2520億円という巨額の建設費に批判が集まっている新国立競技場。政府は見直しに舵を切り始めているが、この問題に「新国立競技場は建てちゃダメです」とブログやTwitterで主張し続けていたのが、一級建築士で建築エコノミストの森山高至さんだ。1月に掲載したインタビューでは、なぜこの問題が起こったのかの根本を掘り下げた。
では、なぜ今になって問題が表面化したのか。見直した後のプランはどうすべきなのか。話を聞いた。(取材日:7月16日)
■ゴタゴタの末の見直し劇の裏には何があったのか
――ついに、政府が見直しを入れようとしています。森山さんはずっと建ててはダメだと訴えてきましたが、一気に動いたのはこの2カ月ほどの出来事ですね。水面下では何が起こっていたんですか。
プロジェクトを推進するJSC(日本スポーツ振興センター)がなんとかして修正案の設計図で施工できないか、とずっともがいてたのは事実です。そこに2520億円の話が出てきた。
報道を見た政治家が、ゼネコンを呼んで説明させたら、難航していることがわかって、その話が官邸に行き、菅官房長官が下村文科相を呼び出し、下村文科相がJSCを呼び出し、「どうなってるの?」「実はうまくいってないんです」という話が共有されたようですね。
2520億円という巨額の工費で非難が集中した、JSCが作成した修正案
――下村文科相が舛添東京都知事に「500億出せ」というやりとりがあったあたりから、一気に報道も加速しました。
私の聞いたところでは、下村文科相と文科相の山中伸一事務次官の間で「なんで突然、2520億円なんだ」「いや、東京都に500億出させるから大丈夫です」というやりとりがあったらしいんです。
それに舛添さんが「なんで一役人にそんなことが決められるんだ」とキレた。そして官邸が下村文科相に指示して、会談を持つようにセッティングして、舛添さんはマスコミの前で「そんな話は聞いてない。500億は払わない」と言った。
あれは舛添さんのナイスプレーだったと思います。今まで「決まってることだから」と役人がこっそり進めていたことが、これで一気に財源問題、政治問題化して、報道がドカーンと増えた。そして世論が反対に傾いた。政府は政治決断を求められた。ざっくりとした流れはこういうことです。
――この問題の重要人物の一人、安藤忠雄さんは、会見で「デザインを決めただけだ」「自分はその先は知らない、国民と一緒なんだ」と言って、騒動の当事者でないことを強調していました。
国民と同じなわけないじゃないですか。審査委員長なのに。
――行政上の権限がなかったとしても、審査委員長として何かできたんじゃないかと思うのですが。
それは言えるでしょう。有力者ですから。間違いないのは、安藤さんは役人や政治家に対して、「ザハ案のままやろう」とプッシュしていたということ。「世界の安藤」として、組織委員長の森喜朗さんを信じさせて今まで沈黙していたわけですから。責任重大ですよ。でも、関西では安藤さんは神様だし、ヒーローだから、「安藤さんは悪くない、被害者だ」ってムードがあるのも事実でしょうね。
――安藤さんは「ザハ案でやりたい」とまだ訴えています。
ザハ案は捨てなきゃもうどうしようもないです。
――ザハ・ハディドには14億円支払われることになっているのが、国会で明らかになりましたよね。この額は妥当ですか?
おかしいですね。払いすぎだと思います。ザハの仕事に比べて、支払額が大き過ぎます。
図面を書いて、見積もりの査定もして、工事の管理もして、というのならわかりますが、「デザイン監修」と言って、絵を描いて口出しするだけでこの額はちょっと法外。そこには、ザハのアイディアや実作業ってほとんど入っていないと思うんです。
だけど「デザイン監修」という名目で、十数億のお金を動かしたい人たちがいる。私は、すごく怪しいと思っています。安藤さんが自分の選んだザハ案から程遠いJSCの修正案にこだわるのも不可解です。ザハでないと困る人がいっぱいいるんでしょう。
――ザハ案を残したい人がその理由として挙げるのは、国際公約だから、というのがありますよね。
あれは嘘ですよ。IOCのトーマス・バッハ会長は「ちゃんと間に合わせてね」って言っているだけ。第一、安藤さん自体が「建築のコンペじゃない、ただのデザイン案のコンペなんだ」って言っちゃったんだから、もう公約も何もないでしょう。
コンペで選ばれたハディド氏の原案
――今は、森喜朗さんも現行案をゴリ押ししている、と批判されていますよね。
森さんはどうでしょうね。今は政治家でもないですし、予定通りできるといいなー、新しい競技場でラグビーやりたいよなーって、ただの「待ってるおじさん」ですよ。
森さんと安倍さんや下村さんやらは政治家でありながら、師匠と弟子みたいな関係なんですよ。みんな、「師匠の言うことは絶対です!」って。「あんたたち落語家なの」って思いますよね(笑)おかしいでしょ。これが森ワールドなんでしょうかね。きっと、ついて行っている人からしたら、面倒見のいいおじさんなんでしょうね。
いずれにしても、安藤さん、森さんと、この問題の大御所、オールスターが登場したんで、見直しへもう走り始めてるということです。
2020東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長の森喜朗氏
■古い国立競技場の復活、これしかない
――これからの話をします。まず今、森山さんは自民党に勉強会に呼ばれたりしていますね。それは見直しが動き始めているからだと思いますが、実際、そこでどんな話をしているんですか。
もう、今まで言っていたことを何度も繰り返しているんです。それは3つ。「無理だから白紙に戻せ」「省庁またいで役人と有識者集めた首相直轄の組織を作れ」「古い国立を再現しろ」と。
――他のコンペの受賞案で建てるという報道もありましたが、安藤さんの会見を見る限り、コンペ自体がコストを精査していないんですから、無理ですよね?
