「東京マラソン2015」が2月22日、都内で開催される。約3万600人のランナーたちが、一人ひとりの目標を胸に完走を目指し、沿道やテレビで多くの観戦者がランナーたちに声援を送る。約1万人のボランティアが大会の運営を支えている。
東京マラソンは2013年、ロンドンやボストンなど、世界のメジャー大会だけが選ばれる「ワールドマラソンメジャーズ」の仲間入りを果たし、現在はチャリティや若手選手の育成など、社会貢献の取り組みも行っている。
東京マラソンは、どのようにして世界的な大会に成長したのか。大切にしていることは何か。今回は、東京マラソン財団事業局長でレースディレクターの早野忠昭氏(写真)に、これまでのキャリアや、市民マラソンとしての東京マラソンの歩み、そして2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けた展望を聞いた。
■30歳で教員を辞めてアメリカへ
——早野さんは、これまでにアスリートや指導者、スポーツメーカー勤務など、多様なキャリアを経験されています。そんな早野さんが、東京マラソンに関わることになったきっかけは?
学生時代に、初めて日の丸をつけて試合に出たんです。アメリカで開催された国際試合で、僕たちは必死になって汗ダクダクで練習していたんですけど、アメリカの選手たちは、音楽を聴きながらすごく楽しそうにトラックを走っていたんですね。何か「僕らがやってきたスポーツとは違う」と感じたことがありました。19歳のときでした。
そうは思いつつも、大学を卒業して教員になり、母校の陸上部の顧問になりました。長崎県初の男女総合優勝したりして順調だったんですけど、だんだんインターハイに連れて行くのが仕事になっていって。学生のときのクエスチョンが忘れられなくて、毎年これを繰り返すのが自分のやるべきことなのかな? と思うようになったんですね。
27歳のときに妻に一度「辞める」と言ったんですが、実は子供が生まれて、家を建てたばかりだったので、ダメだと我慢して(笑)。でも30歳になって「やっぱり辞める」と決心しました。そうして大学院を目指してアメリカに行って、その後ボールダーにあるコロラド大学院でスポーツマーケティングを学びました。
——ボールダーは、長距離ランナーの高地トレーニング地としても有名ですね。
大学院を卒業した後、アシックスに入社してボールダーのオフィスを立ち上げました。ボールダーの人たちの、日常にランニングがくっついているようなライフスタイルや自由な生きかたは心に残っています。
あるとき、ゴルフをしている人たちに「お前、何やってんの?」って声かけられて、仕事の説明をしたら「いいなー」といわれたんですね。向こうは大学の先生で「お前の方が、いいじゃん」っていったら、「明日辞めようと思って」「しばらくゆっくりして、また仕事探すつもり」と返ってきたんですよ。
大学の先生は、良いところを探し歩いたりするものでしょうけど、お金のあるないではなく「こういう幸せな生きかたがあるんだな」と感じました。彼らの生きかたは、その後の僕の働きかたにも影響しています。
アシックスの後、用器具のスポーツメーカーのニシ・スポーツに移り、また一から始めました。役員にもなりましたが「東京マラソンに行きます!」といって2006年6月、広報部長として東京マラソンに参加しました。パッションを持って、挑戦していけるところで仕事をするのが癖になっています。
■東京マラソン、「黎明期」からの歩みについて
——第1回から東京マラソンに参加されて、これまでの歩みはいかがでしたか。
僕の得意分野は、宣伝・広報・マーケティングですが、自分なりに東京マラソンを振り返ると、最初の3年間はまさに「黎明期」。他のメジャー大会と同じように「3万人のランナーを無事に走らせる」ことが一番のミッションでした。
東京マラソンは2007年に、当時の都知事だった石原慎太郎さんの旗振りで、勢いよくスタートしましたが、その頃から、将来像をちゃんと考えて魅力で受け入れられるイベントに育てていかないと、という意識はありました。
僕はメーカー出身なので、ヒット商品には必ず翳(かげ)りがあり、次の商品を出していかなければいけないことを感じていたんですね。そこで、東京都、日本陸上競技連盟、そして電通の3者が中心になって、充実した次のコンテンツを考えていきました。
——長期的なビジョンを持って、東京マラソンを成長させてきた。
2010年に東京マラソンが財団化して、事務局長として全体を統括することになりました。ふざけて「カンブリア紀」と名付けていますが、このときから第2フェーズが始まったと思っています。
第1フェーズを、東京都と日本陸連、電通が中心で作り上げました。しかし、第2フェーズで力を発揮するべきは、民間です。東京マラソンは今、20数億円規模のビジネスになっていますが、みなさんにライフスタイルをお届けするのが役割なんじゃないかと思っています。
——ライフスタイルですか。具体的にはどんな取り組みをされたのですか?
