激戦が繰り広げられている東京都知事選。2月9日の投票日前に、あらためて東京都が抱える課題を専門家の方と現場から考えてみたい。そこから浮かび上がる「首都の争点」とは?
多くの企業が集中する首都。東京都内で働いている人を示す昼間の就業人口は817万人(2010年)におよぶ。全国の就業者数6590万人(2010年)のうち1割を超える人たちが東京都で働いていることになる。東京都での働き方が、仕事と子育て、介護などのワーク・ライフ・バランスの先進モデルになれば、日本人の働き方も変わるかもしれない。
2006年に日本で初めて誕生した父親支援NPO法人ファザーリング・ジャパンの代表理事で、内閣府の子ども・子育て会議のメンバーとして政府に少子化対策などの政策提言を行う、吉田大樹(ひろき)さん(写真)に聞いた。
■夜19時に保育園にお迎え、朝は時間との戦い
シングルファーザーとして3人の子供を育てている吉田さん。朝と夜は、家事や育児の時間。仕事のために使える時間は限られている。
「長男が10歳、長女が7歳、次男が5歳。長女を学童に、次男を保育園にお迎えにいくので、夜は19時がタイムリミットになりますね。朝は、戦いです(笑)。長女が今年度小学校に上がる前は、7時半に長男が小学校に行った後、ふと気づけば下2人はまだ寝てたりする……。朝8時半に電車に乗らなければならないときも、焦りすぎて怒号を発してしまうと逆効果で余計に時間がかかります」
吉田さんは「今まで何度、打合せに遅れますと電話したことか」とこれまでを振り返る。子育ては予期せぬことの連続。必然的に、仕事は限られた時間に集中して時間内に終わらせる働き方になったという。
■ワーク・ライフ・バランス——「生活」ではなく「人生」を自分に問う
あらためて、ワーク・ライフ・バランスとは何なのか。女性の活用や、仕事や介護・育児のバランスなどとも捉えられているが、吉田さんが考える意味を聞いた。
「ワーク・ライフ・バランスは“仕事と生活の調和”と訳されていますが、私はライフを『生活』ではなく『人生』と訳すといいんじゃないかと思っています。もちろん日々の生活も大事なんですが、もっと長いスパンで『自分の人生をどうしたいのか』を考えるきっかけになる。ワーク・ライフ・バランスという言葉の重みが変わってきますよね」
また、働く女性の約6割が出産により退職している日本。「女性の活用は、女性だけの問題ではない。男性も自分の問題として考えることが大事」と吉田さんは語る。
「男性が長時間労働の働き方を見直すだけで、家族のあり方は大きく変わります。その影響はとても大きい。もちろん残業ありきの働き方は、企業側が改善しなければならない課題でもあるんですが、子供を持つ男性も『果たして今、仕事ばかりしていていいのか』と自分に問いてみることが大切です」
「夫が『残業しない』と決めて、夜19時までに帰宅する働き方に変える。そうすれば、仕事の生産性は高まり、家で妻とともに育児や家事の時間を持つことができます。それによって、妻も『働く』という選択肢も持つことができる。女性が活躍できる可能性が生まれます。ふたりが働くことによって世帯年収も上がります。そして何より、自分が子供との時間を過ごすことができるんです」
イクメンサミットにて議員森少子化担当大臣に、育児休業給付金の引き上げなどの政策提言書を提出
■「ふたりで働き、ふたりで家事・育児をする」時代に
働き方を見直すには、どうすればいいのか。これからのワーク・ライフ・バランスとは、どのようなものなのか——。
「すでに残業をすればするほど、その時間に見合った成果が出る時代ではありません。時代が変わっているのに、これからも同じ働き方をしていいのでしょうか。若い世代は、非正規雇用が拡大し、年収300万円未満の低所得層が増えています。自分だけの賃金では当然やっていけず、結婚や出産をあきらめてしまう人も多いのが現状です」
社会の変化に合わせて、「男が仕事、女が家事・育児」という戦後に作られた価値観から、「ふたりで働き、ふたりで家事・育児をする」という新しい価値観に変えていく必要があるという。
