ギリシャの債務問題は、4月9日に国際通貨基金(IMF)への4億5000万ユーロの返済期限を迎える一方で、最大の債権国ドイツに対してナチス・ドイツによる占領で受けた損害に対する2790億ユーロ(約36兆4300億円)の賠償を求めるなど、予断を許さない状況が続いている。
ギリシャの財政危機が流動化している背景には、1月27日のギリシャ総選挙で第一党となった急進左派連合(Syriza)と党首のアレクシス・ツィプラス首相の強硬な反緊縮財政の姿勢がある。
かつては一弱小政党だった急進左派連合とはどんな政党なのか。ハフポストギリシャ版のカテリーナ・プリフティ記者がレポートする。
■ 節目
ギリシャ左翼の歴史はよく次の数語で要約される。「創出と分裂の悪循環」だ。年配の世代では「左翼の呪い」について語るのは日常茶飯事である。左翼は奇跡を起こせることを左翼政党の統一の時に示したものの、何度も自滅を選んだ。このことを知ることが、急進左派連合の歴史を理解するには重要だ。急進左派連合は1月27日のギリシャ総選挙で勝利した政党だが、大きな困難を何とかしのいできた。それは、以下のスローガンに意味を持たせるためだった。「初めて左翼が政権を取る」。
多くの左翼政党にとり共通する基盤は共産党だった。共産党はギリシャ国会で最古の政党で1918年に設立された。軍事政権が1974年に敗北した後、共産党は他の左翼2政党とともに選挙に参加した。統一民主左翼とギリシャ共産党国内派だ。それから数年間は、「変化」が主なスローガンだった。このスローガンは後に大きな政治勢力キャンペーンの中で一役買った。その政治勢力とは1981年に国内に出現することとなる全ギリシャ社会主義運動(PASOK)である。
■ 源流、分裂そして最終的な決裂
左翼進歩連合は1989年に設立された。それは、共産党とギリシャ左翼との連合であり、共産党国内派や同じイデオロギーを持つ他の小さな政党から生まれた。
この連合の階層の中に分裂が生じた。1989年に保守派の新民主主義党とともに連立政権に加わるといった政治的な矛盾によるものだった。当時の社会主義圏諸国が次々と民主化していく「東欧革命」が進む中、分裂はさらに進んだ。連合を団結力のある政党に統一しようという試みは失敗した。共産党は結果的に連合を去り、今日、急進左派連合の批判の急先鋒となっている。
■ 左翼進歩連合、急進左派連合の主要な参加者
左翼進歩連合は何回も厳しい状況に陥ったにもかかわらず、生き延びて急進左派連合の主な参加者となった。急進左派連合は、左翼の政治勢力の連合として2004年に作られた。
現在、統一政党の党首はアレクシス・ツィプラスであり、政党のシンボルは、統一のシンボル五芒星に3本の旗をあしらっている。赤い旗は古典的な左翼、ギリシャの旗は環境保護運動、紫の旗は様々な運動を表している。
政党のシンボルの前で旗を掲げるギリシャ急進左派連合のツィプラス首相
急進左派連合の創立宣言の中には、ギリシャとトロイカ(欧州連合[EU]・国際通貨基金[IMF]・欧州中央銀行[ECB])の協定、厳しい金融引き締め政策、人道危機への言及が含まれているが、同党の目的は以下に述べられている。
「左翼を統一しようと常に努力し、現在統一された急進左派連合は、新たに広範で強力な多数派の支持を得て、左翼的な政策を推進する。それは、国民の利益のために行われる。人々が道や街角で熱唱している歌は『利益を超えた人』や『ほかの世界がある』だが、急進左派連合はこれらを政治的、戦略的な目標に変える」
この記事はハフポストギリシャ版に掲載された英訳を翻訳しました。
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