「ドイツ人は勤勉」。恐らく多くの日本人が、そう考えていることだろう。しかし、ドイツ人を仕事好きと表現するのには違和感を覚える。なにしろ、とにかく休みが多いのだ。ドイツはEU最大の経済大国として発展を続けながら、ドイツ人は休日をしっかりと楽しんでいる。そんなドイツ人から学べることはあるのか。
今回は、ドイツ在住の日本人やドイツ人を取材し、彼らの働き方やオフィス環境、ワークライフバランスについて話を聞いた。
■ドイツは休暇が大好き。4週間のバカンスも珍しくない
ドイツに来て、真っ先に覚えるドイツ語のひとつに、休暇を意味する「ウアラウプ」という単語があると思う。この前のウアラウプでどこどこへ行って来た、今度のウアラウプではどこどこへ行くの……。頻出単語のひとつである。
ドイツでは、連邦休暇法で社員に対して最低24日間の年次有給休暇を義務づけている。しかし、多くの会社では連邦休暇法より6日多い年間30日に設定している。有給を取得する際は、日曜を挟むので、連続で休む日はさらに長くなる。ドイツでは、4週間続けてバカンスを取るのは珍しくない。
断っておくが、病欠は有給休暇とは別の休暇である。病気のときは、病欠を取ればよい。医師の診断書があれば、最長6週間までは病欠でき、その間は給料も支払われる。有給休暇は、あくまでも楽しみ・休養のために使うものなのだ。
筆者が日本にいた1992年頃、新卒で入社した出版社で働き2年が過ぎたとき、夏休み以外で初めて有給を1日申請したことがある。週末とつなげて旅行がしたかったのだ。
そのとき返ってきた答えは「有給は、病気の時に使うもの」。いや有給は労働者の権利、しかも年度末で何日も残っているのだから何に使ってもいいはず、と最終的には有給を取得したが、どうやら当時の日本ではまだ一般的ではなかったようだ。
しかし、日本では有給休暇を使いたくても単純に仕事量が多く、とても休めないという状況にあるのではないか。私も出版社で働いていたときは「日本に生まれたばかりに、なぜこんなに働かなくてはならないのだろう」「自分の人生って何なんだろう」と、よく考えていた。日本を出たのはそのためだ。
■部下の休暇は上司が管理「仕事が残っていても社員は有給をとります」
ドイツ・ベルリンのシュターディーさんは、コンピューター部品製造会社で働いている。人事部門を統括する彼女も、30日の年次有給休暇を毎年消化しているという。
「日本では仕事が多くて30日の有給休暇などとても無理」と話したところ「もし私の部下が、仕事が多すぎて休めないという状況にあったとしたら、観察して、その理由を考えます。仕事量が多いのか、それとも経験や能力が足りないのか。仕事が残っていても、社員は有給を取ります。やりきれない分は、休暇後でも間に合うか、それとも他の人がやるか、いずれにせよ解決策を考えます」という返事が返ってきた。部下の管理は、上司の役目。部下が休暇を取れないと、上司の管理が悪いことになるのだ。
また、日本やドイツで外資系や日系の企業で働いた後、今はドイツの会計事務所で働く西山亜紀子さん(写真)は語る。
「ベルリン支社で常勤しているのは私だけなので、連続で取れる有給休暇は最長1週間。これは標準より短いです。でも有給をためると、ドイツ人の上司から使うように言われます」
通常、ベルリンオフィスにいるのは西山さん一人で、時折上司が訪れるという。西山さんが勤務する会社では、年次有給休暇は入社時に25日からスタートして、勤続年数が1年増すごとに1日ずつ増えていく。西山さんはこれまでドイツの数社で働いてきたが、有給が25日というのは初めてで、他社ではすべて年間30日だったそうだ。
■長期休暇のために仕事は共有化——不便があっても休める社会がいい
それぞれが長期の有給休暇を取って、果たして業務に支障は出ないのだろうか。
西山さんのオフィスでは、各自の業務内容を、社員の誰もが見られるように共有ファイルに保管(写真)している。長期休暇中にケアする必要がない案件はそのままにし、急用の場合は、社長が共有ファイルを見ながら対応するという。
シュターディーさんの会社では、ひとつの業務を常に2〜3人で担当している。その上で、仕事内容は他の社員にわかるように共有化しているそうだ。
長期休暇を取るのは当然の権利なので、取引先の担当者が休暇で不在でも、怒ったりはしない。数週間後まで待つことになっても、休暇だから仕方ない、と考える。お互い様なのだ。