ファザーリング・ジャパンでは「ファザーリング=父親である事を楽しむ生き方」を提唱。講演やスクールなどを通じ、男性には「新しいOS(価値観)をインストールして、バージョンアップしましょう」と伝えているという。
「私の父は団塊世代で、仕事一筋の人生でした。一生懸命に働いてくれたことに感謝はしていますが……進路や人生の相談をすることは決してなかったです。やはり、子供との時間は『質より量』。お父さんが子供たちと信頼関係を築くには、量=時間を勝ちとって、小さい頃からたくさんの時間を一緒に過ごすことが大切なんです」
育児を楽しむパパを養成する「ファザーリング・スクール」に参加する男性たち
■景気がよくなる前に「決められた時間のなかで結果を出す」働き方に
「景気が良くなる前の今、働き方を見直すことが大事」だと吉田さんは語る。安倍政権のアベノミクスの影響が、ワーク・ライフ・バランスにも及んでいるという。
「安倍政権になってから、労使交渉が『賃上げ』だけに目が向けられるようになってしまいました。しかし『賃上げに成功しました。でも、働き方が変わりませんでした』では、今までと何も変わりません。それでは、結局『賃上げするから、働け』になってしまうんです」
賃上げのために、長時間労働が当たり前になってしまっては意味がない。仕事以外の時間を大切にするためにも「限られた時間で結果を出す」働き方を変えていくことが重要なのだろう。
■父親が育休を取って自ら「パパ・スイッチ」を入れる
男性が働き方や子育てへの意識を変えるには、具体的にどうすればいいのか。吉田さんは「男性が育休を取って子育てをしてみること」だと話す。育児を通じて、男性が自ら「パパ・スイッチ」を押すことが大切なのだという。
「厚生労働省の調査によれば、父親が家事・育児時間が長いほど、第2子の出生割合が高くなるそうです。父親が家事・育児をする場合と、しない場合では、約3倍の差が生じています。男性がもっと育児することは、少子化対策でもあるんです」
「育休期間の目安は、1~2カ月程度。初産の出産直後に1週間だけ休んでも、母子はまだ入院しているのであまり意味がありません(笑)。母親の育休と重ならないように育休を取得し、子育てや家事を自分でやってみる時間にします。育休じゃなくても、消化していない年休をまとめて取ってもいいと思います」
■会社で初めて育休を取得、1カ月半で体重3キロ減
吉田さんも、2人目が生まれたときに1カ月半の育休を取得している。男性社員の育休は初めてのケースで、会社に交渉して規定を作ってもらったという。
「2人目が生まれたとき、長男は2歳10カ月。出産から1カ月間、赤ちゃんは家の外に出してはいけないといわれているので、私が育休をとらなければ、わんぱくな長男が一日中家のなかで悶々としていた可能性があったんです」
「一日中、長男を外に連れ出していたら、1カ月半で体重が3キロやせました(笑)。子育ては、理屈じゃない。頭をかき回されることの連続。仕事よりもずっと大変でした。その頃、私は28歳。3人目が30歳でした。今思うと、若いうちにそういう経験ができたのは非常に大きかったですね」
■一人ひとりが会社を変える挑戦——会員の3割が育休を取得
ファザーリング・ジャパンでは「さんきゅーパパプロジェクト」を実施している。父親の育休を増やすことで、子育て家庭における夫婦の調和、親子の絆をたしかなものにする社会変革プロジェクトだ。
厚生労働省の発表によれば、育休取得率は、女性が83.6%なのに対し、男性は1.89%。2009年に育児介護休業法が変わり「パパママ育休プラス」が導入されたことで、男性の育休取得率はいったん2.63%に上昇したが、再び低下している。
そんななかファザーリング・ジャパンの会員の約3割ほどが育休を取っている。実際に育休を経験した人の声を聞いて、取得を決意する人も多いという。
「男性の育休取得というと、一見恵まれているように思えるんですが、実はみんな、けっこう苦労して取っているんです(笑)。でも、育休を経験した人はみな『本当によい経験だった』といいますね」
