「大切なのは、手間を楽しむこと」映画を撮り、畑で豆を育てるーーカフエ マメヒコの井川啓央さんに聞く「未来のつくりかた」

東京のカフェが、自分で映画を作り、自分のお店で上映する。大手企業が台頭し、街や文化が画一的になる今、小さな企業はどうあるべきなのかが多くの業種で問われている。効率や利益を目的にするのではなく「人が集まることを目的にする」カフェを作り続けている、カフエ マメヒコの井川啓央さんが描く「これから」を聞いた。
Kan Kanbayashi

東京のカフェが、自分で映画を作り、自分のお店で上映する。

映画『さよならとマシュマロを』は、ありふれたカフェの日常をみつめた作品だ。本作の脚本・監督を手がけたのは、渋谷や三軒茶屋にあるカフエ マメヒコのオーナーであり、ディレクタ―の井川啓央(いかわ・よしひろ)さん(写真)。主演の田口トモロヲさんや木野花さんなどのプロの俳優陣のほか、マメヒコで働く店員やお店の常連さんたちが出演するなど垣根のない映画作りが特徴だ。

この作品は、2013年の春に撮影され、その後10月から3カ月間、渋谷のマメヒコ宇田川店で上映された。この映画を観るために、北海道や福岡、なかにはイタリアなど、遠方からマメヒコに足を運んだお客さんがいたという。

大企業が全国に展開し、街や文化が画一的になる今、小さな企業はどうあるべきなのかが多くの業種で問われている。効率や利益を目的にするのではなく「人が集まることを目的にする」カフェを作り続けている、カフエ マメヒコの井川さんが描く「これから」を聞いた。

■カフェを人の集まる場所に、情報を発信する装置に

井川さんは、テレビのデジタル放送のコンテンツを制作する会社を2003年に立ち上げ、2005年に、東京の三軒茶屋でカフエ マメヒコを始めた。

「数は少なくとも、観てくれた人には“作り手の姿勢”がちゃんと届く、そんな番組をテレビでやりたかった。でも、ボクの立場では、そういう番組を制作する機会は多くありませんでした。そんなときに『カフェをやってみたら』という人がいたんです。カフェなら、一度に多くの人には届けられませんが、目の前にいる人に確実に届けられる何かがある。テレビに比べれば、随分自由に見えたんですね」

カフエ マメヒコは、カフェ激戦区の東京のなかでは異彩を放つカフェとして支持され、三軒茶屋のほか、渋谷の宇田川町、公園通りなど、それぞれ違った顔を持つカフェとして成長した。今では、北海道で自分たちの農地を持つほか、フリーペーパーやラジオ、演劇や映画などを通じて、幅広く発信している。

■キャストに合わせた物語を、アイスランド人監督が撮影

そんな井川さんが脚本、監督、制作を手がけた映画『さよならとマシュマロを』(マメヒコピクチャーズ)も、一風変わった作り方をしているという。

「一般的ではありませんが、ボクは材料が全部そろわないと脚本を書きません。ボクの中にどうしても表現したい何かがあって、映画を作ってるわけではありませんですから。『カフェであるマメヒコとして映画を作りますよ、みなさんやりませんか』と宣言し、それに同意してくださったみなさんで作ることに意味があるんです。いってみれば同志です。田口トモロヲさんや木野花さんなど、忙しいみなさんにスケジュールも全部決めていただいて、それからシーンの数を決め、ストーリーを考えます」

震災がきっかけで店を辞めていくカフェ店員の悲哀を描いたストーリーも、演じた富山恵理子さんが、たまたま東北出身だったからだという。北海道の富良野で有機農業を営みながら役者を続けていた水津聡さんは、前作の『紫陽花とバタークリーム』を、たまたまマメヒコで観たことが縁で、今作の出演に至った。『さよならとマシュマロを』では、有機農業を営む農家の役を好演している。

また、今作を撮ったカメラマンは、アイスランドに住むアロさんという25歳の映画監督だ。

「彼は『紫陽花とバタークリーム』を観たあと、長い長い感想文をメールで送ってきました。それも英語で。そんなこと書いてくれる日本人もいなかったから、うれしかったし、面白いなと思いました。『次に撮ることがあればぜひ関わりたい』みたいなことが書いてあったので、じゃあ会いましょう、と」

彼は、自らのカメラで映画の舞台となった三軒茶屋のマメヒコを撮影し、ひとつの作品に仕上げて井川さんに見せるなどの熱意があり、今作での起用を決めたという。

「熱意とセンスがあれば言葉の壁なんてどうにでもなります。『もっと右』といえば、ちゃんとアロは右にカメラを振る。今、ボクらが作っているもの、やろうとしていることが何なのか、わかっているからなんです」

プロやアマ、国籍といった垣根を作らず、やりたいと手を挙げた人をうまく巻き込んでいく井川さんのオープンな姿勢や柔軟な仕事ぶりが伝わってくる。

■手間をかければ、カフェだけでなく、映画も畑もできる時代

多岐に渡るマメヒコの活動がうまくいく秘訣は何だろうか。井川さんは「手間をかけること」と答えた。

「ボクは、北海道の千歳空港の近くにある駒里というところに、1ヘクタールの有機の畑を借りています。畑代は年間5万円です。その他の費用はかかりますが、お金は大したことない。ただ、それよりも『めんどくさい』のは確かです。北海道に住んだ経験のない人間を、半年間も向こうに住ませるんですから。それも無農薬、有機栽培をやれと(笑)」