マーケティングの戦略のひとつとして、まずは女性を中心に、女性誌などのタイアップを通じて、ファッションや化粧品、走るときに聴く音楽も含めて「ランニングがある生活って良いよね」というメッセージを広げていきました。
最近では、以前に比べて走る人もすごく増えて、女性だけでなく男性にとってもランニングは一般的になったと思います。
「走るのは苦手だけど、ウェアが気に入っていて、頑張っちゃう」という声も聞くようになりました。そういう付加価値を一つひとつ高めて、つらいランニングを楽しいイメージを変えていくことが、私たちの役割のひとつだと思います。
■全国のランナーのおもてなしや他の大会との連携
——今では、憧れの東京マラソンを走るために、全国からランナーがやってきますね。
全国からの参加者へのおもてなしのプログラムとして「東京マラソンウィーク」があります。東京マラソンを起点として、コースに近い商店街や観光施設、ランナーのサポート施設などが、ランナーを歓迎するプログラムです。
東京マラソンは、走る人だけが主役じゃなくて、何かの理由で走れなくてもボランティアとして支えてくれる人もいます。他にも、沿道からランナーを応援するとか、東京には行けないけど、コタツに入ってみかん食べながらテレビで観るとか、いろんな東京マラソンの参加の仕方があると思います。
マーケティング戦略の一方で、チャリティなどの社会貢献の仕組みや、1万人のボランティア運営など含めて、包括的に多角的な視野で、東京マラソンをすべての人に受け入れえるようなコンテンツ作りもやってきました。
——全国各地でも、マラソン大会が開催されるようになりました。
東京マラソンが掲げる「RUN as ONE」は、実際に走ることだけではありません。マラソンムーブメントが一層盛り上がっていくように、大会を支える人々や観衆がひとつになるようにとの願いが込められています。「RUN」に経営の意味もあるように、今は大会運営も含めて、我々が持っているノウハウを全国の大会にシェアしています。
今問題になっている警備救護やテロ対策も、東京マラソン発で報告書を作っています。ボストンマラソンの爆破事件がきっかけですが、これは来る2020年の東京オリンピック・パラリンピクに向けた基本になっていくのではないかと思っています。
シンポジウムを開いて、警備に関するプログラムのノウハウをシェアして「どうぞお使い下さい」と。東京マラソンウィークやチャリティも、それぞれの大会規模に合わせて「これならできる」というものをカスタマイズして使っていただけるような仕組みにしています。
■「ワールドマラソンメジャーズ」に参加、世界的大会の役割
——2013年、東京マラソンが「ワールドマラソンメジャーズ」の仲間入りをしました。ボストン、ロンドン、ベルリン、シカゴ、ニューヨーク、世界の5大マラソンと並ぶ大会に認められた経緯は?
よく「どうやったらワールドマラソンメジャーズに選ばれるんですか?」と聞かれるんですが、具体的に明文化されたものはありません。
やっぱり、その都市に魅力があって、エリートランナーと市民ランナーが、一緒に走っている大会というのが大前提で、そこにチャリティやボランティアといった社会貢献などの要素が加わります。大きな市民マラソンというだけではなく、オリンピックに劣らないレベルのレースが行われていることも大切ですね。
5大会はファイブメジャーズと呼ばれていましたが、東京マラソンのレースを評価して、それぞれのレースディレクター全員が賛成したことで、仲間入りしました。
東京が入ったことで、ワールドマラソンメジャーズとして本格的に、アジアが1つ、ヨーロッパが2つ、アメリカが3つに広がりました。良い大会になれば、後からでもワールドマラソンメジャーズに参加できることがわかって、「うちも入りたい」と思う大会も出てきたと思います。
——どのような交流をされていますか?
年に2回、顔を合わせてミーティングしています。あとは、大会のときに訪問し合いますね。あとは電話会議が2週間に1回くらいのペースであって、大会前は、ほとんど毎週です。あとは広報チームも同じようにミーティングしています。
結構、密に連絡をとっていて面倒くさい面もありますが(笑)、やっぱり世界の関心は高まっていて「東京マラソンで走りたい」という人は格段に増えていますね。
——ワールドマラソンメジャーズに参加したことで、東京マラソンが力を入れたことは何でしょうか? ロンドンマラソンは世界最大のチャリティマラソンですね。
チャリティは、あまり日本には無い文化ですが、初めて行った2011年度は約7000万円、今回は3億円の寄付金が集まっています。日本のスポーツ団体が行う定期的な寄付金としては、最高額だと思います。そういう意味で、スポーツを通して、チャリティ文化を醸成していくミッションは感じています。
——他のメジャー大会と比べて、東京マラソンらしい特色は?