ドイツに来た当初は、この状況に唖然としたものだが、今ではあきらめている。たとえひと月ストップしても、社会は回る。多少の不便はありながらも社会が回って、みんなが年間30日間休めるのなら、その方がいいと思うようになった。もっとも自分はフリーランスなので、有給休暇の恩恵は受けていないわけだが。
ロッカーの共有ファイルを見れば、西山さんの仕事の進捗状況がわかる。
■プライベートのために仕事を効率化——フレックスタイム制で朝7時出社の人も
そもそも実労働時間自体が、ドイツは日本に比べて短い。OECD(経済協力開発機構)のデータによれば、2011年のドイツの一人当たりの総実労働時間は1413時間。日本の1728時間に比べて短い。日本の場合は、これにサービス残業が加わっている可能性もある。
シュターディーさんの会社では、ドイツで一般的となったフレックスタイム制を導入している。社員は7時から22時までの間に、1日当たり平均7.38時間働けばよい。労働時間は12カ月単位で調整すればよく、例えばある日は10時間働いたとすれば、翌日は5時間で退社しても構わない。守るのは、コアタイムの9時15分までに出社すること。あとは、仕事の状況や個人の都合に合わせられる。
「そうでないと、医者にも行けませんよね」とシュターディーさんは言う。ドイツでは、早く仕事を終えたいために、朝7時から出社する人も珍しくないという。そうすれば、午後3時頃には退社できるというわけだ。
OECDによれば、2012年の労働1時間当たりのドイツの生産性は58.3ドル。日本の40.1ドルよりも高い。有給休暇が多く、労働時間が短いと生産性が上がるのだろうか。両国で働いた経験のある西山さんはこう話す。
「ドイツ人はとにかく早く帰宅したいという意識が強いので、仕事の効率を重視します。社員は皆それぞれ専門分野を勉強してきてプロ意識がありますから、効率化も含めた提案を上司にどんどんしますね。それが受け入れられて、評価につながります。日本の会社では、手書き書類をさらにパソコン入力し直したりと、今思うと無駄な作業が多かったように思います」
ドイツ人にとっては、早く帰ってプライベートの時間を過ごすことが大切なのである。だから、同僚と飲みに行くこともない。アフターファイブは、プライベートだからだ。
■日本と異なるオフィス環境——1室に2〜3人分のデスク
また、ドイツではオフィス環境も日本と異なる。日本のように、同じ部屋に10人近くが机を向かい合わせに並べていることはなく、1室に2〜3人が普通(写真)。デスクでお喋りに花が咲くこともないし、遅くまで残る上司に気兼ねして残業する必要もない。
一言で言うなら、会社は仕事の場。仕事を定時に終わらせて、結果を出すのが評価につながる。逆に言えば、夜遅くまで残るような働き方をしていると、評価が下がる。現実的に日本の都心で、このような環境を整えるのは容易ではないが、少人数のオフィスは集中力を生むだろう。
また、自分の仕事も明示されているため、ドイツ人は自分の担当以外の仕事は、やらない。ドイツに来て「それは私の仕事ではない」という一言を幾度か聞き、突き放された気持ちになることがあった。日本人の私には冷たく感じられたが、ドイツの合理的な働き方を考えれば、そういう対応になるかもしれない。
目的を遂行するために、無駄なことはしない。そう、ドイツ人は合理的なのだ。メンタリティの異なる日本がそっくり真似すればいいとは思わないが、ドイツを参考にしながら、日本に合ったよりよい働き方を模索できるといいだろう。
「もちろん、仕事はハードです。でも、仕事以外の部分で気を遣わなくていいですね。フェアに評価してくれますし、自分の意見を上司や同僚に率直にいえます。日々の仕事を全うするからこそ、休暇もきちんと取りたいし、休暇があるからこそ働けます」
西山さんは、アフターファイブや週末はヨガやジムでリフレッシュし、長期休暇は日本へ里帰りしているという。
仕事を全うするからこそ、休暇もきちんと取りたい——合理的なドイツが大切にするワークライフバランスなのかもしれない。
充実した休みが仕事への集中力を生む。短い労働時間によって生産性を上げる——。プライベートの時間を大切にしながら、経済的な成長をつづけるドイツ。私たちもドイツの例を参考にしながら、日々のワークライフバランスを振り返り、今後の働きかたを考えてみてもいいだろう。