墓碑に刻まれた言葉から「ペルセネブ」と名付けられた古代エジプトの墓は、「聖職者」や「執事」だった男性のものと見られている。この墓は1996年に最初に掘削された。しかし、2012年まで中央の広間の壁の上に壁画があることに科学者たちはが気がつかなかったと、Live Scienceは報じている。
この驚くべき発見はいっそう注目された。なぜなら、その墓は、19世紀にドイツの探検家カール・リヒャルト・レプシウスとフランスのエジプト学者オギュスト・マリエットによって最初に言及されたが1996年以来発掘を行っているのは、ロシア科学アカデミー東洋学研究所のチームだけで、ほとんど顧みられていなかったからだ。
約4300年前、古代の聖職者の墓に描かれた壁画がギザの3大ピラミッド近くで発見される
ギザの大ピラミッドから東にちょうど300メートル離れたところにあるその墓は、生贄の部屋、中央の広間と玄室から成る。推定年代は、中期または後期の第5王朝(およそ紀元前2450-2350年)に遡る。エジプト古王国時代だ。
「きめ細かい白い石膏の薄い層の上に描かれた絵は、19世紀に発掘された時のすすとほこりで黒ずんでしまっている。調査した時点では、石膏のわずか30パーセントほどしか元の状態で保存されていない」と、ロシア州立大学のマクシム・レベデフ教授はLive Scienceのメール取材で言及した。しかし、「全ての壁画が完全に失われたわけではない。残った痕跡によって、構成全体の再建が可能になる」とも述べている。
壁画にはエジプト古王国時代の生活が描かれており、聖職者としてのペルセネブが高い地位にいたことを象徴している。考古学の情報サイトArchaeologyによると、壁画にはナイル川を航海しているボート、鳥を狩っている男性、農作業をしている場面、さらには、ペルセネブが妻や犬と一緒にいるように見えるイメージもある。
レベドフ教授は、もっと多くの壁画が周辺で発見されるかもしれないと考えている。というのも、後世の住人たちが原画を石膏で覆ってしまったかもしれないからだ。
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