どうして上手く回っているかにもつながりますが、他の大会と違って東京マラソンは、ランナーのこともスポンサーのことも、ものすごく考えていると思います。
私たちは、スポンサーのことをパートナーと呼んでいて、ただポスターなどにスポンサーのロゴを載せるだけじゃなくて、「各スペシャリストにそれぞれの観点から支えていただいて、東京マラソンを素晴らしい物にしていく」と考えています。「ビューティー」「セキュリティ」「ヘルス」など、得意とするパートナーと一緒に言葉を決めていくんですね。
3万6000人も参加する人がいれば、区分けができますよね。興味のある人たちに向けてシンポジウムを開いたり、商品をサンプリングしたり……パートナーにとってもプラスになる仕組みにしています。私たちは東京マラソンのことを、社会にとって必要なものをフィルターを通して社会に還元するメディアだと思っているんですよ。
■2020年の向けた東京マラソンの取り組み
——2020年のオリンピック・パラリンピック(以降オリンピック)も決まりました。東京マラソン財団として、未来に向けた取り組みは?
2020年に向けて、チャリティの一環でスポーツ・レガシー(遺産)事業を始めました。今後スポーツ人気が高まると予測されるなか、選手の強化や指導者の育成、スポーツ環境の整備、スポーツの普などを応援していこうと思っています。
今のオリンピックのマーケティングって、2020年に終わってしまうんです。電通の仕事も、東京都の準備局も2020年に解散です。お金が残ったら基金を作って、イベントでもやったら良いのでは、というノリでは、オリンピックが盛り上がった後、シュンと落ち込んでしまう。東京マラソン財団では、「その後、どうするのか」を考えていきたいと思っています。
例えば、スポーツ好きの男性が、スポーツ・レガシー事業に10万円寄付すれば、チャリティーランナーとして東京マラソンに参加できます。公園やスポーツ施設に「東京マラソン財団チャリティ」と書いてあれば、いつか子供を連れて行ったときに「ここはお父さんが作ったんだ」といえますよね。支援した若手選手が、オリンピックで活躍したら「俺が応援したんだ」って(笑)。そんなふうに、2020年が終わっても、ずっと心に残っていくのもレガシーだと思います。
オリンピックのメインスタジアムに観に行ける人は限られていますが、レガシーは、どこでも誰でも作っていけます。将来的には、東京都と一緒に、そんなレガシーを作り上げたいと思っています。
■東京マラソンが目指すもの
——早野さんにとって、東京マラソンとはどんなものでしょうか?
今は「充実期」と思っていて、できたものを提携大会にノウハウをシェアする「RUN as ONE」も含めて、全体のプログラムが整備できてきたと思います。
2020年から先は、もう次の人が考えていくことかもしれませんが、東京マラソンのキャッチコピーである「東京がひとつになる日。」、これは変わりようがないものだと思っています。この土台の上に、ランナーやスポンサーがいて、みんなが「Win-Win-Win」の関係を作っていく。このテーマは、崩して欲しくないなと思います。
——最初の大会から、このコピーだったんですか?
第1回は「東京を走ろう。」だったんです(笑)。第1回のレースの後、そのとき僕は広報部長だったから、翌日全部のビデオクリップを観たんですね。
僕らはレースに忙しいから見られないですが、当日は、赤ちゃんにおっぱいをあげながら走ったお母さんとか、炊き出しをした人とか、そんな人たちの物語がいっぱいあったんです。クリップを19時間観つづけて、「ああ、東京にひとつになる日だったんだな」とわかりました。
その後、紆余曲折あったんですが(笑)、第2回から「東京がひとつになる日。」になりました。
——一人ひとりの物語がきっかけだった。
レースはひとつしかないけど、3万6000通りのストーリーがあって、沿道を入れるともっとたくさんのストーリーがあります。マラソンってしんどいから「頑張った自分を褒めてあげたい」っていうような、有森さんみたいなナルシシズムも必ずありますよね。
私たちは舞台を用意しますが、3万6000色のカラーがあって「全然まとまってないじゃん」という人もいるかも知れないけど、実はいろんな色が折り重なったタペストリーみたいに綺麗に見える。本当に、一人ひとりだと思っているんですよ。
ぜひ東京マラソンで、自分なりのストーリーを作って、安心・安全に走っていただいて、楽しんで帰って下さい。
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