エボラ出血熱には、現時点でいくつかの治療法があるが、それらが有効かどうかを科学的に証明できる大規模な臨床試験は行われていない。このため、最も有望な治療法を探す努力は、これまでに事例証拠となった限られた数の症例に注目して進めるしかない。
現在、エボラ出血熱との戦いで用いられている主な治験薬や治療法について、「治療の原理」や「今回の流行以前の治験」、「処方された人」、「供給可能性」をまとめた。
■ 血清
ケント・ブラントリー医師は、リベリアでの医療活動中にエボラウィルスに感染したが治癒した。
原理:この治療法では、エボラ出血熱に罹って治癒した人の血液(その人がウィルスに打ち勝つのに役立った抗体が含まれている)から血清を作り、これを患者に輸液する。提供者の血液中の抗体が、患者のウィルスとの戦いに役立つ。
今回の流行以前の治験:エボラ出血熱の治療法として、治癒者の血清の投与が有効であることを証明する臨床試験は、過去に一度も行われていない。だが、いくつかの個別事例から、世界保健機構(WHO)はこれが今後の症例に対する有望な治療手段になると考えている。輸液(輸血)の手法そのものは、すでに貧血や鎌形赤血球症、腎臓病などの治療において、広く受け入れられている。
この治療を受けた人:エボラ出血熱の治療に血清を使うという考えは、1976年にこの病気が発見された当時からあったもので、その後の流行でも実際に使用されてきた。
今回の流行において、おそらく最も有名な血清の提供者は、ケント・ブラントリー医師だ。同医師はリベリアでエボラ出血熱にかかり、自身の元患者のひとりで、この病気から回復した10代の少年からの血清の提供を受けた(日本語版記事)。アメリカに移送されたあと、後述する「ZMapp」も投与され、完治した。退院した後、ブラントリー医師は、血液型が一致したアメリカ国内の感染者への血清提供者となった。具体的には、西アフリカで感染した伝道医師のリック・サクラ氏、NBCのカメラマンであるアショカ・ムクポ氏、さらに、死亡した患者の看護中に感染したテキサス州ダラスのニナ・ファム看護師に血清が提供された。
供給:世界保健機構によれば、エボラ出血熱に罹患して完全に治癒した人であれば、誰でも次の患者のための提供者になりうる。ただし当然のことながら、HIV/AIDS、B型またはC型肝炎、梅毒のような感染性疾患を持っている人は提供者にはなれない。
■ ZMapp
アイコン・ジェネティックス社の開発マネージャー、フランク・ティーメ博士が手に持つのは、低ニコチンのタバコ属植物「ベンサミアナタバコ」。ドイツのハレにある同社施設内の温室にて、2014年8月14日撮影。アイコン・ジェネティックス社は、ZMapp(ジーマップ)を量産するために、ベンサミアナタバコからタンパク質と酵素を取り出して、ZMappに含まれる抗体を作るプロセスを開発した。
原理:マップ・バイオファーマシューティカル社等が開発中の治験薬「ZMapp」(ジーマップ)は、エボラ出血熱に対する最も有望な治療薬のひとつと見なされている。ZMappは、実験室で作られた複数のエボラ・ウィルス抗体の組み合わせからなる。これらの抗体は、エボラ・ウィルスに密着して、その増殖を防ぐ働きをする。
今回の流行以前の治験:研究者チームは、21匹のマカクザルをエボラ出血熱に感染させ、そのうち18匹について、症状の様々な段階でZMappを投与した。この18匹はすべて生存し、ZMappを投与されなかった3匹は死亡した。
この治療を受けた人:リベリアで発症した前出のブラントリー医師と、同僚のアメリカ人医療従事者、ナンシー・ライトボルさんにZMappが投与された(CNN記事によると、ZMappはアメリカからリベリアへ冷凍状態で運ばれ、発症から9日後の患者に投与。患者は1日で劇的な改善を見せたという)。
その後、リベリアのアブラハム・ボルボル医師とズクニス・アイルランド医師、ナイジェリアのアロ・コスモス・イズチュク医師、イギリス人のウィル・プーリー看護師、スペイン人聖職者のミゲル・パハレス氏にも与えられたが、ボルボル医師とパハレス師は治癒することなく死亡した。
供給:ZMappの抗体を量産するために、増殖させやすい低ニコチンのタバコ属植物が利用されている(細胞に遺伝子を注入)。これを採取、精製、試験した後に薬となる。ただし、マップ・バイオファーマシューティカル社によると、ZMappの在庫は8月に底をつき、現在在庫は世界中のどこにもない。生産は続けられているものの、大量に生成するのは困難で、相当なコストと時間がかかる。アメリカ生物医学先端研究開発局(BARDA)は10月中旬、アメリカ国内にある3研究所に対し、ZMappの生産計画を提出するよう要請した。
