「イプシロンの打ち上げは午後2時に延期します」
係員のマイクの声に嫌な予感が走った。まさか、今回も打ち上げできないのか。9月14日午後1時半ごろ、ロケット打ち上げの現地実況をしていた私は焦った。
12年ぶりの国産新型ロケット「イプシロン」の初号機。その打ち上げを現地で見るのは念願だったが、8月27日には行くことができず忸怩たる思いだった。その日、カウントダウン中に発射が中止され、発射が延期されたことで、表現は良くないが「チャンスだ」と思った。打ち上げ日が9月14日に決まったのは、9月9日のことだった。記事を書き終わると急いで関係各所に問い合わせ、飛行機とレンタカーを予約した。取材協力者の尽力もあり、ついにロケット打ち上げの模様を間近で見ることが可能になった。
9月14日に私が訪れたのは鹿児島県肝付町の宮原(みやばる)一般見学場だ。公的な見学場のうち、山中に築かれたロケットの発射台が見えるのは、この場所のみ。そのため人気が高く事前応募制で、30倍近い倍率を勝ち抜いた猛者が集っていた。
鹿児島県内の人から都内まで、イプシロン初号機の打ち上げを一目見ようと日本各地から観客が訪れている。高価そうな望遠レンズ付きカメラを抱えた玄人っぽい人から、小さい子供を連れた家族連れまで老若男女さまざまだ。
近隣の鹿児島県鹿屋市から来た教育関係者の男性(50代)は、「内之浦のロケット発射を見るのは7年前以来なので楽しみ。あの感動をまた味わいたくて来た」と期待に膨らます。
東京都三鷹市の30代の女性は「天文好きの同僚と一緒にくる予定でしたが、彼女が仕事の都合で来られなくなったので、朝一番の飛行機で一人で駆けつけました。昨日まで仕事していたので、職場からは『本当に行くの?』と、びっくりされました。打ち上げ、楽しみです」と話していた。
見学場には観光協会などがイプシロングッズを売る出店があったほか、出張コンビニも出ており賑わっていた。携帯電話の移動通信車も各キャリアがこぞって出していた。
曇っていた空に日が差し始め、気温が上昇して蒸し暑さでいっぱいになっていた午後2時。観客から「イプシロン頑張れ!」とかけ声が飛び、カウントダウンが始まった。10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0。
ロケット発射台に閃光が走り、猛烈な煙を吐きながら、音もなくロケットが上昇していく。辺り一面から「やったー!」と歓声が飛んだ。カメラを持つ手が震えるが、懸命にシャッターを切った。
と、発射から数秒してから轟音が聞こえた。そうか、光は一瞬で届くが、音はこれだけ距離があると届くのに時間がかかるんだと改めて実感した。2.8キロ先にあるロケット発射台から、ここまで音が届くのに約8秒もかかる計算だ。そんなことを考えている間にも、ロケットは雲の間を突き抜け、空の彼方に消えていった。あっという間の出来事だった。空には白い煙が、ゆっくりたなびいていた。
東京都江東区の会社員の男性(20代)は、興奮さめやらぬ様子で次のように話していた。
「感動して泣いちゃいました。前回の打ち上げ中止は残念でしたが、今回は上司が宇宙開発に理解があるので、一週間夏休みを取って来ました。ロケットが無事に上がって本当に良かったです。地元の内之浦の人にお世話になり、優しくしてもらったので、また打ち上げに合わせて訪問して、内之浦をゆっくり見物したいです」
ロケットが山々の間から飛んでいく様子は、子供の頃に見たSF番組を見ているかのようだった。人里離れた秘密基地のような内之浦宇宙空間観測所から、今後も次々とロケット発射されることを期待している。
【関連記事】
【※】JAXAによると、イプシロンロケットは正常に飛行し、打ち上げ約61分後に人工衛星を分離したことが確認された。この惑星分光観測衛星(SPRINT-A)の愛称は「ひさき」と命名された。「ひさき」は約2ヶ月間の初期運用後に実際に観測や運用を開始し、2014年にはハッブル宇宙望遠鏡やX線天文衛星「すざく」、ハワイの地上望遠鏡などと一緒に、それぞれの観測機器で木星を観測する予定だという。
■JAXAによる中継動画