「Japan is back (日本は戻ってきた)」、「私を右翼の軍国主義者と呼びたいのならどうぞ」、「汚染水は完全にコントロールされている」など、これまで注目された安倍首相の演説は、実はスピーチライターによって書かれたものであることが報道され話題となった。安倍首相ばかりではなく、オバマ大統領の「Yes, We Can」や、ケネディ大統領の「国があなたに何をしてくれるかではなく、自分が国のために何ができるかを考えよう」といった有名なフレーズも、スピーチライターによって生み出されたとされる。
1月10日には日本テレビ系で『学校のカイダン』というスピーチライターが主人公のドラマも始まり、その存在が注目されている。しかし、スピーチライターとは、実際はどのような仕事なのか。『学校のカイダン』の制作に関わり、1月8日に著書『スピーチライター 言葉で世界を変える仕事』(角川oneテーマ21)を出版した蔭山洋介氏(34)に話を聞いた。
■年収2千万円?アメリカでは当たり前でも日本にはいないスピーチライター
――最近「スピーチライター」という職業についての報道が増えています。仕事の秘匿性もあるのかもしれませんが、実際に「私はスピーチライターです」と名乗っている人は、あまりいないように思います。スピーチライターという仕事をしている人は、日本には何人くらいいるのでしょうか。
純粋にスピーチライターの肩書で活動している人は、日本ではおそらく片手で足りる程度だと思います。「スピーチコンサルタント」という名で活動する人はいますが、スピーチライターを名乗る人は少ない。私も2006年からスピーチライターの仕事をしていますが、スピーチライターの肩書を使い始めたのは、オバマ大統領のスピーチライターが大きく報道された後の2009年からでした。日本ではまだまだ、知られていない仕事です。
一方で、アメリカでは既に一般的な職業になっていて、「秘書、募集!」などと同じように、企業によるスピーチライター求人広告もよく掲載されます。年収も最も多い層で600万円程度と、なかなかですし、2000万円ほど貰うかたもいるようです。
――アメリカでは政治家だけでなく、企業も募集しているのですね。日本とは違う土壌があるのでしょうか。
スピーチというと、何か人を動かす必要のあるときや、世界を変えたいと訴えたいときに行われる演説がよく取り上げられますが、それは政治家だけのものではなく、スティーブ・ジョブズやソフトバンクの孫正義社長のように、製品やサービスをアピールしたい場合にも効果的なんですね。1回のスピーチで製品やサービスの売り上げが大きく変わる。アメリカはそれが理解されているから、より多くの顧客を獲得するために、スピーチライターを雇って顧客に刺さるスピーチ原稿を考えてもらうことは効率的だと考えられているわけです。
需要もあるので、なりたい人も多い。アメリカでは長年「話し言葉教育」が徹底されていて、幼稚園から大学生までカリキュラムが組まれています。大学ではスピーチライターになるために推奨される専門の教育課程もあるほどです。
一方の日本では、最近ようやく表現教育などに力を入れるようになりましたが、まだまだ「スピーチは、原稿を書いて読み上げるものだ」とイメージする人が多い。スピーチに対するイメージが、アメリカと日本では大きく異なるんですね。
しかし、普段人に何かをお願いするとき、原稿を読んだりはしないでしょう? 話し言葉で、普通に話しますよね? それと同じで、原稿を読み上げるのではなく、その場の聴衆に合わせて話し言葉で行うスピーチを、パプリックスピーキングと呼びます。パブリックスピーキングの具体的な手法については、拙著『パブリックスピーキング 人を動かすコミュニケーション術』(NTT出版)でも書きましたが、アメリカで教育されるのは、主にこのパブリックスピーキングです。パブリックスピーキングの場合、スピーチライターは原稿を書かないことが多いです。
■原稿を書かないスピーチライター?スピーチを練習すると失敗する?
