前回の記事「聴覚は最後まで残る感覚」では、意識のない患者さんが音楽に反応した事に関して書きました。その後、同じような経験をした読者の方々から沢山のメッセージを頂き、死を間近にした人々に話しかけたり、音楽を使って安らぎを与えてあげることの大切さを改めて感じました。
このテーマに関してお話するとき、忘れられない患者さんがいます。音楽療法士としての1年目、クリスマスの1週間前に出会った、テレサという80歳代の女性です。
その日ホスピスの病棟に行くと、看護師がこう言いました。
「先日入院してきた新しい患者さんで、テレサという人がいるの。彼女にはもう死が迫ってるわ。ご家族はここ数日間ずっと付き添ってるの。ちょっと行ってみてくれない? 」
ドアをノックして部屋に入ると、疲れ果てた様子で静かに座っているテレサの家族がいました。テレサは、静かに目を閉じてベッドに横たわっていました。私が自己紹介をし、音楽療法士としての役割を説明すると、皆最初ためらった様子でした。すると息子のビルが、
「母は昔からミュージカルが好きなので、音楽を聞くのはいいかもしれない」と言いました。
私がミュージカル「サウンド·オブ·ミュージック」の挿入歌、「エーデルワイス」をギターの伴奏で歌う間、ビルはテレサの手を握りました。娘さんとお孫さんは涙ぐんでいました。
歌が終わった後、ご家族はテレサの思い出を語り始め、テレサがミュージカルがとても好きだったことや、いかに素敵な母や祖母であったかなどを話してくれました。
「母は今日の朝他界すると思ったんですが、まだ頑張っています。でも、もういつ逝っても大丈夫。私達にはそういう心の準備ができています」と、ビルが言いました。
私はご家族のテレサに対する愛情と、大切な人に別れを告げる勇気に心打たれました。テレサは愛に囲まれ、充実した人生を送った人だったのでしょう。もしかすると、だから彼女はとても穏やかで幸せそうな顔をしていたのかもしれません。
テレサはカトリック教徒だったので、彼女が好きなクリスマスソングがあるか家族に聞くと、「きよしこの夜」をリクエストされたので、ギターの伴奏で歌いました。ビルはまたテレサの手をとり、ベットの横に座りました。
■ 曲の最中、テレサに変化が
変化が起きました。呼吸が少しずつ穏やかになり、目が徐々に開いたのです。テレサの表情はとても穏やかで、微笑みさえ浮かべているかのようでした。そして、曲の最後の音符と同時に、テレサは深く息を吸い込みました。
「ああ、たった今死んだ!」とビルが言いました。テレサの死はあまりにも静かなものだったので、ビルがこう言わなければ私は気づかなかったでしょう。しかも、私にとってこれは初めて見た人間の死でした。テレサの表情は全く変わらず穏やかで、死を示す唯一のものは呼吸が止まったことだけでした。
家族は泣きながら お互いを抱きしめ、テレサに最後の別れを告げたのです。しばらくしてから、ビルがこう言いました。 「このような形で母が死を迎えられたことは、おそらく私の人生で最も美しい瞬間だったと思います。母は素晴らしい女性だったので、母にふさわしい死に方でした」
テレサは、死が近い人々が最後まで聞こえるということを私に示してくれた、最初の患者さんでした。死の間際家族の愛情に囲まれ、「もう逝ってもいいんだよ」という言葉を聞き、大好きな曲の後で安らかに死を迎えたテレサ。彼女がこの世を去る手助けをしたのは、音楽と家族の存在感だったのかもしれません。