焦点:強大化する中国軍、習主席にとって「諸刃の剣」
中国の習近平国家主席は、かつての最高指導者トウ小平氏が後継者に残したとされる教えを忠実に守っている。最高指導者としての執務時間の多くは、人民解放軍(PLA)幹部たちと過ごせというものだ。
昨年11月に共産党総書記に選出された1カ月後、習氏は最初の本格的な政治視察地として広東省を訪れた。同視察に関する公式資料によると、滞在中5日間のうち、習氏は3日間を軍の基地で過ごした。
共産党の戦士だった元副首相の習仲勲氏を父親に持つ習氏は、軍の「友人」としてキャリアを築き、中央軍事委員会で要職を務めた軍歴もある。しかし、軍視察の際は「軍隊は党の絶対的指導力を支持し、党の命令に従わなくてはならないことを肝に銘じておくべき」と語るなど、人民解放軍に自身への「忠誠」も求める。
軍事専門家らは、党が第一という習国家主席の確固たる姿勢は、巨大化する軍の頂点で同国指導者たちが感じている不安の表れだと指摘する。人民解放軍が力をつければつけるほど、その扱いは難しさが増してくるからだ。
人民解放軍が国際的に存在感を増すことは、平和を愛しつつ軍事的に強い国家を目指すという習主席が掲げるスローガン「中国夢(チャイニーズドリーム)」実現には不可欠な要素だ。
しかし、習主席はトウ小平氏や毛沢東氏に比べると、真の軍人ではない。むしろ胡錦濤氏や江沢民氏と同様、基本的には生粋の政治家だ。
習主席は前任者2人と同じく、共産党政権を維持するために軍をコントロールしておかなくてはならない。ただ、前任者たちの時代と違うのは、冷戦後初めて米国の制海権に本格的に挑戦するなど、人民解放軍がかつてないほど自信にあふれているという点だ。
人民解放軍の事情に詳しいシンガポール国立大学の黄靖教授は「習氏が軍をコントロールするようになるには時間がかかる」と指摘。その理由として、現在の軍高官の多くは習氏ではなく、前任者たちが任命した人物であることを挙げている。
中国の国防費は現在、米国に次ぐ世界第2位で、人民解放軍は兵士230万人を抱える。中国海軍は太平洋で力の誇示を拡大しようとしており、何年にも及ぶ軍拡により、人民解放軍は米国や周辺国との「力の差」を縮めつつある。
<劇的な変化>
中央軍事委員会主席である習氏は、共産党総書記や国家主席であると同時に、軍の最高司令官でもある。
中国海軍の艦船は現在、南シナ海や東シナ海の領有権問題を抱える海域でも活動している。米海軍によると今月5日には、中国海軍の艦船が、米国のミサイル巡洋艦「カウペンス」と南シナ海で異常接近した。公海上で起きたとされる同事案について専門家らは、中国初の空母「遼寧」の訓練を米軍に監視させないようにする意図が見えると指摘する。
先月には中国は、尖閣諸島(中国名・釣魚島)を含む東シナ海上空に防空識別圏を一方的に設定。同空域に戦闘機をスクランブル発進させているとしている。
中国は海賊対策としてインド洋にも海軍の艦船を派遣しており、人民解放軍兵士はアフリカや中東では平和維持活動にも従事している。
また、中国内外の軍事アナリストによると、人民解放軍で核ミサイルを保有する第二砲兵部隊は、今後9年間は続くであろう習近平政権の間に、同国初の弾道ミサイル搭載原子力潜水艦を配備するとみられている。
これらはすべて、劇的な変化だ。1990年代後半に中国を訪問した外国軍当局者の目には、人民解放軍の貧弱な装備は冷笑の対象として映っていた。しかし30年以上にわたる軍事費拡大や海外技術の導入、訓練の改善により、人民解放軍は変貌を遂げた。
中国が直面する軍事的問題が複雑さを増すなか、習主席は、米国の国家安全保障会議(NSC)をモデルにしたとみられる国家安全委員会の新設を決定した。
同委員会の詳細は明らかにされていないが、各国外交官らは、警察、軍隊、情報機関、外交機関に分散されている安全保障機能の連携を強化するのが目的とみている。事情に詳しい複数の関係筋によると、中国版NSCは習主席が直接指揮をする可能性が高い。
習主席はまた、軍幹部と密接な関係を保っている。軍事演習などを視察する際にはほぼ常に、軍の最高幹部2人、中央軍事委員会副主席の范長龍氏(陸軍上将)と許其亮氏(空軍上将)が脇を固めている。
さらに、軍上層部に自分の息のかかった人物を据える人事に着手するのも早かった。昨年11月に胡錦濤氏から中央軍事委員会主席を引き継いだ数日後には、第二砲兵部隊司令員の魏鳳和氏を上将に昇進させた。
今年7月と8月には、6人を大将に、18人を中将に昇進させているが、インド防衛問題研究所によると、これら24人のうち11人は政治委員。同研究所のビジョイ・ダス氏は「要するに『銃を持っているのは党だ』ということを確かにするための動きだ」と語っている。
習主席は一般兵士たちとの交流もぬかりない。軍仕様のカーキ色のシャツとズボンに身を包み、簡易食堂で談笑しながら兵士たちと一緒に食事する様子も国営メディアなどを通じて伝えられている。
<軍部にも「太子党」>
