戦後70年の時を経たドイツで、発売禁止になっていたヒトラーの著作『マインカンプ(わが闘争)』が、再び出版された。
1925年に初めて出版された『わが闘争』は、1年目に売れたのは9473部に過ぎなかった。1945年の第2次世界大戦終結までに、ドイツ国内では1200万部が売れた。今回は初版4000部に対し、1月8日までに1万5000部の注文があった。現在、第3刷まで発行されており、発売部数はさらに増える見通しだ。Newsweekは、オリジナルの発売初年を上回る売れ行きだと伝えている。
■発売の是非を巡り議論に
『マインカンプ(我が闘争)』にはアドルフ・ヒトラーの憎しみにあふれた文章が長々と800ページにわたって書かれ、ホロコーストへの道を開いた本でもある。
1945年に連合国がドイツに勝利した後、『わが闘争』の著作権はバイエルン州のものとなり、その後すぐにドイツ国内での出版が禁止された。しかし、2016年1月1日で著者ヒトラーの死後70年となり、バイエルン州の法律により、この本の著作権が切れたことで発禁も解除となった。
この日が近づくにつれ、ドイツ国内では出版することにメリットがあるのか、数年にわたって議論が戦わされてきた。
2012年、州は『わが闘争』に学術的な注釈を付け、歴史的・道徳的な教訓を与える点を強調した上で、2016年に出版するための資金調達を承認した。だがその後批判が相次ぎ、翌年にはこの決定を覆している。
2014年、州は再び方針を変え、資金援助は行わず学術書としての出版を支援すると発表。バイエルン州のルートヴィヒ・スパエンル文化省大臣は当時、このプロジェクトはユダヤ中央評議会からも支持を受けており、「科学の自由」を促進するものだと述べた。
ドイツのミュンヘン現代史研究所(IFZ)がこの注釈版を出したのは、極右のネオナチがこの本を出版するのを防ぐのが目的だ。IFZ版では2巻2000ページにわたって数千もの注釈が付けられている。価格は約65ドルだ。
IFZのディレクター、アンドレアス・ヴィルシング氏は、 痛烈な批判を込めた注釈は研究素材として役立つだけではなく、公的に必要なものだという。ドイチェ・ヴェレのインタビューで同氏は、注釈なしでの出版を許すのは「無責任」だと語った。マインカンプを出版することで研究所が狙うのは「ヒトラーの扇動的な論説を論破し、中途半端さ、挑発的な発言、そして真っ赤な嘘を白日の下にさらす」ことだ。「ヒトラーの支持者たちが仮にこの本に興味を持ったとしても、この本は読まないで他を当たった方が良いだろう」と同氏は述べた。
自伝的内容も書かれたこの本は1923年にバイエルンの刑務所で書かれ、1925年に出版された。批評家の受けは悪かったにもかかわらず、数百万マルクの利益があった。(「繰り返しが多い」、「学者ぶっている」と言われている)。
だがドイツ人にとって、この本は依然として破壊的な過去の象徴であり、出版は世論を2分した。YouGovによる投票では世論はほぼ真っ二つに分かれていた。ドイツ人の51%は国内の出版に反対だった。図書館司書の中には、市販するには危険すぎると考えている人もいる。
ユダヤ人コミュニティーのリーダーの間でも意見が分かれている。ドイツ・ユダヤ中央評議会のシャルロッテ・クノブロッフ元会長は、注釈版の出版には反対するとAFPに述べたが、その後現会長のジョセフ・シュスター氏は支持を表明した。
「これはパンドラの箱です。読者の心の内を知ることはできません」と元会長は言い、「もちろん、右翼の武闘派やイスラム教保守派が、彼の思想を広める上で役立つことにはなるでしょうが」と付け加えた。
ドイツ教職員組合のヨゼフ・クラウス理事長は、『わが闘争』は出版すべきで、学校で教えらえるべきでもあると考えるが、ドイチェ・ヴェルとのインタビューの中で彼は、言葉を選びながらも、自分の意見を変えるつもりはないと述べた。「もっと危険なのは、この事について口を閉ざしたり、出版を完全に禁止することです」と彼は言う。ヒットラーの著書から一部を引用して、これを歴史の授業で教えれば、若者の過激派思想に対する「免疫力を高める」ものになるのではないかと彼は期待する。
もちろん、以前からヒトラーの政見に関する資料自体はドイツでも簡単に入手できている。Googleで簡単に検索しただけで、これを掲載するサイトがいくつか見つかる。ほとんどの国では今でもこの本の出版が認められているが、オーストリアやオランダなどの数か国は例外で、これらの国々ではドイツで著作権が切れても、出版が解禁になるわけではない。
出版が可能な国ではロングセラーになっている。キャビネット誌が行った2003年の推定では、英語版としての売り上げ部数は年間約2万部になった。安いペーパーバック版は、この本の挑発的な内容に対する好奇心を煽ったためか、トルコとインドでは過去10年間でベストセラーの1位になったこともある。電子書籍版は、2014年にこの本として過去最高のダウンロード数を記録した。
だが、この嫌悪に満ちた本の売上の収益を誰が得るべきなのかは長い間厄介な問題になっている。アメリカではヒュートン・ミフリン社が1979年から出版しているが、2000年、同社が何十万ドルもの利益を出していることが分かり、多くの批判を浴びることになった。同社はその後利益の全額を慈善団体(名前は伏せられたが)に対して寄付すると発表。イギリスではランダム・ハウスがこの本から得た印税を、1970年代半ばから2001年にかけて寄付し、2001年には寄付先の慈善団体名も公表された。その後すぐ、この団体は寄付金を返還している。12月31日をもってバイエルン州が持つ著作権は消滅するが、この本の出版を計画するドイツの出版社は、収益金をどうするかも考えなければならない。
2016年以降、ドイツ国民が『マインカンプ』をどのように判断するのか、つまり、教育の材料とするのか、それとも毒に満ちた悪書とするのかは、過去の独裁者が落とす影から何とかもがき出ようとしているこの国にとって、そのアイデンティティを形作ることにもつながるだろう。
この記事はハフポストUS版に掲載されたものを翻訳、加筆しました。
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