「日本でネットはテレビの脅威にならない」という記事が話題になっている。日本テレビの元会長、氏家齊一郎氏が東洋経済オンラインのインタビューに答えたものだ。これは震災直前のインタビューで、しかも当の本人はすでに亡くなっている。
なぜいまさら3年も前の記事が話題になっているのかというと、最近東洋経済オンラインが始めた過去の記事をソーシャルメディアで紹介するという取り組みによるものだ。
いかにもなタイトルもあいまって、ツイッター・フェイスブックの反応は9割以上が「ネットを知らない人のトンチンカンな発言」といった趣旨の批判コメントだ。しかし実際は「テレビの圧勝」というのがウェブメディア編集長の立場から見える風景だ。
■ネット動画の収益力は弱い。
この記事のタイトルを額面通りに受け取れば間違いという事になるだろう。インターネット全体の影響力と、全てのテレビ局の影響力を比較すればネットに軍配があがるのではないかと思う。しかし記事の中ではそのような話をしているわけではない。脅威という言葉は以下の様な文脈で使われている。
――インターネット放送の台頭もテレビ業界の脅威になりますか。
それはまったくない。メディアはこれまでもたくさん生まれてきており、確かに今ではネットテレビがいろいろな番組を流せるようにもなった。しかし、いくらたくさんメディアが出てきても、あるいはチャンネルが増えたとしても、それはたいしたことではない。
なぜかというと、地上波が持っているコンテンツやソフトの制作力は、さまざまなメディアの中でいちばん強いからだ。しかも長期にわたる蓄積がある。だから、新しいメディアが出てきたところで、恐れる必要はない。
~中略~
そもそも多くのネット放送は、違法なものだ。著作権の問題をクリアにしていないような違法サイトは脅威ですか、そことどのように競争しますか、と聞かれても答えようがない。
「日本でネットはテレビの脅威にならない」より 東洋経済オンライン 2011/03/07
上記の受け答えを見れば分かるように、映像コンテンツという分野に限って話をしているわけだ。そうであれば、テレビ局の勝ちと考えて良いだろう。
YouTubeやニコニコ動画の方がよっぽど影響力があるじゃないか、と指摘されるかもしれない。しかし、コンテンツ単位で考えれば一回の放送で多額の広告収入を得られるテレビは、収益力というモノサシで見れば圧勝だ。1000万回再生されるようなお化け動画であっても、収益で言えばおそらく数百万円程度だろう。
テレビはつまらなくなったと多くの人が指摘する。自分もそう思うが、収益力ではテレビ番組の勝ちだ(もちろんテレビ番組と個人が作った動画ではコストは全く違うが)。違法コンテンツについてはインタビューにある通り比較する意味も無く、その多くがテレビ番組だ。
■大儲けするテレビ局。
この記事をくだらない、時代遅れと批判している人はおそらくテレビをあまり見ていないのだろう。そういう人にとってテレビはつまらない番組ばかりを流している低俗なメディアに見えるのだろうが、実際の影響力ではどうか。
ウェブで検索される人名ランキングや急上昇検索ワードランキングを見ると、テレビ番組がきっかけになっているものがほとんどだ。例えばドラマに出演した芸能人、バラエティ番組で紹介された飲食店や商品などだ。テレビを見た人が「この人格好いい・可愛い」「この商品面白い」「これ美味そう」と思うと、無意識に検索をする。スマートフォンの普及でこのような傾向はこれまでにないほど強まっているのではないか。テレビを見ない人が思っている以上に、フツーの人はテレビが大好きだ(だからランキングを独占する)。
散々「終わった」と揶揄され視聴率の低迷も指摘される中、テレビ局は今にも潰れそうなイメージを持っている人もいるかもしれないが、実態はその正反対だ。日本テレビを例に取るとリーマンショック後から一貫して売り上げ・利益とも増やしている。売り上げの99%が本業のコンテンツビジネス(広告収入・有料放送・物販・興行収入)で、実質的に無借金経営と言って差しつかえのない財務状況だ。2013年度決算は売り上げ3264億円、利益252億円と超のつく優良企業で、とても終わっている企業の成績ではない。
■東洋経済オンラインと市川海老蔵はどちらが強い?
さて、テレビの影響力を考えるためにこんな質問をしてみたい。
「東洋経済オンラインと市川海老蔵はどちらが強いか?」
この記事が掲載されている東洋経済オンラインはビジネス系のウェブメディアとしてはかなり上位にある。日経新聞には負けるがアクセス数はトップクラスだ。メディアと役者個人を比較するのはおかしいと思うかもしれないが、市川海老蔵さんが運営するブログはなんと月間アクセスが1億PV(ページビュー・アクセス数の単位)を超える。それに対して東洋経済オンラインは4000万~5000万PV位だ。
会社四季報や東洋経済の記者が日々取材して執筆した記事よりも、海老蔵ブログにアップされる元キャスターの小林麻央さんや子供の写真の方が沢山読まれているわけだ。ブログの仕組みや中身を考えればスマートフォンによるチラ見も多いと思われるが、2倍以上のアクセスを考えれば広告による収益力も良い勝負かもしれない。
海老蔵ブログにこれだけアクセスがある理由は、歌舞伎という日本屈指の伝統芸能で実力のある役者であることや、元キャスターの奥さんの存在、そして繰り返し報じられて話題となった過去の事件も影響していると思うが、やはりNHKの大河ドラマで主役を張った知名度と、多数のテレビCMによる露出が一番の理由ではないかと思う。
おそらく市川海老蔵さんは芸能人としてブログで日本一のアクセスなので極端な例になるが、それなりに人気のある芸能人ブロガーが10人も集まれば東洋経済オンライン位のアクセスになってしまう。
芸能人のくだらないブログより経済メディアの方がよっぽど意味がある!という反論を受けそうだが、そういう評価は読み手が決める事だ。アベノミクスに関する記事より芸能人が何を食べているのか気になる人の方が、多分世間では多数派だ。そうでないとこういうPVの差は説明がつかない。もちろん、だから東洋経済オンラインがくだらないという意味ではない。価値観も興味も人それぞれというだけの話だ。
■テレビの影響力は強い。
芸能人が大量のアクセスを集める理由は各々の努力も当然あるだろうが、やはりテレビの影響力がそれだけ強いと考えるほうが自然だ。しかも、人気ブログランキングを見るとB級・C級と言いたくなるような芸能人ばかりで苦笑いしてしまう(なので市川海老蔵さんは別格)。それでもウェブの世界で圧倒的な強さを誇るのは、それだけテレビで見たインパクトは強いという事だろう。
近年では「天空の城ラピュタ」をテレビで見ながらツイッターでつぶやく「バルス祭り」と呼ばれるような視聴スタイルもある。テレビを見ながらスマートフォンやパソコンを操作するのはもはや珍しいことではない。ネットとテレビは対立するのではなく、相乗効果が見込める異なるメディアと考えるべきだろう。
すでに書いたようにどちらも無料で使える・見られる媒体として相性は非常に良い。どっちが良い悪いではなく、両者が融合すれば大きな付加価値が生まれるだろう。元ライブドア社長のホリエモンこと堀江貴文氏がネットとテレビの融合を掲げた頃から考えても、まだ何か革命的な事が起きたようには思えない。
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流しっぱなしで見られる受け身のテレビと、自分から何かをしなければ情報にたどり着けないウェブとではそもそも土俵が違う。終わったと思われている場所にもイノベーションの種は眠っているように思う。