――ビジネスの場で求められるのはパブリックスピーキングだが、パブリックスピーキングでは原稿は書かない。企業がスピーチライターを雇うのは一般的だと言われましたが、どういうことでしょうか。
原稿を書いても無駄だからです。さらにいうと、書いた「読み上げ原稿」を読む練習をしたりすると、失敗します。
文章には「書き言葉」と「話し言葉」があります。新聞や本などで使われる書き言葉は、綿密な情報を盛り込むことができます。しかし書き言葉が読み上げられるのを聞いていると、人間はすぐ眠くなるんですね。
例えば、「笑っていいとも!」最終回でタモリさんは次のようにスピーチをした。
「考えてみれば、気持ちの悪い男でしてね。こういう番組で、以前の私の姿を見るのが、私は大嫌いでしてね。なんかこう、気持ち悪い。濡れた“しめじ”みたいな感じ。なんかこう、嫌〜な、ヌメッとしたような感じで、本当に嫌でして、いまだに私、自分の番組、観ません」
これを、書き言葉にしてみましょう。
「自分を客観視してみてみると、自分のことが気持ち悪く見えます。私はテレビ番組で、以前の自分の姿を見ることが大嫌いですが、その理由は、テレビの中の自分が、濡れた“しめじ”のように見えて、気持ちが悪いからです。ヌメッとした感じがします。そんな自分の姿を見るのが嫌で、いまだに私は、自分が出ている番組を観ません」
こんな感じでしょうか。これを読み上げてみてください。話している感じでは、なくなりますよね? 何も考えずにスピーチ原稿を書くと、このような仕上がりになりがちですが、これでは聴衆に伝わらない。「読まされている」という感じがバレてしまう。書き言葉で書かれた「読み上げ原稿」をいくら練習したとしても、なかなかよいスピーチにはならないんです。
もちろん、「読み上げ原稿」をきっちりつくり、その内容を間違わずに伝える必要がある場合もあります。例えば天皇陛下のお言葉は影響力が大きいので、政治の世界に影響を与えないように細心の注意を払っていらっしゃると思います。また、大統領や首相が海外で行う演説なども、外交に影響を与える事が考えられていますので、「読み上げ原稿」が用意されているのが普通です。
しかし、パブリックスピーキングでは、スピーチライターは話し手とスピーチの内容の大枠は決めますが、実際に話す言葉は、話し手に任せます。選挙での演説なども典型的なパブリックスピーチで、大枠はあるけれどきっちり原稿があるわけではない。安倍首相も衆院選の応援演説では、自由に話しているように見えませんか。
スピーチライターが原稿を書いていないんだったら、仕事をサボっているんじゃないかと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。スピーチライターにとって、原稿を書くことよりも重要な仕事があります。それは、スピーチに盛り込む情報を収集したり、関係者と話す内容を調整したりすることなんですね。原稿を書くことは、スピーチライター全体の仕事の一部でしかないんです。
■スピーチライターに最も必要な「コミュニケーション力」
――関係者との調整も、スピーチライターが行うのですか?
行います。話し方の指導も行いますよ。話す内容について「別の表現にしてはどうか」「こういう言い方をしたほうが伝わる」などの細かいアドバイスもします。本にも書きましたが、「全く自分は話せない」という人でも、原稿なしで話すことができるようなトレーニングを行うこともありますし、より効果的なスピーチのための演出を用意することもします。しかし、それよりも調整の仕事のほうが大変なんですよ。
首相のスピーチ原稿のつくり方を参考に説明しましょう。民主党政権の鳩山首相の時代には、当時の内閣官房副長官だった松井孝治さんのほか、劇作家で演出家の平田オリザさんが、スピーチライターとして活躍しました。しかし、彼らより前の時代には、秘書官室や内閣官房のスタッフが首相のスピーチライターの役割を担っていたのですね。
首相がスピーチを行う際には、まず、各官庁からどういうことを話して欲しいかという要望が「短冊」と呼ばれるメモで提出される。それを元に、内閣官房のスタッフや秘書官らが首相とすりあわせてまとめていくという、官僚主導でのパッチワークのような「つぎはぎスピーチ」だったんです。
スピーチの持ち時間は決められているため、全てを盛り込むことができない。何を話すのかを整理して関係者と調整する。それがスピーチライターの役目ですね。首相のスピーチは大きく報道されますし、様々な影響を与える。そのため、首相にスピーチで何を話してもらうのかは、関係者にとって大変重要です。「あそこの省の方の話題のほうが長い。なぜうちはこんなにカットされたんだ?」と言われても、相手を納得させてうまく落としどころをみつけなくてはいけない。
