台湾では、経済成長とともに労働力不足が深刻化したため、1989年より外国人労働者(外籍労工)の受け入れを開始しています。1992年には「外国人招聘許可および管理弁法」が整備され、1)台湾人の雇用に影響させない、2)移民にさせない、3)治安を乱さない、4)産業の高度化を妨げない、を基本政策として推進されてきました。
どこの国でもというわけではなく、タイ、フィリピン、インドネシア、マレーシア、ベトナム、そしてモンゴルの6か国に絞っています。また、受け入れ業種は、公共工事、製造業、看護、介護、家政婦、そして船員であり、最長で12年(介護は条件により14年)まで滞在することが可能としています。
とくに台湾が外国人労働者の受け入れを加速させてるのが介護領域です。その数、20万人以上。台湾の総人口が約2350万人で、65歳以上人口が約300万人で、うち要介護者が約70万人ですから、いかに台湾の高齢者ケアが外国人労働者に依存しているかが分かると思います。
沖縄に住んでいることもあり、ときどき台湾を訪れる機会があるのですが、外国人女性が高齢者を乗せた車椅子を押している光景をよく見かけます。もっぱらスカーフを被った若い女性ですね。実は、外国人介護労働者の9割がインドネシア人なんだそうです。
どのような経緯で台湾はインドネシアから介護人材を受け入れるようになったのでしょうか? 言葉や文化、あるいは人権などの問題について、どのように対応しているのでしょうか?
そのあたりの事情について、江孟庭先生(台北市立病院仁愛分院)、五十嵐祐紀子さん(SPC都蘭醫食農研究中心)、山内美奈さんをはじめ現地の友人たちに話を聞いてみました。
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—— いま日本では、外国人材の受け入れについて議論が始まっています。とくに介護領域の人材不足は明らかなので、今後、日本の高齢者が外国人によって介護される時代が来るでしょう。すでに台湾では、外国人労働者を積極的に介護現場で活用していますよね。うまくいってますか?
混乱したこともありましたが、いまでは無くてはならない存在です。インドネシア人がほとんどですが、彼らもコミュニティを上手に作っていて、楽しそうに交流したりして暮らしているようです。レストランのなかには、ハラル食(イスラム教徒のための食事)を準備したり、共生社会にむけた努力を互いにやれていると思いますね。
—— どうして介護人材はインドネシア人なんですか? フィリピン人やベトナム人じゃダメですか?
インドネシア人は勉強熱心なんですよ。2年ぐらいすると彼らは台湾語が話せるようになってきます。フィリピン人は英語で何とかしようとするので、英語が苦手な台湾人から敬遠されているんじゃないかと思いますね。ベトナム人は母国が豊かになったこともあって、あえて台湾に介護労働に来なくなったみたいです。ただ、国際結婚で家庭に入るベトナム人女性は今でも多いですね。
あと、インドネシア人の女性って目立つからいいんですよ。必ずスカーフをしてますからね。フィリピン人やベトナム人は見分けがつかずに溶け込んじゃうでしょ。工場の単純労働者と違って、介護労働者は家庭にまで入ってくるから、やっぱり不安があるんです。
—— 2年ぐらいは台湾語が話せないってことですか? 英語も通じないなら、どうやってんですか?
いや、片言の英語なら通じるし、台湾語もまったくダメってことじゃありません。それに、働き始める前に24時間ぐらいの台湾語の勉強は課せられてます。でも、たかだか机の上で24時間勉強しても話せませんよね。せいぜい、尿(ニョウニョウ)とか大便(ダーベン)とか、単語が分かるようになるだけです。あとは指差しと微笑みで何とかなるから大丈夫です。
実は、細かいところまで台湾語が理解できるようになった外国人は、家庭内の介護では敬遠されています。だって、家族の会話を理解されたら、その内容を外に漏らされるリスクがありますからね。そういうの台湾人はすっごく警戒するんです。ほどほどが一番ってこと。
—— ちなみに、漢字は無理ですよね。そこまで求めなくて大丈夫?
そりゃ無理です。話す言葉が通じればそれでいいじゃないですか。台湾は多言語国家で、台湾語だけでなく、北京官話、客家語、さらには山岳地域や離島では原住民の言語もあります。もともと漢字が読めない人だっているですよ。そんなわけで、だいたい通じれば何とかなるって伝統はあったかもしれませんね。
—— いきなり台湾に来て、すぐに介護労働者になれるんですか? 何らかの資格が求められます?
ええ、きちんと介護のトレーニングコースを修了しなければなりません。90時間のコースを終えて、さらに試験に合格すれば雇用してもらえます。
—— 外国人介護労働者の収入はいくらぐらいですか?
