安倍内閣は、女性管理職の割合を「2020年までに30%」にする政府目標を掲げている。しかし、内閣府の調査によれば、従業員100人以上の企業における係長級の管理職の女性は14.4%(2012年)。上場企業の女性役員は、わずか1.8%にとどまっている(2013年)。
そんななか、世界的な消費材ブランドP&G社は、役員の47%が女性だ。男性が多いとされる製造現場でも、国内に3つある工場のうち2つは、女性が工場長を務めているという。
多くの女性が、子供を育てながらキャリアアップして、ごく自然に活躍しているP&Gから学べることは何か。グローバルチームのマネージャーとして営業を統括する森藤智子さん(写真)に、P&Gでのキャリアと働きかたを聞いた。
■20年以上前から、P&Gでは女性マネージャーが活躍
森藤さんは現在営業担当マネージャーとして、グローバルカスタマーを担当している。同じ会社で働く夫とともに、小学6年生の子供を育てながら仕事をしているが、入社当初は、それほどキャリアアップを意識してはいなかったという。
1992年、女性がキャリアを積むのがまだ珍しかった時代に、営業職を希望した森藤さんは、関西の営業チームに配属された。職種柄、社内外を含めて「現場は、いつも紅一点」だったが、仕事内容や待遇の面で男女の違いを感じたことはなかったようだ。
男女雇用機会均等法の施行前から、ダイバーシティ(多様性)の推進や、女性の働きやすい仕組みづくりを進めていたP&G。その当時から、他の部署では多くの女性マネージャーが管理職として活躍していたという。
■本社で看板商品のセールス企画を担当
得意先の営業を経て、森藤さんは、入社7年目で本社で営業企画として、看板ブランドのセールスプランを担当することになる。
「担当ブランドのセールスプランと売上の責任を全て持つことになりました。私の場合は、台所洗剤の『ジョイ』や布用消臭剤の『ファブリーズ』を担当して、年間のビジネスやセールスプランを企画しました」
「チームリーダーや、大先輩の男性の方から『このプランは、ああだ、こうだ』と、厳しいご指導やご鞭撻があって……。仕事はすごくきつかったですが、そういう経験をしたことで、キャリアに対する希望というか、野心やコミットメントのようなものが、徐々に育まれていきました」
森藤さんは「若くして会社のリーダーたちと一緒に責任ある仕事をさせていただいたことで、キャリアアップに対する意識が芽生えていった」と当時を振り返る。
■「復帰後、どうしたいか」を事前に相談、育休は復帰が大前提
入社8年目で、森藤さんは同僚と結婚。その3年後、長男の出産を機に、育児休業(育休)を取得した。P&Gでは、職場に復帰することを前提に、育休前に上司と「復帰後、どうするか」を話し合うという。
「上司とは、『帰ってきたときに、どうしたいか』を話し合いました。P&Gでは、産育休を取得する前の実績が、復帰するときの評価になります。ですから、育休によって評価が上がることないですが、下がることはありません。ただ『ストップする』だけなので、休むことに関して、キャリアの不安はなかったですね」
1年間の育休から復帰した森藤さんは、小さな子供を育てながら夢中で働いたという。しかし、思いがけず休職という選択をすることなった。2005年、夫のアメリカ転勤が決まったのだ。
■「子供が小さいときに、夫婦どちらのキャリアを優先するか」先輩からの助言
当時の日本企業では、育児休業ではない個人的な理由による休職は、ほとんど例がなかった。P&Gでも、営業部門では初めてのケースだったようだ。それでも、森藤さんが迷いなく休職を選んだのは、先輩のアドバイスがきっかけだった。
P&Gには、年に数回、自分のキャリアについて上司と話をする機会がある。それ以外にも、自分に変化があったときは、キャリアやプライベートについて、上司とオープンに相談できるカルチャーがあるという。
「夫の転勤が決まる前でしたが、先輩から『まだ子供が小さいときに、夫婦どちらのキャリアを優先するか、上司に伝えておくと良いよ』とアドバイスされたんです。夫が同じ会社だったこともあると思いますが、『とくに子供が小さい間は親が必要だから、家族のキャリアに対して優先順位を付けなくてはいけない』といわれました」
