音楽療法のインターンだった頃、ハーブという患者さんに出会った。
ハーブは末期のアルツハイマー病を患っていて、自分の名前さえ思い出せなかったのに、音楽だけは覚えていた。昔好きだった曲を聴くと笑顔になり、時には音楽によって記憶をとりもどすようなことさえあった。ハーブの大好きな曲が、「この素晴らしき世界」だった。
ハーブのストーリーは『ラスト・ソング』で紹介した。
彼との出会いから数年後、ケリーという60代の女性に出会った。彼女の旦那さんは、末期のパーキンソン病でホスピスのケアを受けていた。ケリーは毎日のように面会に来ていて、音楽療法のセッションにも参加していた。
ある日、セッション中に「この素晴らしき世界」を唄った。すると、ケリーはすすり泣きをはじめた。何か思い出したのだろうか? 曲が終わった後、ケリーは涙をぬぐいながら言った。
「この歌を聴くと、ベトナム戦争を思い出すの」
「ベトナム戦?」
「そう。『グットモーニング、ベトナム』という映画を観たことがある? あなたは若いから知らないかもしれないわね。でもいつか観てほしいの。なぜこの歌がベトナム戦争を思い出させるのか、わかると思うわ」
「グットモーニング、ベトナム」は、1987年に公開されたベトナム戦争を描いた映画だ。ロビン・ウィリアムスが空軍のDJ役を演じ、アカデミー賞を受賞した。
映画のワンシーンで「この素晴らしき世界」が流れる。民間人が無差別に殺され、兵士たちも次々に戦死する中、ロビン・ウィリアムス演じるDJが、この曲をかける。
1967年にレコーディングされたこの曲は、ベトナム戦争の真っ只中で緊迫していた当時のアメリカの人々に、希望を与えた。それと同時に、「この素晴らしい世界」で人間が行っていることに関しての政治的なメッセージも含まれていたのだ。
緑の木々が見える
赤いバラも
君と僕のために咲いているんだ
なんて素晴らしい世界なんだろう
真っ青な空や白い雲が見える
輝かしい祝福の昼
そして暗く神聖な夜
心から思うよ
なんて素晴らしい世界なんだろう
ケリーとの出会いで、私はこの曲に秘められたメッセージを初めて知った。
そして、ハーブのことを思い出した。彼は第2次世界大戦で戦った退役軍人だった。悲惨な戦争を経験した彼にとって、この曲には特別な意味があったのかもしれない。
「この素晴らしき世界」は、普段当たり前だと思っていることが、一番美しくかけがえのないものであることを教えてくれる。
(「佐藤由美子の音楽療法日記」より転載)
『ラスト・ソング 人生の最期に聴く音楽』(ポプラ社)