襲も体験している人もいました。
少なくとも自分は国を追われるところまでは追い詰められなかったし、いろんな支援を受けてここまで来ているので、これからはその恩返しというか「恩送り」をしたいと言うんです。「恩送り」ってとても良い言葉だと思ったんです。共感のピースになるようなヒントっていうのは結構日常の中にあふれていて、それが拾い上げられないだけなのかなと思います。
岩井:多様性って、逆にローカルな、ドメスティックなものがあるから、なおさら多様性が生まれるわけです。全部シャッフルして全員同じ情報を共有することが、はたして人類にとって幸福なのかというと、それはまたちょっと違うような気もします。
僕は仙台で生まれ育って、仙台を出ました。ずっと仙台にいて郷土を愛している人たちはもちろんいます。彼らは郷土愛に満ち溢れています。でも郷土を愛しながらオープンな人もいれば、郷土を愛しながら排他的な人もいます。
安田:そういうあり方自体を否定しないことが大切なのかもしれないですね。
岩井:なかなか人間がコントロールできるものではないです。人間は常に試行錯誤し続けるしかないと思うんです。自由や民主主義を勝ち得ても、それに慣れてしまえばそのありがたみも忘れてしまう。
国や政治って、国民があまり気にしなくても、目障りじゃない程度に上手く機能してくれているのがきっと一番理想的なのでしょう。気にしなきゃいけなくなっているっていうのは、ちょっとやっぱり病んできているんでしょうね。
対談する岩井俊二さん
■「日本で難民認定されないと、放り出されたという絶望感があると思う」(安田さん)
安田:日本で難民認定されず、働けず、でも生活保護も出ないというとき、どうすればいいのか、という人たちも出てきます。そういう時に、この国の中に放り出されちゃったという絶望感を持つんじゃないかと思います。
岩井:例えば、ホームレスの人の人たちについても、生活をもっと豊かにするように支援して、我々と同じくらい普通に暮らせるようになれば万々歳じゃないですか。そうすると、家を持つか持たないかっていう選択肢も持てるようになる。家賃を払うか払わないかっていう選択肢が普通になるっていうね。そうすると、家賃に縛られない生き方があるわけです。
それに、ベンチをなくしてしまったりもするじゃないですか。ホームレスが寝るから嫌だという理由で。でも、例えばホームレスの人が薄汚いっていうんだったら、洋服を自由に着られるようにして住環境を良くしていけばいい。
安田:そういうふうに家からはじき出されても、最低限やっていけるだろうっていう安心感がほしいですね。外れてしまったら後がない、もう無理だ、駄目だとなっていってしまう。だから、今の生活を守らなきゃいけないということになる。最悪の状態に陥っても「まあなんとかなる」というマインドがあれば、もう少し自由になっていくでしょうね。
岩井:日本では、育児問題なんかも決していい仕組みになってないですよね。子供を育てるのがそんなに大変っていうのもどうかと思います。カンボジアなんかに行くと、5歳くらいの女の子が赤ん坊の面倒を見ていたりしていますよ。
安田:あとは、混ざり方の多様というか。例えばカンボジアのスラムに行くと、子供がたくさんいます。「みな、お母さんの子ですか」って女性に聞くと、「違う」って言うんです。「これはうちの子、これは隣の家の子、でも、これは誰?」みたいなこともあります。どこにでも自分の居場所があるんですよね。子供にとっても大人にとってもそれはいいことでしょう。
岩井:そういった柔軟さがあるといいですね。学校で勉強ばっかりさせているから、みないびつになっていくんです。もうちょっと上手なやり方があるだろうなと思うけどな。サービスとかビジネスが先行しすぎて、簡単だったことが複雑になって、結果、重たい仕組みを全部みんなで背負わされて、子供を産むのもやめようかとなる。その結果が少子化のような気がします。
安田:ザータリ難民キャンプは2012年に開設され、今までに4500人くらいの子供が生まれています。子育てに適した住環境では決してなく、子供が増えていっても厳しいことに変わりはないのですが、なんとか育っている。そんな場所でも知恵を絞って生きて行く、それこそが人間の力を活かすっていうことなんでしょう。
※日本に暮らす難民の詳細についてはNPO法人「難民支援協会」のウェブサイトをご覧ください。
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