■「家族のキャリア」と「自分のキャリア」の葛藤
それまで「自分のキャリア」について考えてきた森藤さんは、これを機に「家族のキャリア」について考えるようになった。その後、夫婦で話し合い、「子供が小さい時期は、夫のキャリアを優先する」ことに決めたという。その実践のひとつが、休職だったのだ。
もちろん、仕事にやりがいを感じていた森藤さんは、この選択に葛藤もあった。
「家族のなかの自分は、迷いはありませんでした。まだ子供は2歳の男の子だったので、父親の存在は大切だと思っていましたし、日本に残って働きながら、ひとりでその役割ができるとは思わなくて……他のチョイスはなかったです」
「ただ、キャリアアップしようと決心していた自分は、『え、何で休まなくちゃいけないの!?』って複雑でした。決心はしましたが「あ〜、でもな〜」とウジウジする自分がいましたね」
森藤さんは、当時のアメリカに日本と同じような仕事に空きがなかったため、休職することになったが、P&Gでは、国内や海外転勤の場合、できる限り、転勤に付き添う配偶者にも行った先で今と同じポジションの仕事を見つけることにしている。営業職の夫婦が、ともに海外転勤して働くケースもあるという。
■「業務はしないが、席はある」P&Gの休職サポート
家族とともにアメリカに渡った森藤さんは、休職中も充実した日々を過ごすように努めた。現地の大学で授業を聴講し、語学学校で英語を学んだほか、アメリカ(US)のP&Gでも、トレーニングを受けたという。
「元々、貧乏暇なしの性格なので(笑)、家を見に行ったときに大学に申し込みをして、大学の語学学校に行きました。ずっと『働きたい』という意思表示はしていたので、USでメンターをつけてくれました。営業の管理職の女性2人と、エリアのチームリーダーが、月1回、1対1のミーティングをしてくれたんです」
USで行われるダイバーシティ(多様性)などのミーティングにも参加した森藤さん。「業務はしないけど、席はあったような感じで、本当に恵まれていました」と振り返る。
■「時短」や「主夫」、自信を持って働きかたを選択するアメリカ
また森藤さんは、アメリカで各国の女性たちと交流したことで「多様な働きかた」を目の当りにする。
「現地のウーマンズ・ネットワークで出会った方には、『子供が8歳になるまで時短勤務をする』といっている人がいました。当然、同期より昇進は遅くなりますが、その方はすごく輝いていました」
「一方で、私のメンターになった女性は、すごく昇進して活躍していましたが、夫婦で話し合った結果、ご主人が主夫をされていいました。すごく素敵なお家で、ご主人さんが料理でもてなしてくれました。本当にいろんな働きかたがあるんだな、と実感できました」
夫の転勤によって休職することになった森藤さん。しかし、そのおかげで視野が広がったという。「仕事をせずに、そういう経験ができたことが逆に良かったのかなと思います。多分、現地で働いていたら、性格的に仕事優先になっていたんじゃないかと。幅広く、アメリカでの多様な働きかたを感じることができました」
■働きながら子育てしやすい、P&Gのフレックスな働きかた
帰国後、森藤さんは仕事に復帰するが、その後約2年半に渡り、夫の単身赴任を経験する。小さい子供を育てながら、どのように働いていたのか。
「日本に戻って来たときには、子供が3歳半くらいのときで、主に私が子供の面倒を見ていたので、7時か、延長して8時には保育園に迎えに行ってきました。ベビーシッターさんにお願いしたり、近所の仲の良いママ友に、たまに面倒を見てもらったりしたことはありました」
グローバルに事業展開するP&Gらしい時間や場所にしばられない柔軟な勤務制度が、森藤さんの仕事と子育てをサポートした。
フレックス制度を導入しているP&Gでは、勤務時間は、1日単位ではなく、1カ月単位で調整している。長時間働いた日の翌日は、やるべきことを終わっているなら、1〜2時間で帰ったり、アメリカとの深夜会議や前後の予定などに合わせて、自分で勤務時間を決めることができる。家からPCでウェブ会議に参加するケースも多いという。
「営業職は、『直行直帰』型の在宅勤務なので、基本的には家で仕事をしています。先に子供を寝かせてから、夜10時にアメリカとウェブ会議することも結構ありました。働き方と時間は非常に柔軟です。平日も在宅で仕事をするので、役所や銀行に行くのに困ったことはありません」
