「人工流れ星、東京オリンピックの空に」岡島礼奈さんが宇宙に見つけた、起業家という道

「人の手で、夜空に流れ星を流そう」

「人の手で、夜空に流れ星を流そう」

まるで夢のような計画の実現に向けて奔走している女性がいる。宇宙ベンチャー企業・株式会社ALEの代表取締役を務める、岡島礼奈(おかじま・れな)さんだ。

岡島さんは東京大学理学部天文学科を卒業後、同大学院に進学し理学博士(天文学)の博士号を取得。卒業後は、ゴールドマン・サックス証券に就職。後に新興国ビジネスコンサルティング会社の副社長として働いたという。

かつての夢だった人工流れ星をビジネスに――。岡島さんを突き動かす原動力とは? 「研究者も会社員も向いてなかった」と語る岡島さんに、人工流れ星プロジェクトや、これまでの多様なキャリアを聞いた。

■小さな人工衛星から、人工流れ星を流そう

――まず、人工流れ星プロジェクトの概要をおしえてください

天然の流れ星と同じように、流れ星を人の手で流すことを狙っています。

天然の流れ星は、宇宙空間に漂う直径数ミリ程度のチリが大気圏に突入することで発生しますが、チリが明るい光を放ちながら燃えることで、地上から流れ星として確認できるんですね。

人工流れ星も、これとほぼ同じことを人の手で行います。「流れ星のもと」となる粒子を詰め込んだ、約50センチ四方という比較的小型の人工衛星を打ち上げて、地上500キロの宇宙空間から粒子を放出する。すると、その粒子が大気圏に突入させるときに明るい光を放ちます。これが人工流れ星です。

――天然の流れ星と、人工流れ星の違いは?

天然の流れ星の素になるチリと比べると、人工流れ星の粒子は大きく、ゆっくり動きます。そのため、天然の流れ星に比べて長く、ゆっくりと動く姿が見られるはずです。

流れ星に向かって3回願い事を言えば願いが叶うというおまじないがありますけど、願い事をゆっくり唱えられるんじゃないかなと思っています。

——私なら、ダイエットと唱えたいですね(笑)。

もうひとつ、人工流れ星は色を選ぶことができます。これは、花火と同じ仕組み、炎色反応を使います。流れ星のもととなる粒子の成分を変えれば、流れ星の色を変えることができるんです。

実験室では青と緑、オレンジの3色を作ることに成功しましたが、他の色にも挑戦しようと考えています。あとは、さまざまな色の流れ星をどのような順番で流すかも制御できるように、粒子を詰める装置にも工夫をしています。

「流れ星のもと」となる粒子を詰め込む人工衛星の大きさ(約50センチ四方)

――このプロジェクトで、岡島さんはどんな立場なのでしょうか?

今ではいろいろな方のサポートも受けているので、ひと言では言いにくいですね。でも、メンバーからは「起業家だよね、自分の責任でプロジェクトを立ち上げて、全体を見ながらゴールに導いている」と言われます。

1人ではじめたプロジェクトでしたので、まずは、人工流れ星をどのように実現させるかを構想していました。小形の人工衛星を使えば良いのではないかと考えたところで、小型人工衛星ベンチャーに相談し、小型人工衛星を専門とする先生も紹介していただきました。そのおかげで、流れ星をより明るくするための課題や、人工衛星を作るための課題が明らかになってきています。

また、このプロジェクトに関心を持って下さる方々に、その魅力を伝えることにも取り組みました。新聞記事にしていただいたこともあり、それがきっかけで参加して下さる専門家もいて。そのおかげで「都会でも見ることができる明るい流れ星」を作るメドを立てられるようになっています。

——様々な専門家と協働でプロジェクトを進めているんですね。

プロジェクトを形にするためには、開発のための資金と、継続して収入を得られる仕組みが必要だと考えて、投資家やビジネスの専門家にも相談をしました。その結果、人工流れ星をアートと組み合わせるアイデアや、ビジネスにする仕組み、研究開発に必要な資金などをサポートしていただくことが出来ました。