■ TKMエボラ
エボラ出血熱から完治したリチャード・サクラ医師。9月25日、オマハのネブラスカ医療センターで行なわれた記者会見に現れた時の様子。
今回の流行以前の治験:医学誌「ランセット」に掲載された論文によると、研究者らはマカクザル7匹をエボラウィルスに感染させ、その後1週間にわたって、TKMエボラをそれぞれ回数を変えて投与した。その結果、投与回数4回のマカクザル1匹は死亡したが、それ以外の投与回数を受けた他のマカクザルはすべて生き残った。
この治療を受けた人:リチャード・サクラ医師は、先に完治したブラントリー医師の血清とともにTKMエボラの投与を受け、完治した。
供給:テクミラ社は、西アフリカの患者が臨床試験を通じてTKMエボラを使用できるようにするというプレスリリースを出した。ただし、「ウォールストリート・ジャーナル」紙の記事によると、同社のマーク・J・マレー最高経営責任者(CEO)は、同治験薬の供給量は「限定的」であると述べている。
■ ブリンシドフォビル
トーマス・エリック・ダンカン氏が入院していたテキサス州ダラスの病院。
原理:アメリカ、ノースカロライナ州にあるバイオ医薬品会社カイメリクス社が開発中の「ブリンシドフォビル」は、アデノウィルスやサイトメガロウイルス、天然痘などと闘うために開発された薬で、ウィルスの複製を防ぐ作用があるとされている。
今回の流行以前の治験:サイトメガロウィルスやアデノウィルスなど、別のウィルスを対象にした大規模な人体臨床実験はすでに実施されているが、エボラウィルスについては、研究室での実験にとどまっている。カイメリクス社によると、試験管での実験ではエボラウィルスに対して効果が得られたという。
この治療を受けた人:アメリカ国内で初めてエボラ出血熱の診断を受けたトーマス・エリック・ダンカン氏は同薬の投与を受けたが、エボラウィルスに感染してから数週間で亡くなっている。一方、NBCカメラマンのアショカ・ムクボ氏も同薬による治療を受けており、ネブラスカ医療センターのシェリー・シュベトヘルム看護部長の話によると、容体は回復に向かっているという。
供給:カイメリクス社広報担当者がハフポストUS版に対して述べたところによると、同社にはエボラ出血熱を含むすべての臨床実験を実施できるだけの十分な供給量があるという。
■ 対症療法
防護服を装着した医療関係者たち。リベリアの首都モンロビアにあるジョン・F・ケネディ医療センターのエボラ出血熱治療施設の出入り口にて。10月13日撮影。
処置:アメリカ疾病管理予防センター(CDC)のサイトによると、エボラ出血熱の対症療法としては、経口もしくは静脈内輸液による水分補給がある。また、酸素の供給量と血圧を一定に保ったり、起こりうる他の感染症を食い止めたりする処置も行なわれる。
現状:西アフリカでは、この対症療法が、エボラと闘う上で医療関係者が講じることのできる唯一の手段である場合がほとんどだ。
対症療法による治療を受けた人:10月14日付けの世界保健機関(WHO)発表によると、感染が確認された患者8914名のうち、4447名が死亡している。死亡率がこのまま維持されれば、エボラ出血熱への感染が確認された患者のおよそ半数が、対症療法のみで生き延びていることになる。
対症療法を行なう医療関係者の実情:「タイム」誌の10月3日付け記事によると、医療関係者の死亡率は、シエラレオネが71%、リベリアが51%、ギニアが52%だ。リベリアでは、医療関係者がわずかの賃金で強制的に働かされており、10月半ばには、より高額の危険手当を求める2日間のストライキが行われた。
※このほか、富士フイルムホールディングス傘下の富山化学工業が開発した抗インフルエンザウイルス薬「アビガン錠」(ファビピラビル)が、数カ国のエボラ熱患者に投与され、フランスやスペインの患者では治療が成功したと報道されている。アビガン錠は現在、2万人分の錠剤とその原薬30万人分が保管されているが、感染が拡大した場合にも対応できるよう追加生産すると発表された。一方、イギリスの製薬大手グラクソ・スミスクライン(GSK)はワクチンを開発しており、「第1段階の安全性試験は米国、英国とマリで実施中であり、他国でも来週以降に開始する」と発表した。
[Anna Almendrala(English) 日本語版:水書健司、遠藤康子/ガリレオ]
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