「賃上げの春」来るか 一部だけしか恩恵ないとの見方も【争点:アベノミクス】

大手企業が来春の賃上げに積極的に応じる姿勢を示した。しかし、賃金アップは一部に留まるのではないかという見方がある。どのような状況なのか。
首相官邸

賃上げの春は来るのか−−。

大手企業が賃上げに積極的に応じる姿勢を示した。10月17日に開催された政府・経済界・労働界で雇用の改善策を話し合う「政労使会議」の第2回会合において、トヨタ自動車と日立製作所などの経営トップは、来年の春闘で賃金のベースアップ(ベア)実施を前向きに検討する考えを表明した。

この日の会議では、甘利明経済再生担当相が先に政府がまとめた経済政策パッケージを説明した。経団連の米倉弘昌会長は、経済政策パッケージを高く評価するとしたうえで「経済界としても政府のメッセージを受け止め、全力で取り組む。収益改善を投資へ振り向け、雇用促進や賃上げにつなげることが重要だ」と述べた。会議終了後には記者団に「設備投資、賃上げというかたちで収益を回していきたいと経済界の決意を伝えた」と語った。

トヨタの豊田章男社長も「従業員の将来の安心を醸成するため、賃金を含めた処遇の改善が必要だ。業績の改善を報酬の形で還元することを検討したい」と発言。日立の川村隆会長は「報酬に関しては従来の定期昇給を中心とした賃金の対応を見直すことも含めて検討する」とし、会議終了後には記者団に対し、次の春闘でのベースアップも選択肢と踏み込んだ。

(ロイター「経済界は賃上げに前向き、ベアも選択肢 2回目の政労使協議」より。 2013/10/17 22:35)

政府はデフレ脱却のために、アベノミクスの三本の矢の一つとして、まず金融緩和を実施。国外からも円安政策との非難を受けかねない金融政策ではあったが、マーケットにも歓迎され、景況感も好転している。しかし政府の目的は、労働者の給与を増やす「賃上げ」だ。賃上げが実施されれば消費も増え、それが企業の利益につながる好循環を作り出す。

安倍首相は設備投資減税や、企業だけ優遇との非難も多い「法人税減税」の検討にまで言及。その代わり、企業側にも賃上げを行うよう要請してきた。

これらの政府要求に対し企業側は、ボーナスなどを引き上げる対応を行ってきたが、政府与党からは「ベア」の検討を依頼されていた。「ベア」とは、ボーナスアップなどの一時的な対応ではなく、賃金そのものを引き上げる方法だ。

企業の賃金カーブに基づいて、年齢に応じて賃金がおおむね増えていく定期昇給(定昇)に対し、賃金カーブそのものを底上げする増額方式がベースアップ。好調な収益を従業員に息長く還元したり、インフレによる所得の目減りを調整したりする効果がある。不況やデフレに伴い、90年代半ばごろから経営側は人件費総額が増えるベアを拒むようになり、一方の労働組合側も要求そのものを見送る流れが続いてきた。

(kotobank「ベースアップ(ベア)」より。)

業績に左右されるボーナスとは違い、賃金そのものは一度上げたら下げるのが難しい。企業側から見ると賃金コスト上昇につながりリスクが大きいため、不況が続く近年ではベアがなかなか行われない状況となっていた。来春の春闘でベアが実施されれば、トヨタ・日立ともに、リーマン・ショック前の2008年以来、6年ぶりとなる。トヨタ・日立両社は春闘でリード役ともなっているため、他の労働賃金交渉にも影響を与えそうだ。

しかし、懸念点もある。まず考えられるのは、地方や中小企業が追随できるかという点だ。

とはいえ、企業収益にはばらつきがある。円安や燃料価格の高騰が重荷になっている企業もあるほか、中小企業は大企業に比べて景況感はよくない。賃上げに前向きな企業でも大半はベアには慎重だ。「経団連が賃上げを呼びかけてどれだけ実効性があるのか、疑問だ」(連合関係者)とする見方は根強い。

朝日新聞デジタル「企業減税、賃上げ後押し ベア検討、波及は不透明 政労使会議」より。 2013/10/18)

また、非正規雇用者の賃金は上がるかという点も疑問が残る。国税庁が9月に発表した民間給与実態統計調査では、正規従業員が非正規の3倍近くの給料をもらっている実態も明らかになったという。

日本が結果的に生産性の低下に邁進してきた原因は明らかである。それは雇用の維持だ。日本は企業の生産性の向上よりも雇用の維持を優先させてきた。だが経済が拡大しない中ではそれにも限界がある。従来の環境では雇用を維持できなくなった分は非正規社員という形で極端に給料が安い就労形態に切り替え、正規社員の給与も抑制することによって、なんとか全体の雇用を維持してきたということになる。

ちなみに、国税庁では今回の調査から正規社員と非正規社員を区別して統計を取っている。全体平均は408万円だったが、正規従業員は467万円、非正規従業員は168万円となっており、正規従業員は非正規の3倍近くの給料をもらっている実態も明らかになった。

(ニュースの教科書「平均給与が下がり続ける理由とは?」より。 2013/10/01 11:23)

賃金の高騰は、思わぬところにも影響が出そうだ。例えば、2020年のオリンピック開催に向けた設備投資。建設業界などでは既に、公共工事の入札が成立しない「不調」が発生しているという。

「人手不足は関連する全業種に波及している。政府には、外国人労働者にビザを発給して現場で働いてもらう対策も本気で考えてほしい」。東京都内の中堅建設業者はため息をつく。地元自治体が発注した健康施設は最近、3回目の「不調」となった。背景にあるのは資材価格や人件費の先高感で、数年に渡る工事期間中に経費が高騰しかねないため。「受注すれば赤字になると考えて入札への参加を見送った」とこの業者は話す。

(MSN産経ニュース「補正で配分も…人材難と資材高騰に建設業、公共工事入札「成立せず」」より。 2013/10/17 13:34)

雇用の問題はまだまだ山積みだ。安倍政権はどこまで雇用の規制緩和を進めるのか。企業、労働者、両側の目が光る。

雇用の規制緩和と賃上げのバランスに関して、あなたはどう考えますか。ご意見をお寄せください。

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