今まで人工流れ星プロジェクトは、研究・開発段階だったので、私には「どうすればもっと光るか」という作る側の視点しかなかったんです。でも今は、アート方面の人と組んで仕事をするようになって、「流れ星をらせん状に流すことはできないんですか?」とか斬新なアイデアが聞けて、すごく新鮮です。さまざまな分野のプロフェッショナルと組んで仕事をするのは楽しいですよ。

■博士号を持つ岡島さんが、起業を選んだ理由

――岡島さんは博士号もお持ちです。研究者にならなかったのはなぜですか?

今にしてみれば、向いてなかったのだと思います。優秀な研究者は、狭い分野を深く掘り下げて考えることが好きで、寝食を忘れて研究に没頭します。でも、私は分野全体を見たかったんですよ。だから研究者という道に進まなくても、何らかの形で科学には関わっていきたいと思っていました。それに、お腹がすいたら食べたいですし、眠くなったら寝たい人間なんです(笑)。

――でも、大学卒業後は、科学から離れてゴールドマン・サックス証券で働くことになりました。

働いてみて分かりましたが、私、会社員にも向いていなかったんですよ。ゴールドマン・サックスは金融ですから、資料を作るときも正しい数字を出すだけではなくフォントを揃えるような細かさも求められた。でも、私は得意ではなく、しょっちゅう間違えていたりして。リーマン・ショックもあって結局1年で退職することになりました。

その後の転職活動も苦労しましたね。30歳近くで、職歴が1年だけという経歴は、どこの企業からも相手にしてもらえなくて。何十社も履歴書だけで落とされましたね。

――そんなときもあったんですね。では、なぜ新興国のコンサルティング会社の起業に加わることにしたのですか。

実は、起業家には比較的向いているという手ごたえがあったんです。学生時代にITベンチャーを起こして、売り上げを出せる会社に育てたこともありました。だから、ゴールドマン・サックスを退職した後に、仲間と一緒に新興国ビジネスコンサルティングの会社を立ち上げたんです。

とはいえ、この会社で働くことにしたのは、あくまで生活費を稼ぎながら、英語でビジネスをする経験を積むためでした。そのときは、コンサルティングの仕事もしながら人工流れ星プロジェクトも進めればよいと、細々と始めていたのです。

そんなときに、妊娠したことが分かったのです。子供が生まれれば、今より自分の時間がなくなります。なら、やりたいことを優先しようと思って。そこで、今の会社を設立して、出産後はそちらに専念することにしました。

――妊娠が、やりたいことで起業をするきっかけだった。

起業といっても、最初は社員はひとり、オフィスもなしの状態でした。他の会社の広報業務を受託という形で行いながら、そのお金で、生活費と人工流れ星の研究費を捻出する日々だったんですよ。

■楽しいだけではない、人工流れ星の可能性

――実際に、人工流れ星が実現すると、どんな可能性が広がるのでしょうか。

色のついた流れ星が空を彩るという美しさだけではなく、アーティスト・クリエイター・イベントプランナーなど、アートに関わる方々にとっては、地上のアートやイベントの表現の幅を、人工流れ星を組み合わせることで広げられる可能性があると思います。

さらに、科学を発展させる手段にもなります。人工流れ星が光る高度70~80キロの空は、大気圏の中でもっとも謎に包まれた場所の1つなんです。それはなぜかというと、観測手段が少ないからなのです。

地上から大気の状態を観測するために飛ばす気球は高度30キロ程度までしか到達できませんし、人工衛星や国際宇宙ステーションなどは高度数百キロ以上の宇宙空間を飛んでいますから高すぎます。