無理でしょう。安藤さんもおっしゃってるとおり、要は絵を描いてもらっただけのコンペなんで。コンペの中から選ぶとすれば、まともに建つのは伊東豊雄さんの案だけ。伊東さんだけは、きちんと建つものじゃなきゃダメでしょう、というのをきちんと考えていたから。だから、一次審査では1位だったんです。それを、誰がやったかはわからないけど、伊東さんを中傷する怪文書を撒いて落としたんです。これは事実。こういう経緯があるから、伊東さんのが建つからといって選ばれる可能性は低いでしょうね。
伊東豊雄さんの案
――では、森山さんが政治家に訴えているビジョンは?
白紙に戻して、スピードアップできる建築設計案にするということです。
私が考えているのはすごくシンプルなこと。競技場は本来、フィールドがあって観客席が取り巻く、単純なものなんです。円形か楕円形。幾何学的に対称形だから、同じ部品を積み重ねて建てられんです。自動車だってそうでしょ。ベースになる車体があって、その上に乗っかるデザインのバリエーションで、何車種かできる。オリンピックの基準に適合する形を使えばいいんです。じゃあ、その上のデザインはどうするのか。
僕が提唱しているのが、旧国立競技場の復元です。
それによって、先人たちの遺産、レガシーの共有ができる。旧国立競技場の図面は残っているんだから、DNAでマンモスを再生するように、今の技術で作ればいいんです。
現実的に考えたら、これが一番早いんです。
見直すとなった時に「じゃあ新しいデザインは、どんなものを誰に頼むんだよ」という揉めそうな問題をすっ飛ばせるから。国民の同意も得やすいし、専門家同士で足を引っ張る必要がなくなるんです。ついでに、旧国立競技場の見た目を踏襲すれば、神宮の景観を守りたい、という要望もクリアできます。元の図面があるから、設計も時間がかからない。すぐに着工できる。
伊勢神宮は、何十年かおきに、同じ建物を作って引っ越しますよね。あれと同じように近代建築における「遷宮」というのをやればいいんです。
――「遷宮」ですか。伊勢神宮と同じくらい、旧国立競技場は大切なものだと?
そうです。旧国立競技場は、派手さはないけど、機能性とシンプルを突き詰めた大傑作です。本来日本人が持っている文化の一つと言ってもいい。漆の器とか日本刀とかと同じように、本質を突き詰めた美。それくらい、建築物として「完成形」だったんです。壊しちゃってまた、気づいた人も多いんじゃないかな。だからまた、あれ作ろうよ。っていうことです。自民党の勉強会でも同じ話をしました。けっこう、賛同は得られたんじゃないかな、と思うんですけどね。
――新しいプロジェクトは、どういう組織で進めるべきですか?
官邸主導のもと、つまりは首相直轄で「真の有識者会議」を作ることです。もう他人事じゃ済まされないですから。文科省、国交省、JSCと、省庁またいで関連する役人たちと、民間から槇文彦さんとか、建築家の先生を入れる。そしてこの意思決定機関は議論をフルオープンにする。それしかないと思います。
――ゼロベースでやった場合、着工のデッドラインはいつですか?
2016年3月です。今の案だから時間がかかるっていうだけなんですよ。シンプルな構造を選べば2年あれば大丈夫です。
――逆に、最悪のシナリオに進むとしたら、どういうことが考えられますか?
ないと思いますが、仮にザハ案を強行した場合、アーチが作れず下の基礎だけ作って終わり、というのは十分あり得るでしょうね。で、2000億くらい使って難工事やったけどできなかったね、これ以上お金かけられないからオリンピック後にそのまま放置。みたいな。誰も幸せにならない。ゼネコンも利益が出ない。アーチを作ろうとしたら、アーチを作るための仮工場を建てなきゃいけないですから。死人も出るでしょう。そういう工事なんです。ザハ案は。
――そういう意味でいうと、安藤さんの会見は象徴的ですね。
うん。ザハ案でやりたいけど、あとはもう知らん。そういうことですから。事実上の撤退宣言ですよ。回っているお金がある以上、ザハ案で頼む、とは言わざるをえない、そういうことでしょう。本人は早く離脱したがってるんですよ。
■「なんとか間に合った」
――最後に改めて聞きます。この計画、なんでもっと早く止められなかったんでしょうか?
一つは、全員、他人事だったということ。
もう一つは「安藤忠雄神話」があったからだと思います。世界的なスター建築家だから、なんとかするだろうと。アンタッチャブルな存在だったんだと思います。建築業界も、政治家も何も言えなかった。
あとは、このレベルの大きさの建物を扱ったことことがある建築家がすごく少ないということ。だからやってみるまでわからなかった、というのもあるでしょうね。
槇文彦さんは数少ない一人なんで、真っ先にザハ案の無茶さに気づいて声を挙げられた、そういうことだと思います。僕自身も、建築の実現可能性を検討するコンストラクション・マネージメントの実務経験があるからわかったんです。
――7月7日に2520億円の現行案が決まっていました。このわずか9日間でひっくり返った要因は、世論ですか?
世論は大きいでしょう。
この問題はわかりやすいですからね。密室の議論、度重なる計画変更、建築利権、巨額の公費投入。「ええかげんにせーよ!」って言えばいいんですから。
それに比べたら、安保法制はそもそも論を理解するのも難しいし、意見も割れますしね。
舛添さんが下村さんを引きずり込んで揉めたり、有森裕子さんが涙を流したり、ああいったメディア的な部分も大きく影響したと思います。
――この問題が一般レベルでまったく知られていなかった時からずっと訴えてきた森山さんからすると、現在の心境は率直に言うと?
「なんとか間に合ったなー、ギリギリセーフ!」っていうのが本音ですよ。なんとか、リセットできそうですから。
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