インターネットのマッチングサイトを通じて預けた2歳の男の子が、20代の男性ベビーシッターの自宅で死亡して発見されるという痛ましい事件は、保育や子育て支援の関係者に大きな衝撃を与えた。
幼い子どもを育てている親への支援メニューは決して少なくない。各自治体や支援団体が知恵を絞ってさまざまな支援を行っているにもかかわらず、そういった支援の手の隙間から、見事にこぼれ落ちてしまう人がいるという事実。そしてその犠牲になるのはいつも幼い子どもなのだ。
この事件をきっかけに、ベビーシッターサイトの規制や、シッターの資格など、保育の問題について議論が交わされるようになったが、根本は「保育」だけではないのではないか。貧富の差が広がり、情報の格差も拡がるなかで、きちんとした情報を入手できない人たちが社会からこぼれ落ち、子どもたちが犠牲になることは絶対に防ぎたい。
では、どうすればいいのだろうか。
■誰に預けたらよいのか、産前から「保育リテラシー」
ひとつ、取り入れてはどうかと思ったのが、保育園への「ペリネイタルビジット」だ。「ペリネイタル(プレネイタルと言われることも)」とは「産前産後」という意味。「ペリネイタルビジット」は、すでに小児科の世界で行われているもので、「子どもが生まれる前、妊娠中に小児科に行ってみよう」という取り組みだ。
小児科といえば、子どもが生まれて病気になって初めて行くのが一般的だが、子どもが生まれる前に小児科がどういうところなのかを見て、医師と言葉を交わし、子どもの病気のことなどについて事前に知識を入れておくことで、いざ、子どもが病気になったときにも慌てずに小児科に行ける。前もって知っている医師であれば、敷居も低くなるだろう。大分県などではすでに行われている取り組みだという。
子どもが生まれる前には、出産のときの心構え、赤ちゃんへの授乳や沐浴などについて学ぶことはあっても、「保育」について学ぶ機会は皆無に等しい。子どもを預けるときにはどんな注意が必要か、誰にどのように預ければいいのか、赤ちゃんに負担のない預け方はどういうものか、信頼できる保育施設はどこなのか……といった「保育」についての知識を、親が事前に知ることはない。
生まれてから、何か子どもを預けなければならない事情ができたときに初めて「どこに、誰に、どうやって預けようか」と、親は情報を求める……というのが現状だ。それまでに保育園での子どもの様子を見たことがなければ、どういう保育が「良い保育」なのかも知ることができない。
そこで、小児科での「ペリネイタルビジット」と同じように、子どもが生まれる前に、親が地域の認可保育園を訪れ、子どもたちの様子や先生たちの保育の仕方を見る機会をもうけておけば、いざ、子どもを預けなければならなくなったときにも役立つはずだ。保育園を訪れることができないとしても、少なくとも、両親学級やマタニティ学級など、出産前の段階で、「保育」に関する知識や預け方のリテラシーを教えるべきではないだろうか。「子どもの正しい預け方」をきちんと教育する場はなく、今後はそういったことも必要な時代なのだと思う。
■保育所で地域の子育て支援をする「マイ保育園制度」
実際、そういった制度がないわけではない。平成17年10月に石川県で始まった「マイ保育園制度」が有名だ。「保育所を子育て支援の拠点に」ということから、自宅近くの保育園に登録し、子どもが生まれる前の授乳体験や生まれた後の育児相談ができる仕組みだ。登録すると、3回まで半日の一時預かりの無料体験も受けられる。
石川県内でも金沢市では、幼稚園や児童館も含めた「かなざわ子育て夢ステーション」という別の事業が行われている。東京でも、墨田区「すみだ子育て安心ステーション事業」、江東区「マイ保育園登録制度」、足立区「あだちマイ保育園」など、「マイ保育園制度」やそれに似た事業が行われている。
ただ、やはり圧倒的に認知度が低いという問題がある。先進地域の石川県でも登録率は平均で37%程度(平成19年に行われた調査「石川県における「マイ保育園制度」を中心とした子育て支援の検討」による)。実施している保育園の7割以上はこれらの取り組みを有効だと思っているが、実際には「職員不足」「PR 不足」「支援・設備不足」の問題があるとしている。
現実問題として、保育園は今、「保活」の一環で見学に来る親たちへの対応や、中高生の職場体験の受け入れなど、保育以外での対応をしなければならないことが多く、これ以上、職員の負担が増えるのは避けたいだろう。また在園児のセキュリティの観点でも、受け入れをしにくい側面もある。
27年から導入される保育新制度では、子育て支援事業の拡充も望まれる。保育園や幼稚園に入る子どもだけでなく、生まれる前の段階から「保育」を知るためのプログラムを組んでほしい。それには、行政、保育園・幼稚園関係者、ひろばや子育て支援関係はもちろん、小児科、産婦人科、保育士養成校、さらには保護者も含め、垣根を越えた連携が必要だ。格差社会の中で、支援の手からこぼれ落ちる親子を無くすためにも、こういった取り組みを前向きに考えていくべきではないだろうか。
【ジャーナリスト、東京都市大学客員准教授 猪熊弘子】
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