海の彼方に、ビルが林立する異様な島が見え始めた。まるで巨大な船のようなシルエットで「軍艦島」というニックネームも納得だ。船の乗客は、ひっきりなしにカメラで撮影している。
長崎港を出てから約30分。正式名称は「端島(はしま)」だ。南北480m、東西160mの狭い島は、かつて海底炭鉱の街として栄え、最盛期には5267人もの人が住んでいた。小学校、病院、商店、さらには映画館やパチンコ店なども並んでいた。島自体が一つの街だった。
しかし、1974年に閉山してからは、30年近くも無人島のまま。炭鉱夫とその家族らが住んでいた鉄筋コンクリート製のマンションが林立しているが、太平洋の荒波によって朽ち果てている。
かつては島全体が、炭鉱を所有する三菱グループの企業の所有地だったが、2001年に地元の高島町に無償譲渡。市町合併で、現在は長崎市の所有地となっている。無人化して以降、長く観光は禁止されていたが、2009年には見学ルートが整備され、許可された数社の観光船が上陸ツアーを組むようになった。2014年には、石原さとみが出演する実写映画「進撃の巨人」のロケ地として使われている。
軍艦島に上陸すると、廃墟になって朽ち果てた建物が、がれきの中に残存している。まるで日本でないようなサイバーパンクな光景に目を奪われる。「本当に巨人が破壊したいみたい」と興奮気味の女性もいた。島に滞在できたのは45分ほど。立入が許可されているのは、島の南部にある3つの見学広場と、そこを結ぶ通路100m強だけで、ガイドの指示に従って移動しなければいけない。北側にある高層住宅の群れには近づけなかった。危険なのは分かるが、世界遺産指定を目指すのなら、もっと見学できる場を増やした方がいいように思えた。
■「悲しい歴史を美化するものだ」 韓国が世界遺産登録に反対
この軍艦島が、にわかに注目を集めている。7月に世界文化遺産に指定される可能性が高まっているからだ。日本政府は以前から、軍艦島を含む国内23施設を「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」として世界文化遺産に推薦していた。そして5月4日、国連の諮問機関「国際記念物遺跡会議」(イコモス)は5月4日、「登録が適当」と国連教育科学文化機関(ユネスコ)に勧告した。
しかし、これに韓国は猛反発した。韓国政府は「23施設のうち軍艦島を含む7施設で、戦時中に朝鮮人労働者が強制徴用された」として、世界遺産への登録に反対する意向を示している。私が軍艦島に上陸した5月22日にも、日韓両政府による「明治日本の産業革命遺産」に関する協議が都内で開催されたが、平行線に終わった。
NHKニュースでは韓国側の主張について、次のように伝えている。
「軍艦島」の通称で知られる長崎市の「端島炭坑」で、600人が動員されて28人が死亡、1人が行方不明だとしています。韓国は、こうした資産の世界遺産への登録は「悲しい歴史を美化するものだ」と主張し、登録に反対しています。
(「世界遺産登録」日韓協議は平行線 NHKニュース 2015/05/22 19:28)
これに対して、日本側は「遺産は日本による韓国併合以前に、急速な産業化が日本で進んだことを示すものだ」などと説明して理解を求めたが、韓国側は譲らなかったという。
■軍艦島、地元の人の思いは?
晴天の軍艦島で、約1時間に渡り夢中で撮影した後、ガイドの案内で船に戻る。シルエットが縮んでいく軍艦島を眺めながら、長崎で生まれ育ったという若い添乗員の男性と雑談した。冬場には空き席も多かったが、世界遺産の勧告があってから、ほぼ毎日満席だという。「盛況でいいですね」と水を向けると、彼は少し複雑そうな顔をした。
「僕の個人的な意見ですが」と前置きした上で「韓国が嫌がるなら無理しなくてもいいのではないでしょうか。隣の国とは仲良くやった方がいいように思えます」。地元の人はみんな世界遺産指定を歓迎しているものと思っていたので、少し意外だった。
長崎市内の民宿の経営者も「昔から地元では軍艦島って言ってたけど、岸から見えるから、わざわざ行こうと思ったことはないなぁ」という意見。軍艦島ツアーを楽しむ観光客とは対照的に、地元の人にとっては、長崎に数ある閉山した炭鉱の一つに過ぎないのかもしれない。
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