鳩山政権では「政治主導」が叫ばれて、「短冊」方式ではなく、まず首相が何を話すかを決めてから各省と調整する方法が取られたようですが、それでも所信表明演説は閣議決定を経る必要があることもあり、関連省庁との調整の必要だった。これと同じように、企業における決算報告などのスピーチなども、社長秘書や広報室が各部署と調整するんですね。
リーダーのスピーチは、その後のその組織のあり方に大きく関わってきます。そのため、リーダーに何を話してもらうかを主導するスピーチライターは、参謀的な役割が求められる場合もあります。相手を理論で納得させることができるかも問われ、原稿を書く能力よりも、「コミュニケーション力」のほうが必要とされます。
企業で言えば、社内政治力と言い換えてもいいかもしれません。私も駆け出しのころに失敗しましたが、ある企業からスピーチライティングの依頼を受けたときに、広報担当者からうまく情報を引き出すことができなかったことがあったんです。
その企業では私が入るまで、社長のスピーチをつくるのは広報担当者の役割でした。そこへ私が外部から入ったので、広報担当者から見たら自分の仕事が奪われたとも受け取れるわけです。企業に属する広報ですから、社内の様々な情報を持っています。その情報を出してもらえず、結局、その広報の方が書いたスピーチ原稿が採用された。今なら、広報の方とチームを組むという方法で行うでしょうが、当時は私も若くて、分かっていなかったんです。
――チームを組むということは、一般的なのですか。スピーチライターが一人でスピーチをつくるのかと思っていたのですが。
よくあります。今抱えているスピーチライティングの仕事は、45秒程度の短いものですが、これを、大体1カ月かけて、4人ぐらいのスタッフでつくります。実際の作業時間は一週間程度ですが、調査や調整、演出の準備などでこれくらいかかります。
このようなスピーチ案件を、複数同時並行ですすめることは、一般企業でも珍しくありません。首相もそうですが、大企業の社長などは、毎日のようにスピーチの機会があるわけです。全てのスピーチを社長が自分で書くなんて無理です。
スピーチの一つの肝は、目の前の聴衆に合わせて話す内容を変化させることですが、聴衆がどのような人なのかを調査することはもちろん、聴衆がこれまでどのような情報を持っているのか、ライバルがどんなことを話しているのかも含めて調査しなくてはいけません。選挙などのときには、直前にライバル候補が自分の批判を行っていたら、その反論をスピーチに盛り込まないと、聴衆は話し手にとって不利な情報を保有したままになる。だから、ライバルの情報も仕入れなくてはいけない。スピーチは情報戦なんですよ。
■話し方を間違うと「ブラック企業」に…スピーチは中小企業や個人事業主で必須になる
――「チーム制」、「情報戦」などときくと、スピーチライターという仕事は大手企業や政治家向けの商売のように思えますが、蔭山さんの顧客も大企業や政治家ばかりなのですか。
中小企業の経営者や個人事業主の方からの依頼も多いです。例えば最近の仕事では、中小企業から就職説明会でのスピーチライティングの依頼がありました。就職説明会というと、聴衆は学生。彼らからみて「ブラック企業」に見えないスピーチをつくらなくてはいけません。
――「ブラック企業」に見えないスピーチですか?怪しい会社からの依頼だったのですか?
いえいえ、そうではありません(笑)。もちろんブラック企業ではない会社ですが、スピーチで話し方を間違うと、ブラック企業に見えてしまうんです。“情熱系”の話し方といえばいいでしょうか。熱い表現を使いすぎると、ブラック企業に見えてしまうんですね。
かと言って、熱くならないと、毒にも薬にもならない。大企業であれば、そこまで考えなくても優秀な学生が来てくれるかもしれません。しかし、中小企業では、なかなかそうはいかない。中小企業も誰でも採用すれば良いいうわけではなく、より優秀な学生に来てもらいたい。だから、優秀な学生が、大企業ではなく自社を選択してくれるような内容を、会社説明のスピーチに盛り込まなくてはいけない。大企業が話していることも、もちろんチェックした上でね。そうしないと負けますから。そういう意味では、中小企業に勤める人にとっては、スピーチは必須の技術かもしれませんね。
■AKBの指原莉乃はなぜスピーチがうまいのか
――ライバルに負けないような、聴衆の心をつかむスピーチをつくるコツが、何かありますか。
そうですね。相手にとって関心のある話題を取り上げることが最も大切だと思います。聴衆が聴きたいと思っていることを予想して話すということです。
例えば、安倍首相は2013年9月のオリンピックの総会で「汚染水は完全にコントロールされている」と発言しました。出席者から原発問題についてツッコミが入ることは明らかだったので、想定問答を用意して完璧に答えたんですね。国内では何を根拠に発言したのかと批判もありましたが、最終的に投票行動に結びついていますから、スピーチとしては成功だったと思います。
