「私がやったほうが良いんじゃないの?」。テレビで少子化問題について語る高齢の男性の政治家を見て、ふとつぶやいたひと言。そこから、「待機児童の問題を解決したい」と政治の世界に飛び込んだワーキングマザーがいる。東京都港区の区議会議員の柳澤亜紀さん(32)。2011年の統一地方選で1歳の長女を抱えながら選挙戦を戦い、初当選を果たした。区議になって約2年半。「私はママさんたちの声を拾って政治に反映する、子育て世代の代弁者。専業主婦でも、働く母親でも、女性が何かを諦めることなく普通に働き、産み、育てやすい国にしたい」と奮闘している。
徳島市出身。大学卒業後、資生堂に就職、マーケティングマネジャーとして全国の百貨店を担当してきた。政治への関心は薄く、「会社で働くことを通じて世の中をより良くしていきたい」と思っていた。その考えが一転したのは、2010年4月に長女・真愛(まお)ちゃんを出産してから。楽しい子育てのはずが、新しく出来た「ママ友」たちの話題は、保育園へ子供を預けられるかどうかの不安ばかり。
「どうして毎日、保育園のことでこんなに悩まないといけないんだろう」。そんな疑問や怒りが消えず、子育て支援策をテレビで語る政治家を見ては「私たちの声ってあんまり政治に反映されていないし、もしかして届いていないのでは」と感じた。調べてみると、保育園の数や定員を管轄し、身近な子育て支援策をしているのは市町村区政。「社会を良くしたいなら、政治家になってみれば」と友人たちも背中を押してくれた。「私のように、実際に子育てをしている女性が政治家になれば、子育て世代の声が反映され、子供を産みたい、育てやすいという国になるんじゃないか」。住んでいた港区からの出馬を決意した。
■エルゴの抱っこひもで真愛ちゃん抱え面接へ
しかし、いきなり壁にぶち当たる。民主党の公認を得るために面接に行こうとしても、核家族で子育てをする柳澤さんには、5カ月の真愛ちゃんを預ける先がない。真愛ちゃんをエルゴの抱っこひもで抱え、国会に向かった。そんな姿を見た民主党幹部らの反応は冷ややかだった。
「誰か預かってくれる人はいるの?」「子供が小さすぎるから、無理ではないか」「今回は出馬を考え直した方がいい」――。予想外の反応だったが、柳澤さんもいったんは「そう言うのも仕方ないかな」と思った。「でも、帰宅しながら『いや、ちょっと待って。だから少子化になるんでしょ』とだんだん腹が立ってきて。都会の核家族で、子供を産むかどうか、子育てしながら仕事を続けるかどうか悩む現状だから、少子化になって日本経済が停滞し、閉塞感のある社会をつくっている。それを打ち破って、変えていかないといけない」。無所属でも出馬しようと思っていた矢先、公認内定の連絡がきた。
■シンガポールへ子連れ視察「自分がやるしかない」
地方議会における女性議員の数は依然少ない。都道府県議会、市町村議会などもあわせた地方議会全体では、わずか11.4%(2012年12月現在)。最も割合が高い東京23区でも25.7%。10年前の2002年の20.2%から上昇しているものの、決して多いとは言えない。
区議になってから、柳澤さんは議会活動や支援者との会合、各地への視察などに追われ多忙な毎日を送る。3歳の真愛ちゃんを保育所に預け、ときには徳島市に住む母親の助けを借りながら、子育てとの両立を図る。昨年2月、シンガポール・マレーシアへの視察には当時2歳の真愛ちゃんも同行した。参加した議員や視察先の人たちも理解を示し、子連れ視察に協力してくれた。「初めてでもまずやってみて、理解してくれる人や制度を増やしていくしかない。自分がやるしかない」
毎月、真愛ちゃんと一緒に町内会の清掃活動に参加している
■ママ友・パパ友との情報交換で政策のヒントを
自身の経験も、ママ友・パパ友との情報交換の場も、柳澤さんにとっては課題を見つけ、政策のヒントを得る場だ。「最近は、急に困ったときに時間が空いている人が、ワンコインなどで互いに助け合える協同組合を作れないかなと。友達にただ頼んだりするのは負担をかけてしまって申し訳ないという気持ちが出てくるけど、そういう形の組合があれば、シッターよりも安いし、気軽に利用できるんじゃないかと思って」
子育て中の母親の視点が議員活動に生かされることは多い。議員になってすぐ、福島第一原発事故の影響をめぐって、区立保育園・小中学校の給食に使用される食材の産地の公表、給食・牛乳の放射能測定が議論になった。風評被害に拍車を掛けるのではないかとの懸念が議会、行政ともに根強かったが、柳澤さんは「被災地の人たちを支援するには別の方法もある。情報すらないと親も何を基準に判断して良いのかわからないし、不安にならなくて良いことも不安になる。子供たちには安全なものを食べさせたい」という子供を持つ親の意見を貫いた。理念を共有できる企業とは違って、議員は意見が全く違う人たちと意見をすりあわせ、合意形成していかなければならない。区は食材の産地の公表や放射能測定を決めたが、柳澤さん自身は政治の難しさを痛感した。
