昔、ある会社に、「オレは部下に仕事を教えたりはしない」という、トップ営業マンがいた。
私は当時、「営業の技能伝承をして欲しい」という経営者からの依頼に沿って仕事をしていたので、この方には大変困っていた。
そこで私は、その方に、「部下に仕事を教えないのは、なぜですか?何か考えがあってのことですか?」と尋ねた。
その方は、少し回答を渋っていたが、こう答えた。
「一つ目は、私が10年以上かかった技能をカンタンには教えることが出来ない、という点だ。ノウハウはあるが、言葉にすることができない。
例えば、初対面の時にお客さんを褒める、というのはよく言われているが、褒めないほうが良い場合も多い。本質的にはケースバイケースだ。」
私は「なるほど、たしかにそうですね」と答えた。
彼は続ける。
「もう一つは、私が持つノウハウは、私のものだ。なぜ共有しなければいけないのか。共有して何か私にメリットはあるのか。私の知識は会社のものではなく、私のものだ。」
かれは一息つくと、
「というわけで、安達さん、悪いね。社長の思惑通りにはいかないってことだ。嫌ならオレをクビにすればいいよ。」
といった。
この手の話は実はこの1社だけではなく、いたるところで話題だ。
中には業を煮やして、全ての営業マンの行動記録をSFA(セールスフォース・オートメーション)、すなわち営業支援システムを使って残せ、という経営者も多い。
(実際、SFAはそのような目的でかなり売れている)
だが、残念ながら殆どの会社でそのような試みは失敗する。先のトップ営業マンが言うとおり、営業は本質的にケースバイケースであるし、営業マンが知識を共有するインセンティブはあまりにも小さいからだ。これは精神論では解決しない。
また、強権的にノウハウを吸い上げても、結局はトップ営業マンが会社を離れてしまい、いずれ「平凡な営業マンしかいない会社」になることは避けられない。
だから、「トップ営業のノウハウを共有する」なんてことは、実際には机上の空論になりがちだ。
では、どうすればいいのだろう。
おそらくそれには、本質的な価値観の転換が必要だ。「営業の属人化」を防ぐ手立ては一つしか無い。
私が知るかぎり、属人化を排除することに成功した会社が共通してやっていたのは、
「商品開発」
である。すなわち、「トップ営業マンのノウハウを共有させることにリソースを費やすよりも、誰でも売れる商品を開発することにリソースを投入する。」
ということである。
「商品開発?営業と関係ないじゃないか」と、仰る方もいるだろうが、実は、ピーター・ドラッカーは著作「マネジメント」の中でこのように述べている。
"マーケティングの目的とは、販売を不要にすることである"
つまり、営業プロセスや営業担当者の意識を改善するのではなく、「マーケティング」、すなわち、新しい市場を作り出したり、商品を改良したりすることで「営業」に力を入れなくても済むようにする。
それが肝心だということだ。
業績不振の原因を営業に求め、SFAなどにリソースを費やすのも良いが、根本的な商材の改善がない限り、その会社は「トップ営業マン」に弱みを握られ続けることになる。それは会社としてあまり望ましいことではない。
(2014年7月27日 Books&Appsに加筆・修正)