ネットやメッセージアプリで国家指導者の悪口を言うと捜査対象になるのか。韓国では今、スマホユーザーが戦々恐々としている。
■大統領「冒瀆的な発言が度を超している」
発端は朴槿恵大統領が9月16日、国務会議(閣議)で、「国民を代表する大統領への冒瀆的な発言が度を超している」と発言したことだ。朴大統領は「これは国民への冒瀆でもあり、国家の威信低下と外交関係にも悪影響を及ぼす。政治が国民から信頼を得られるよう努力をお願いしたい」と対処を要請した。すでに産経新聞前ソウル支局長が、朴大統領の男性関係の噂に言及したインターネット上のコラムを巡り、韓国検察が捜査に乗り出していた。
これを受けて大検察庁(最高検)が9月18日、関係官庁や大手ネット業者と開いた会議で「サイバー空間における虚偽の流布対策案」をまとめた。ネット上の名誉毀損などに対処するため、検事5人による専従チームを組織し、リアルタイムのモニタリングも実施するとした。広報資料には虚偽の流布による名誉毀損事案については「原則として公判を請求し、積極的な公判維持で実刑判決を誘導するなど厳正な対応」「摩擦を起こし対立をあおる事案には積極的に身柄拘束」などの言葉が並んでいる。
検察は特定の単語を対象にモニタリングを実施する方針も打ち出したことを、国会で野党議員が明らかにした。資料によれば、捜査対象は(1)根拠のない暴露発言(2)国家的大事件で事実を歪曲して政府の政策に不信を与える陰謀説、虚偽の噂(3)公職者の人格と私生活に対する悪意ある不当な誹謗中傷、としている。セウォル号沈没事故後にネットを中心に高まった政権批判、特に大統領個人への批判を意識しているとみられる。
韓国最大手のメッセージアプリ「カカオトーク」を運営する「ダウムカカオ」。ダウムもカカオ(10月1日付で経営統合)も、先の会議に出席していたことから、モニタリングに協力するのではないかとの懸念が韓国内で高まり、セキュリティーに優れているとされるロシア発祥のアプリ「Telegram」のダウンロード数が急増した。韓国製から外国製アプリに乗り換える動きは「サイバー亡命」と呼ばれている。
利用者より捜査機関の方を向いているのではないか――。国民の強い批判にさらされたダウムカカオのイ・ソグ共同代表は10月13日に緊急記者会見を開き「通信傍受の令状には応じるつもりはない」と表明した。「罰はすべて私が受ける」としたイ代表だが、そもそも強制力のある令状執行に応じないなど不可能ではないかという疑問も出ている。
検察総長は14日、「カカオトークのようなプライベートな会話を日常的にモニタリングできる法的根拠はなく、人も設備も足りない。2600万人の会話をモニタリングするなど物理的に不可能だ。技術的にも不可能だし、名誉毀損や冒瀆容疑では通信傍受令状は請求できない」と反論。「サイバー亡命という言葉まで出ている状況はとても残念だ」とコメントした。
■「民主主義の退行」
背景には、韓国人の政権や捜査機関に対する不信感がある。
検察総長は先の会見で「例外的に誘拐や人身売買、麻薬などの重大犯罪に限って、裁判所から令状を発布されて会話の内容を事後的に確認するだけ」と発言した。ダウムカカオは、2013年1月~2014年6月末までに、147件の通信傍受令状が発布され、過去ログの提出に応じてきたことを明らかにしているが、2013年12月の鉄道ストに関わった労働組合員が、NAVERのモバイルアプリ「NAVER BAND」の会話内容を押収されたことや、沈没事故を起こした「セウォル号」の船会社オーナー捜索に絡み、逃亡先の地名をナビゲーションアプリで検索した人が照会対象になった事例が明らかになっている。
特に、情報機関の国家情報院は2013年に、全体の95%以上にあたる1798件のインターネット通信傍受を実施していた。国家情報院は2012年の大統領選挙で、朴槿恵氏の対立候補を批判するコメントを組織的にインターネットに書き込んだことが批判された。
「民主主義の退行」といった声も聞かれ始めた。軍事独裁政権の終焉と民主化から27年。強権独裁で恐れられた故・朴正熙大統領の長女が大統領となった今、韓国の民主主義は岐路に立っているのかもしれない。
【UPDATE】2014/10/17 11:46
当初の記事で「ダウムカカオは、2013年1月~2014年6月末までに、過去ログに対する147件の捜索令状が出された」としていましたが、正しくは「147件の通信傍受令状が発布され、過去ログの提出に応じてきた」でした。
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