本会議で質問に立つ柳澤さん
■「港区史上最大の保育定員拡大」成功の鍵は
議員になるきっかけとなった待機児童問題は、少しずつ成果が見え始めた。都心に位置し、多くの企業の本社が集まる港区は高層マンションが立ち並び子育て世代も多い。待機児童は195人(2013年4月1日)だが、全体に占める待機児童の割合が高く、1歳児を中心に「待機児童ゼロ」には至っていない。港区は2013年度、私立認可保育園の新規誘致や緊急暫定保育施設を前倒しして開設するなどして、2014年4月までに定員を1363人まで大幅に増やす予算を計上。「港区史上最大の定員拡大」となった。
柳澤さんは「子育て世代の声が少しずつでも、今は、確実に大きく届き出した!若い世代、子供を持つ議員が増え、粘り強く言うことでより伝わった。やっとここまでこれた」と感じている。待機児童問題をめぐっては、まだまだ対策が必要だ。他の地域からの転入者も多く、今後も定員を上回る需要が増えることが予想されるからだ。「保育所に入れず育休を延長した」「保育所に入れるなら、働きたい」という潜在的な待機児童もいる。柳澤さんは子育て世代以外の人たちにも、待機児童問題が生まれる過程や背景を粘り強く話すことを心がけている。すると、ほとんどの人は共感し理解してくれるという。「子供は地域の宝、日本の宝。将来の日本を支える納税者なんです。子供を産むのをどうしようとか、2人目の出産をどうしようとか、そういう悩みは完全になくしたい」
私生活では離婚を経験した。「シングルマザー、シングルファザーが堂々と子供を育て、周りも助け合える社会を作っていきたいという気持ちが以前より強くなった。社会観や家族観、倫理という意味では逆行しているという意見も必ずあるとは思うけれど、悩みに悩んで出した結論は応援していきたい」
娘の真愛ちゃんと
■「みんなの声が欲しい、これが民意です、ともっと言いたい」
待機児童ゼロは、もちろん大事な問題。だが、赤ちゃんを抱えたお母さんに電車で席を譲らない、重いベビーカーを運ぶお母さんに手を貸さない、出産育児で仕事のキャリアを諦めなければいけない・・・ お母さんやお父さんが肩身の狭い思いをする現状を少しでも変えることが、少子化解決の糸口だと信じている。今、力を入れているアジアヘッドクォーター特区や国家戦略特区などによる外国企業の誘致など経済活性化もその1つだと捉えている。「待機児童の問題が少しずつ変わったみたいに、みんなの声が欲しい。これが民意です、ともっと言いたい」
■弱点克服より、強みを伸ばすことに重点を
「子育て中の母親」であること、「政治家らしくない」こと。柳澤さんは、弱点にもなり得る点を強みにしてきた。「限られた時間の中で、弱点を克服するより、自分だけの強みを伸ばした方が、いい結果がついてくる」と断言する。「私と同世代の30~40代の人たちには、自分たちの暮らしや社会を良くするために何が出来るのかを常に考えて行動してもらいたい。誰かがやってくれるじゃなくて、自分から動いて欲しい。待ってよかったということは一つもないから」
■20歳のあなたへ
「『この子かっこいいな』と思うんですけど、風が強いときとか暗いときとか『大丈夫、真愛ちゃんが守ってあげるから』って言うんです。私のまねですけど」。真愛ちゃんの話になると、表情が緩み穏やかな笑顔に変わる。「真愛が生まれたときに、この子を守ると思ったけど、真愛が私を強くしてくれた。真愛がいるから頑張れるし、真愛のためならいくらでも強くなれるし、何でも出来る」
柳澤さんは区議選に出馬する直前、20歳の真愛ちゃんに宛てて手紙を書いた。
子供を産み育てにくい、女性が働きにくい、積み上げてきた価値観やキャリアを維持し続けにくい、今の社会。このままだと、20年後の彼女も同じ問題にぶつかり、悩んだりするかもしれない。それならば、少しでも早くその社会を変えたい。あなたが大きくなるまでに、子供を産み育てやすい社会を作って、真愛が生きる未来を人々の笑顔でいっぱいにしたい。そんな思いを込めて――。
ねえ、あなたは幸せですか?
この手紙を読んでいる今のあなたの世界が、
キラキラした夢あふれる世界でありますように。
あなたのママより
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