外国人であっても最低賃金は保証されています。だから、月に6万円から7万円といったところですよ。ともあれ、台湾で数年働ければインドネシアに家が建つらしいですね。労働基準法で週1日の休みも約束されているし、いまは恵まれていると思います。
—— 台湾人の介護労働者もいるんですか? 外国人との違いは何でしょう。
台湾人の介護労働者もいますよ。ただ、外国人のように家庭に住み込みで働いている人はいないと思います。だいたい、病院とか施設で働いているはず。たぶん、外国人の倍ぐらいの給料をもらってるでしょう。
—— 介護施設で働いている外国人もいますか?
そもそも、台湾には高齢者施設が少ないんです。子どもの世話と違って、お年寄りの世話には、ほぼ世間体ってところが台湾にはあります。つまり、施設に追いやることは親不孝ってこと。だから、家庭で介護するんですが、共働きが普通の台湾では、必然的に外国人労働者が必要になったんだと思います。
というわけで、インドネシアの介護労働者たちは、もっぱら1対1で家庭内介護を担っています。正直なところ、ケアの質など期待されていません。家でみてる・・・それで充分。ほんとにケアが大変になってきたら病院に連れていきます。いずれにせよ、施設じゃありません。
ちなみに介護を受けていた高齢者が入院したときには、その介護を担当していた外国人労働者は病院に通って、今度は病院の看護師の指示のもとで、病院内で高齢者の介護を担当することになります。まあ、介護に慣れた人が継続的にケアする方がいいかもしれませんね。医療側としては、退院調整にあたって、その外国人の介護能力を確認することが求められます。
—— インドネシア人たちは、家族を連れて働きに来てますか? 子どもの学校教育とかどんなふうにしてるんでしょう?
うーん、あんまり聞いたことがありませんね。夫婦で働きに来てることはあるかもしれないけど、子連れはないと思いますよ。そもそも生活費がかかるし、それこそ言葉が通じないから学校で困るじゃないですか。だから、インドネシアにいる祖父母がみてるはずです。
—— 台湾では外国人労働者への差別ってありますか? 中東だと、家庭内で働く外国人がパスポートを取り上げられたり、人権問題を指摘されてますよね。
たしかに、昔は台湾でも差別がひどかったです。監禁状態で働かせたり、性的な虐待問題が新聞をにぎわせたりもしてました。でも、あれから彼らを保護する政策をとったことで、状況は改善してきてると思います。
まず、いやな職場だったら辞めやすくしました。昔は仕事を辞めたら即帰国しなければならなかったんですが、いまは新しい仕事が見つかるまでのあいだ、台湾にいてもいいことになってます。こうしてペナルティなく転職できるようにしたことで、ひどい目にあっている外国人は仕事を辞めるようになってます。
そして、雇っていた外国人が離職した場合、3か月間は新しい外国人を雇ってはいけないルールになってます。つまり、外国人が離職してしまったら、しばらく自分たちで親の介護をしなくてはならなくなるわけです。こうして家族側にペナルティを課したことで、外国人を大切に扱うようになったと思います。
でもまだ、地方などでは制度が適正に運用されていないところもあると思います。外国人との共生とは、常に努力しつづけることです。
—— もちろん外国人にも努力を求めますよね。日本人が大好きな言葉ですが、郷に入っては郷に従えと・・・。
外国人側にも台湾社会へ適応するための努力を求めます。当然のことです。そして、彼らは台湾人が感じている以上に実は努力をしているはずです。
ただ、個人的な意見ですが、「この人達は基本的には気が良くて優しいけど、ときどきちょっとした物を盗んだりはするかもしれません。大切な物はきちんと管理してください、少々のことには目をつぶりましょう」って大らかさがないと、外国人労働者を日常生活のなかに入れることは無理だと思います。
このあたりのガイダンスは、厳格な日本社会では難しいでしょうね。その意味では、日本って外国人と暮らすのは向いてないんじゃないかと思います。
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もともと、「郷に入っては郷に従え」とは自らへの戒めとして使われるべき言葉だったはずですが、いつしか(ムラ社会を守るため)余所者に「俺の言うことを聞け」と同義で使われるようになっています。
在留外国人の診療に関わってきた経験から言って、彼らは十分に社会的に適応しようと努力しています。それでも日本人と同じになることは無理なんです。とくに来日直後は言葉も十分に通じないし、文化の違いがあることに気づいてないことも多いです。そのことを前提として付き合い始める必要があります。
単純な話、東南アジアからの外国人に入浴支援させると湯温は低いし、食事介助させると味を濃厚にします。死生観の違いも大きく、なぜ日本人が延命を優先して、こんなに苦しい死に方をするのかも理解できないことが多いです。これが彼らの介護に表出してくることもあるでしょう。
そうした細かな違いに目くじらを立てていたり、日本語の読み書きができるようになることを求めたりしていたら、いつまでたっても、日本の介護人材の不足は解消しないでしょう。そして、虐待や差別にならないまでも、お互いに嫌な思いをするばかりだと心配しています。
台湾から学ぶべきは、実は、そうした違いへの寛容さなのかもしれないと感じた問答でした。