習氏はすべての中国共産党の指導者たちと同様、人民解放軍が党と運命共同体であると強調する。習氏自身、軍幹部との関係を強固なものとする上で、有利な生い立ちの持ち主だ。
父親である習仲勲氏は、共産党の「革命戦士」から副首相にまで上り詰め、中国の経済ブームに火をつけた市場改革の考案者でもある。「太子党(党高級幹部の子弟)」の1人である習近平氏は、「共産中国」の設立に関わってきたエリート層の子弟と親交を深めてきた。
習氏はこれまで、人民解放軍と歩調を合わせてキャリアを歩んできたように見える。清華大学を卒業後、現在は自身がトップを務める中央軍事委員会弁公庁で、国防相の耿ヒョウ氏の秘書となった。耿ヒョウ氏はかつて習仲勲氏の部下だった。
習近平氏には階級こそなかったが、仕事は軍務とみなされていた。指導部のある関係筋は「軍部は習氏を自分たちの仲間だと考えていた」と語る。
習氏は地方官僚として出世していくなか、人民解放軍と人民武装警察の傘下にある地方の軍司令部で、政治委員としてのキャリアも積んでいく。
習氏が出世階段を上っている間、当時の江沢民国家主席は、現在も権力を維持している軍幹部を多数登用した。トウ小平氏から、軍幹部たちに気を配るよう教えを受けていたのは江氏で、その江氏は引退してもなお影の実力者であり続けている。
江氏の後を継いだ胡錦濤前国家主席も同様に、習氏にバトンを渡す前に軍部を引き立て、自らの立場を確かなものにしようとした。
一方、最高指導者となった習氏は、ほかにも予算を割く必要があるにもかかわらず、膨大な軍事費を維持する姿勢は崩さないようだ。
しかし、中国では依然として約1億人が貧困に苦しんでいるとされ、保健衛生や教育、公害対策に多くの予算を費やすよう圧力が高まっている。
今年の中国の国防予算は前年比10.7%増の1190億ドルに上る。予算に反映されない支出もあるとされ、多くのアナリストは実際には2000億ドル近くになると予想している。これは、米国に次ぐ大きさとなる。2012年の米国防予算は5660億ドルだった。
<軍幹部に「盟友」>
習氏は昨年11月、共産党総書記に選出されると、中央軍事委員会の大規模な人事刷新を行った。共産党中央委員会の制服組は10人中8人が入れ替わった。
この8人の中に習氏の盟友がいるかどうかは明らかではないが、中国軍事の専門家や大使館付き武官らは、習氏と特に近しい軍人が数人いることを確認している。
その1人は中央軍事委員会メンバーで、人民解放軍総装備部部長の張又侠氏。あとの2人は中央軍事委員会には属さない劉源氏(陸軍上将)と劉亜洲氏(空軍上将)。習氏と同様、この3人も「太子党」だ。
張氏は人民解放軍元幹部の息子で、軍関係筋によると、習氏は昨年、張氏を中央軍事委員会副主席の1人にさせたかったが、江沢民氏と胡錦濤氏の反対にあったという。
一方、劉源氏は劉少奇元国家主席の息子で、人民解放軍総後勤部の政治委員を務める。習氏はこれまで、幾度となく公に劉氏との親密な交友を認めている。劉氏はまた、収賄と横領、職権乱用の罪で無期懲役判決を受けた元重慶市共産党委員会書記の薄熙来氏とも親交があった。
最近、劉氏は軍の汚職について激しい批判を展開している。シンガポール国立大学の黄氏は、「劉源氏自身が汚職撲滅のシンボルとなっている」と指摘。こうした動きは、習主席が注力する汚職撲滅活動とも一致する。
劉源氏はまた、昨年に総後勤部の副部長だった谷俊山氏を解任するのに一役買った。ただ、この代償は大きかったかもしれない。政権指導部とつながりのある人物は、「彼はこの一件で昇進を逃した。薄熙来と親し過ぎることも原因の1つ」だと語った。
<声なき戦い>
劉亜洲氏は、トウ小平氏の時代に国家主席を務めた李先念氏の義理の息子にあたる。
一時、劉亜洲氏は人民解放軍の中で最もリベラルな1人として知られていた。汚職を撲滅し、優秀な人材を指導部に登用する環境をつくるためには、民主的な政治システムが必要だとあえて主張したこともあった。中国では通常、こうした意見を公言する「反乱分子」は弾圧を受けることになる。
国防大学政治委員を務める劉氏は今年、「較量無声(声なき戦い)」というドキュメンタリー映画を共同制作した。軍内部向けに制作されたとみられる同映画は、米国の「ソフトパワー」について、中国共産党を打倒する狙いがあると警告。劉氏は映画のなかで「米国は、中国に接近し、自らが主導する世界的な政治システムに融合させることで、中国を容易に分裂させることができると確信している」と述べている。
同映画では、他の軍幹部も同様の警告を発している。なかでも最も印象的なのは人民解放軍の最高司令官であり、中国共産党トップである習氏の引用だ。
「中国を抑え込もうとする西側諸国の戦略的目標は、決して変わることはないだろう。わが国のような社会主義大国が、平和的な発展を遂げるのを絶対に見たくはないはずだ」
(David Lague記者、Charlie Zhu記者、翻訳・編集:宮井伸明、伊藤典子)