ユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界文化遺産に登録される見通しとなった群馬県の富岡製糸場とは、どんな施設だったのか。6月にカタールで開かれる世界遺産委員会で最終判断される見通しだが、歴史的経緯や気になる労働環境をまとめてみた。
■日本初の本格的な器械製糸工場
富岡製糸場は1872年(明治5年)、明治政府が設置した日本初の本格的な器械製糸工場だ。当時、外国への最大の輸出品は絹の元になる「生糸」だったが、輸出急増に伴って、質の悪い生糸が粗製濫造されることになり、日本の生糸の評判が下がっていた。
そこで明治政府は、外国人技術者の指導により、西洋式の器械を導入した近代的な製糸場を作ることにした。製糸工場の模範となることで日本の製糸業の近代化を進めるのが狙いだ。当時の日本は、生糸の輸出でヨーロッパの機械製品や軍事物資を買っており、外貨を獲得するために質の良い生糸の大量生産は欠かせなかった 。
群馬県の富岡市周辺に立地が選ばれた理由として、富岡周辺が生糸の原料となるカイコの飼育が盛んだったことが大きいという。富岡製糸場の公式サイトでは次のように説明している。
1.富岡付近は養蚕が盛んで、生糸の原料の繭が確保できる。
2.工場建設に必要な広い土地が用意できる。
3.製糸に必要な水が既存用水を使って確保できる。
4.燃料の石炭が近くの高崎・吉井で採れる。
5.外国人指導の工場建設に地元の人たちの同意が得られた。
(富岡製糸場のあらまし | 富岡製糸場ホームページ)
後に民間に払い下げられたが、経営母体を変えて1987年まで115年にわたって操業を続けていた。主要な建物は、明治期のままの状態で保存されているという。
5万5千平方メートルの敷地に、コの字のように繰糸場と二つの繭倉庫が並んでいます。長さ140メートルの繰糸場は当時、世界最大規模でした。フランス人が建設を指導、日本の木造建築と、西洋のれんが建築の技術を融合した「木骨れんが造り」の建物です。
(47NEWS「【Q&A 富岡製糸場、世界遺産へ】 近代化紡いだハイカラ建築 115年にわたり稼働」2014/04/27 12:14)
ユネスコの諮問機関・国際記念物遺跡会議(イコモス)は4月26日に公表した勧告で、「富岡製糸場と関連資産は、日本が近代工業化世界に仲間入りする鍵となった」と高く評価。世界文化遺産への登録を勧告した。
■「元祖ブラック企業」だったのか?
製糸工場というと、1968年に山本茂実が発表したノンフィクション「あゝ野麦峠」などの影響で、苛酷な労働環境と思われる印象が強い。世界遺産指定が有力になった直後、ブロガーのちきりん氏は「元祖ブラック企業」と評していた。
しかし、各種報道によると実際には富岡製糸場は、少なくとも設立当初の官営時代は1日8時間労働で夏冬の長期休暇があるなど、明治期の労働環境としては世界でも異例なほど恵まれていた。日本の民営工場の模範になることを目指した官営施設だったため、採算を度外視して福利厚生にも力を入れていたようだ。MSN産経ニュースが以下のように報じている。
文化庁や群馬県関係者らによると、明治5(1872)年の設立当初に働いていた女性工員は約400人。労働時間は1日約8時間で、週休1日のほか夏冬に各10日間の休暇があり、食費や寮費などは製糸場が負担していたという。
明治26年に民間に払い下げられてからは、労働時間が長くなるなど環境は悪化したが、「女工哀史のような過酷な環境ではなかったようだ」と文化庁関係者。教育施設も併設され、女性工員たちは辞めた後も、地元の製糸場などで指導的な役割を果たすことが少なくなかったという。
( MSN産経ニュース「【富岡製糸場 世界遺産へ】8時間労働・寮完備 女性進出に一役」2014/04/26 21:42)
ただし、富岡製糸場が官営工場だった時代は、115年の歴史のうちのごく一部だ。創業19年後の1891年には、三井家に払い下げられ民間工場となった。その後、1902年に原合名会社、1939年に片倉製糸紡績会社(現片倉工業)と経営母体は変わっていった。民営化されたことで、繁忙期には1日あたりの勤務時間が約12時間になるなど、労働環境は厳しくなったようだ。
ブロガーの木村義志氏は次のように指摘し、官営時代のイメージばかりを喧伝する報道に疑問を呈している。
民営移行後間もない明治31年、早くも工女のストライキが起きた。採算度外視の実験的工場からシビアに利潤を追求する工場に変えようとすれば労働条件が悪くなるのは当然だ。
(日本のおカイコさん-2/富岡製糸場への疑問 | 蝉の日和見)
日本の近代化に大きな貢献を果たした富岡製糸場。世界遺産指定でその正と負の両方の面が問われることになりそうだ。
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