聴衆が関心を持っている話題について率直に語ることに成功すれば、自分への賛同者を増やすことができます。逆に、関心のない話題を一生懸命話しても、なかなか賛同してもらえません。
――政治家以外で、感動的なスピーチをする人はいますか。
そうですね。孫さんもうまいですが、みなさんがよく知っている人をあげるとすると、AKBの指原莉乃さんですかね。彼女のスピーチは、基本的なスピーチの構造をしっかりと踏襲していて、リーダーとしてのセンスも感じます。
2014年6月のAKB総選挙。この時は、握手会でメンバーが襲われたという事件が5月に起こってから、まだ間もない時期で、握手会が延期されるという状況での総選挙でした。選挙で上位に入ったメンバーのスピーチにも「握手会を開催したい。ファンとの触れ合いの場を、なくしてほしくない」という内容が見られたのが特徴です。
しかし、指原さんはスピーチの中で、握手会の話題には全く触れませんでした。この総選挙では、彼女は2位だったんですけれども。彼女は事件の後、真っ先にTwitterで握手会のことつぶやいているにもかかわらず、スピーチには入れなかった。
そのかわり、彼女は握手会の事件ではなく、彼女に対して起きた批判をスピーチに盛り込みました。
こないだ本屋さんで、OL風の女性がお友達と一緒に、AKBが表紙になっている雑誌を見てるのを見ていて、「どの娘が1位なの?」って言ってたんですよ。で、もう一人の人が「この娘」って、指原のことを指さしたんです。そしたらその子が「こんなのが1位なんてAKBおかしいんじゃねえの」って、言ったんですよ。あたし、すごく悔しかったんですね。
なんですけど、その時に一番悔しかったのが、「こんなのが1位なんて、AKBすごい簡単じゃん。あたしだってAKBに入って、楽な人生送りたい」って、言ってたんですよ。それがすごく悔しくて。
今、その人がテレビを見ているか分からないけど。テレビを見ていたら言いたいです。AKBはそんなに簡単な場所じゃないです。たくさんの人が、悩んで悩んで、やっとここまで来ています。まだ、誰が1位になるのか分かりませんが。
分かんないけど。私は、これでも一応、1位のプレッシャーを経験している身です。なので、私はそのメンバーを全力で支えたいと思います。
どんなに辛いことがあっても、悲しいことがあっても。私たちAKB48は絶対に負けません。これからも応援よろしくお願いします。
(「AKB48 37thシングル 選抜総選挙での指原莉乃のスピーチ」より 2014/06/07)
スピーチでは、具体的で身近なエピソードを盛り込むことが基本になります。その方が、聴衆の共感を呼びやすいからです。しかし、スピーチを勉強したことがないとどうしても意見中心に構成しがちで、他のAKBメンバーのスピーチを聴いていても、やはり意見中心になってしまいます。
しかし、指原さんは自分の悔しかった体験を話してしっかり共感を得たあとで、「どんなに辛いことがあっても、悲しいことがあっても。私たちAKB48は絶対に負けません」と、あの握手会のことを匂わせてスピーチをまとめています。十分に共感を得てから意見を伝えるというのは、教科書通りのスピーチと言えます。
おそらく、このスピーチには指原さんのファンだけではなく、他のメンバーを応援するAKBのファンにとっても、そして、AKBのメンバーにとっても、心を動かされるスピーチになったのではないかと思います。
――「これからも頑張ろう」とか、「これからもAKBを応援しよう」とか、聴衆が決意を新たにするようなスピーチになっているんですね。
そうですね。このようにスピーチによって人の心を動かすことができる。スピーチで逆境をチャンスに変えることもできるわけです。
オバマ大統領はリーマン・ショックの時の演説で、1930年前後に起こった世界恐慌の歴史を持ちだして「恐慌が全土を襲った時代にも、恐怖に打ち勝ったのを私たちは見てきた。だから私たちは、できる」とスピーチし、聴衆に希望をもたらした。恐慌というのは暗いイメージがありますが、そこから這い上がったという視点にすることで、もともと一般的に思われていることとは視点をずらすことで別の一面を見せ、「ああそうか」と思わせることができる。そこに感動がうまれるんです。それがスピーチの力だと思います。
僕はスピーチライターの仕事は、聴衆が「ああそうか」と感じるようなことを発見するのを手伝う役割だと思っています。これらの「発見」は、実はその話し手が心のなかに持っている、小さな、場合によっては個人的なことなのかもしれない。
首相であっても、大企業の社長であっても、また、個人事業主であっても、その立場上、必要とされる声がある。しかし、立場上の声とは別に「個人の声」もある。それはすぐにかき消されてしまうような、かすかな声かもしれない。話し手に寄り添って、その声を拾い上げ、できるだけ社会に届ける。それがスピーチライターの仕事であると、僕は思います。
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