でも、人工流れ星を流せば、その流れる様子から高度70~80キロの空のデータが得られます。データが蓄積されれば、この高度の大気の謎も明らかになってくるでしょう。

オフィスの壁に貼られた宇宙の図(Go Miyazaki作)より

――流れ星のもとが大気と反応する高度が鍵なんですね。

はい。加えて、大気との反応から得られるデータは、宇宙ゴミの処分の参考にもなるかもしれません。宇宙ゴミとは、宇宙にある使用済みの人工衛星や国際宇宙ステーションなどのこと。これらを宇宙空間から除去する方法として、大気圏に突入させて燃焼させる方法が考えられています。これにも、人工流れ星から得られるデータが役に立ってくるはずです。

――単にきれいで楽しいだけのプロジェクトではない。

はい。天文学や宇宙工学の発展にも貢献しつづけていきたいと思います。そのためにも、この人工流れ星プロジェクトを、ビジネスとして続くようにしたいと思っています。

学問を発展させるには費用もかかります。いままで天文学は産業と直結する分野ではないために、研究費を国の税金だけに頼っている状態でした。プロジェクトが今後収益を生んでいけば、研究成果に加えて、その収益も研究に充てることができます。研究がとん挫するリスクを軽減することにつながるのでは、と考えています。

■「東京オリンピックも、人工流れ星を使って盛り上げたい」

――人工流れ星、実際のところ実現の可能性はどうでしょうか?

事業化しても大丈夫と思えるくらい可能性は高まっています。大学の先生と共同研究を行ってきた結果、2014年末には、粒子を都会で見られるくらいの明るさに光らせることができるようになりましたし、人工衛星に載せる装置も試作も重ねている状態で、個人投資家などの協力もあり、人工衛星自体の設計・試作費用も集まりつつあります。

次の課題は人工衛星の製作・打ち上げの資金を集めること。これらの課題をクリアしながら、2017年の後半をメドに衛星を打ち上げ、2018年にはサービスの提供を開始できるようにしたいと考えています。

――今後の展望は?

私たちは、人工流れ星のプロジェクトを、空をキャンバスに見立ててさまざまなもので描く「スカイ・キャンバス(Sky Canvas)」と呼び始めているのですが、その名前のとおり、流れ星で夜空に絵や文字を描くこともできるようにしたいですね。そのためには、複数の人工衛星を用意して、流れ星を自由自在な方向に飛ばせるようにしないといけないのですが。

――2020年には、東京オリンピック・パラリンピックもあります。

東京オリンピックも、人工流れ星を使って盛り上げたいです。開会式や閉会式だけではなく、聖火リレーなども盛り上げたいです。ただし、大きなイベントですから、事前にテストができる必要もあるのでは、と思っています。そのためにも、2018年に必ず運用を開始したいと思っています。

■将来的には「おもしろいエンタメを宇宙から仕掛けたい」

――岡島さんは、研究者でも会社員でもなく、起業家に向いていたんですね。

幸い今のところは、いちばん上手くいっていますね。人間、向いていないところからは押し出され、自然と向いているところにたどり着き、流れに乗って行くものなのだなあと実感しています。

それに、同じ「やりたいこと」を持つ仲間だからか、プロジェクトのメンバーのチームワークも良いのですよね。実は、まもなく2人目の子供が産まれる予定なのですが、そんな状況でも無理なく働けていますし、産後も、在宅での対応でも問題なくプロジェクトを進行できそうです。でも、プロジェクトは私の「やりたいこと」でもあるので、なるべく早く復帰したくて。小さな子供がいるメンバーもいるので、オフィスに子連れ出勤してもいいよ、と言ってくれていますが(笑)。

ALEのプロジェクトメンバーの大月信彦さん(左)野上大介さん(右)

将来的には、流れ星に限らず、おもしろいエンタメを宇宙から仕掛けたいんです。空の色を変えたり、空で何かを光らせたり......。オーロラも人工的に作れそうだなって思っています。宇宙のビジネスを、どんどん実現させて、科学と社会をつなげていきたいですね。

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(取材・文:気象予報士・ライター 今井明子

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