「でも、この『めんどくさい』を嫌がっていたら、ボクらのような小さなカフェは、そもそも存在価値がないのではないでしょうか。『めんどくさい』を面白がるユーモアが何より大切なことだと。それはマメヒコを通じてボクが学んだことですね」

井川さんは、春に映画を撮ったあと、夏の畑を管理するために千歳に引っ越したそうだ。晴れた日はトラクターに乗り、雨の日は最新のソフトを北海道に持ち込んで映画の編集作業をしていたそうだ。

「今のボクらには、デジタルの恩恵がある。映画だって、そのチラシだって、ソフトを使えば何だって作れる。実際の編集作業では、アイスランドと何度かデータのやりとりもしました。今を悲観しないで、できることに目を向ければ、本当に何でもやれる良い時代になった。そのことを信じることです」

■日本に必要なのは、グローバルとローカルのバランス

これからの日本は、グローバルとローカルのバランスを持つことも大事だと井川さんは語る。

「今の日本のメディアは、グローバルなものを取り入れましょうと伝えることには一生懸命ですけど、ローカルなものにはあまり目を向けませんよね」という。

「例えば、スペインでワインを作っている一家や、スイスの山奥でチーズを作りつづける職人は、雑誌でもテレビでも我先にと取材します。そして彼らから何かを学びなさいと伝えます(笑)。そして、飲食店もそれに追随しています。一方で、半径10m以内の人たちの魅力には気づかない、または極めて冷たいですね。国産のオイルを取り扱うより、ヨーロッパからオリーブオイルを取り揃える方が、商売のタネになる、つまり金になるというのは、ボクも店をやっていますからわかりますが」

「そういう意味で、日本は選択肢があるようで実はないといえます。渋谷には、グローバルチェーンや大手企業が経営する飲食店は増えましたが、それ以外のお店は見つけるのが難しい。携帯電話も各社、各機種、取り揃えております、と選択肢は増えたように見えますが、携帯を持たないという選択肢は『ありえない!!』とされてしまいます。ボクも『ありえない!!』というと思いますが、寛容さが薄れつつあって、窮屈に感じている人が多いのかなと思います」

誰もが大手チェーンのサービスを受けやすくなった時代。ローカルな視点を持ちながら、そのときどきのニーズに合わせて、自分で選択する意識を持つことが大切なのだろう。

■大きすぎず、小さすぎない、個性ある中間のカフェをやる

「昔、渋谷にも小劇場がありました。美輪明宏さんやイッセー尾形さんが、模索しながら表現されていて、何よりそれを受け入れる観客が渋谷にいたんだと思います。時が過ぎて、観客がいなくなり、やがて場所もなくなった。小さな映画館もそうですね。お客さんがいっぱいいれば、今でも残ってたはずです。観客が待ちきれなくなったんですよ。未完成に」

「今は、どうやって作っているのかわからないほどの完成品に囲まれていますよね。ちょっとした未完成も許さない。ボクの作るマメヒコは工業製品のような純度ものは望んでいないし無理だけれど、かといって未完成を開き直ってもいけないとも思っています。サイズは、大きすぎす、小さすぎないものがやりたいんです。難しく苦しいですが」

そして、カフェこそ「ミクロを正確に伝えることで、マクロなテーマを発信することができる」場所だという。

「ボクらが作る映画は、毎日カフェに立つボクらしか知らない、小さなディテールをきちんと描けるかが大切だと思います。そこを描けば、必ず普遍的な問題やテーマに行き着きます。マメヒコで起きている悲喜こもごもは、永田町でも起きているはずだし、世界の端でも起きている。カフェを維持する苦労を通して、カフェから世界が見えると気づいたことが、ボクが映画を作れると思った理由です」

「何でも考えながら始めてしまう癖があるので、いつも『理由』がわかるのはしばらく後になってからですけど。お客さんが、押すな押すなと来るわけじゃないですから、失敗してもあんまり気づかれません(笑)。楽しくやり続けようと思っています」

2014年、映画の3作目の準備がすでに始まっている。夏には撮影の予定だ。2月には、映画にも出演した富山恵理子さんがやるマメヒコ一人劇「お天道様とお月様」を宇田川町店で上演するという。さらに、マメヒコが発行しているフリーペーパー『M-HICO』も隔月で刊行するなど、今年もマメヒコの挑戦は続く。

「この国には、身を引くことを良しとする文化がありますが、自分の名前で仕事をするのは、迷惑をかけることなんです。『ご迷惑をおかけして……』と遠慮するのはくだらないこと。『十もらって十返す』でいいんですよ」

井川さんは、「しつこさとおせっかいは、地球は救うんです」といって笑った。

※「人が集まることを目的にする」カフェを作り続けるカフェ マメヒコの取り組みについて、どう思いますか? あなたの声をお聞かせください。

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