ファザーリング・ジャパン事務局長の徳倉康之さんは、メーカーの営業として最も売り上げの大きなクライアントを担当していたときに、8カ月間の育休を取得している。子供が生後4カ月から1歳になるまでの間、育児や家事を担当。2009年当時、男性社員の育休は初めて。「男性が産休を取れるのか」「仕事を辞めるんじゃないか」といった小さな誤解や偏見をひとつずつ解いていったという。
■東京都——ワーク・ライフ・バランスの取り組みと待機児童問題への対応
東京都でも、ワーク・ライフ・バランスに関する取り組みが行われている。
ワーク・ライフ・バランスをテーマにしたシンポジウムやセミナーを開催。東京都のサイト上では、有識者による参考コラムも随時掲載するなど情報発信をしている。企業向けにも「ワーク・ライフ・バランス実践プログラム」を作成し、ワーク・ライフ・バランス推進に取り組んでいる。
しかし2013年春、東京都では保育園に入れない子供が8117人にのぼっている(全国の待機児童は2万2741人)。杉並区をはじめとした待機児童の問題は、なかなか改善されず、高層マンションの建築が相次ぐ江東区の豊洲エリアなども、早急な保育施設の拡充が望まれている。働きながら子育てしやすい環境とはいえないのが現状だ。
■近隣と連携して、子育てしながら働ける環境を整えることが大事
東京都の現状をふまえて、ワーク・ライフ・バランスについて、新たな都知事に取り組んでもらいたいことを吉田さんに聞いた。
「東京都には、近隣の県や地域を巻き込んで、もっと広い視野でこの課題に解決していく姿勢を持ってもらいたいですね」
「東京がよくなりすぎてしまうと、さらに東京への一局集中を招くことになると思うんです。今後、日本の人口が減少していくなかで、ますます地方から東京に人が流れると、地方は疲弊していくなかで、東京だけがパンクしてくことになる……。それはやはり反発を招きます」
2007年以降、人口の流入により東京都の就学前児童は増えつづけている。人口の集中は、待機児童問題が解消しない一因でもあるのだ。
「東京の職場に来なくても、ITを使えば仕事ができる——そういう人たちを東京の外へ送り出していくことも必要だと思います。そのために企業のテレワークの推進や、Wi-Fi環境の整備などに力を入れてほしいですね。地方に住みながら、たまに東京に出てくるという柔軟な働き方があってもいいと思います。自然が豊かでコミュニティのある地域で子育てできるメリットもあります」
■家族でワーク・ライフ・バランスを考える
「一人ひとりが、家族のことを考えたうえで、自分が望むワーク・ライフ・バランスをもう一度考えてみることが大切」だと吉田さんは語る。
「たとえば『脱原発』も都知事選の争点のひとつに挙げられていますが、今まで大都市・東京に必要な電力を供給するために『原発』が必要だとされてきたのであれば、『原発はいらない』と考える人は、東京の電力を必要としない——地方に暮らすライフスタイルを選ぶことも選択肢のひとつだと思います」
「また、世代を超えて一緒に子育てをしていくことも大切だと思います。あまり子育てに時間をかけられなかった、おじいちゃん世代も『孫育て』をすることができる。ファザーリング・ジャパンの『イクジイプロジェクト』では、中高年のセカンドキャリアとして『孫育て』を提案しています」
吉田さんが話したように、東京都は、企業や市区町村だけでなく、近隣県などの地域とうまくと連携し、世代を超えて、街づくりを考えていく必要があるだろう。
これからのワーク・ライフ・バランスは、「ふたりで働き、ふたりで家事・育児をする」時代。それは、男女を問わず、仕事をしながら子育ての楽しみを感じられる時代だといえる。私たちも今回の都知事選をきっかけに、もう一度ワーク・ライフ・バランスを見直してみるといいだろう。
【ジャーナリスト、東京都市大学客員准教授 猪熊弘子】
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