■年間10万円の「介護・育児費用補助制度」と「ベビーシッター補助クーポン」
森藤さんのように育児や介護する社員をサポートする仕組みとして、P&Gでは「介護・育児費用補助制度」を導入している。年間10万円まで、サポートに来てもらうための親の旅費や、出張に子供を連れて行くときの旅費、会議中のベビーシッター費用など、人によって様々な目的で使うことができる。
またP&Gでは「ベビーシッターの補助クーポン」を発行している。ベビーシッターを依頼する際のほとんどの費用をこのクーポンでまかなうことができる。
これらのサポート制度をフル活用したという森藤さん。「私は、出張先に子供を連れていったこともありましたし、子供が小学生になって、学校を休めなくなってからは、関西の両親に来てもらうこともありました」と語る。
■ダイバーシティを推進、20カ国の国籍の社員が働くP&G
日本の上場企業の女性役員が1.8%に留まるなか、P&Gの女性役員は47%。課長以上の管理職は、34%が女性である。20カ国の国籍の社員が日本で働いており、ほとんどの会議には外国人が参加していて、社内公用語は英語だという。
現在、森藤さんのチームには、営業職ながら、メキシコ人の上司や、エストニア出身、韓国出身の部下など4カ国のメンバーがいる。
多様なチームについて、森藤さんは「すっごくバラエティに富んでいます。営業の場合は、日本語で商談をするので、全員日本語がペラペラです。やはり、他の国の人と話すと、価値観や考えかたが違うのでハッと気づかされることが多いですね」と話す。
■「若い女性は、自信を持ってチャレンジを」 女性に必要な4つのC
グローバルチームのリーダーとして働く日々について、森藤さんは「私は、全然リーダーじゃないんですけど、ただ、すごく楽しいです。もちろん順調なときばかりではなくて、実はトラブルがあって、この2カ月も非常に厳しい状況だったんですが、それも含めて仕事だと思いますし、それを乗り超えたときほど達成感があります」と微笑む。
最近は、部下の相談に乗ることも多いという森藤さん。最後に、女性のキャリアにとって大切な「4つのC」を教えてくれた。
1、コミットメント(commitment:誓約)
2、チェンジ(change:変化)
3、チョイス(choice:選択)
4、コンフィデンス・マネージメント
(confidence management:自信のマネージメント)
「ひとつめは、コミットメント。次にくるのが、チェンジ。子供を育てながら働くのは、大変ですし、ご主人の理解や協力が得られずに苦労されている方もいるかもしれませんが、ご主人だって絶対に変わります。私の夫も、以前はもっともっと仕事重視でしたが、今はものすごく協力的になりました。お互いに変わる努力はしなくてはいけませんが、子供も大きくなりますし、自分も相手も必ず変わると思います」
「あとは、チョイスとコンフィデンス・マネージメントですね。若い女性と、1対1で会議していると、すごく優秀なのに『私には、荷が重い』と打ち明けられることがあります。スキル・ギャップがあったときに、それをプレッシャーに捉えてしまうんですね。でも多分、男性の場合はスキル・ギャップを感じていても『やる』っていうと思うんです」
「でも実は、男性だって本当は自信がなかったりします。私は女性の真意がすごくわかるので応援したいと思いますが、男性上司が同じ言葉を女性の部下から聞いたとき、私と同じようには考えないんじゃないかと。だから、スキル・キャップを感じたときの自信の出しかたや見せかたは、大事だなと思います」
森藤さんも、今までにスキル・ギャップを感じたことは何度もあったという。自信はなかったが「がむしゃらにやってみたら、できた」と、これまでの歩みを振り返る。
「私は入社した頃は、正直、20年後に部下を持って仕事をしているなんて、全く想像していませんでした。なぜ、今ここにいるのかなって思うと、責任のある仕事を任せてくれた、会社が育んでくれたのかなって思います」
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