先日、倉持由香さんという一人のグラビアアイドルが話題になっていた。自分の姿をスマートフォンで撮影し(いわゆる自撮り)、それをツイッターに掲載し続ける事でフォロワーが3万人を超えたという。最近では毎日1000人単位という凄い勢いでフォロワーが増えているといい、4万人突破も目前のようだ。
AKB48とその関連グループで壊滅的に仕事が減ってしまったとも言われるグラビアアイドルだが、自力でそんな状況を覆したアイディアと努力は凄い......と思っていたら、その後はツイッターやフェイスブック等のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)でさらなる飛躍を遂げそうなアイディアを提案している。これはビジネスでSNSを活用したい人にも参考になるだろう。
■グラドル自画撮り部とは?
倉持さんが次に打ち出したアイディアは、他のアイドルにツイッターで共通のタグを付けて自撮りした写真を掲載して貰う、というものだ(タグは「#グラドル自画撮り部」)。
ツイッターのタグとは、ワンクリックで同じタグのついた呟きをまとめて見られるようにする仕組みだ。何ともシンプルなアイディアでちょっとした「ネタ」程度の話だが、1月17日にこのアイディアを公表してから、わずか2日で参加したグラビアアイドルはすでに173人を超えたという。
■マーケティングアイドルの誕生?
そんな事をやって一体何の意味があるのか?という事になるが、倉持さんは自身のブログでアマゾンの各種ランキングで1位になった実績を元に次のように説明している。
Twitterは上手く使えば、自分を大勢の方に売り込んで新規のファンを獲得することが出来るツールです!
「自分がファンだったらどんなツイートを見たいか」を意識することが非常に重要。
ネガティブなことばかり、カフェで食べたご飯の写メばかり、告知だけ...。
そんなツイートだと、あんまり面白くないですよね?(´°ω°`)
事務所の方針にもよるだろうけど、グラビアのオフショットとかは積極的に載せた方がいいと思うの!
毎日尻画像ばっかり載せている私ですが、最初は「そんなに写メ載せたらDVD売れないよ」って言われました。
けど、結果はAmazon1位!
私のやり方が全員に当てはまるかは分からないけれど、少なくとも私にとっては正しい道だったんだと思います。
まず興味を持ってくれる母数が増えないとDVDを買う・買わないの選択もして貰えないですからねっ。
この「母数を増やす」ってのが大事です。
2014/01/18 倉持由香公式ブログ「まいにちくらもっち。」より
この発想はウェブ戦略としてあまりに正しく、ウェブマーケティングを専門とする人の記事と言っても違和感の無いレベルだ。
ウェブでは注目(PV)が重要でまずはアクセスを集めなければ話にならないこと、そのためにはファン(お客様)が求めるものを継続的に露出・提供する必要があること、そういった地味で着実な努力が売り上げに反映されること......当たり前過ぎて忘れられがちな事をちゃんとやるべきという、地に足の着いたアドバイスだ。過激な自撮り画像ばかりを投稿するグラビアアイドルの発言として、そのギャップもまた面白い。
また、雑誌に載せて貰う事を待つのではなく、自由に使えるブログやツイッターで自ら情報発信をすれば良いという「オウンド・メディア」の発想、そして面白いコンテンツ(記事・動画・写真など)の拡散によって宣伝効果を狙うコンテンツ・マーケティングの要素もきっちり押さえている。
■他者を巻き込むメリットは?
ただ、このようなやり方でフォロワーを増やし、売り上げも増やした後にやる事がなぜ他のアイドルを巻き込む事なのか。これは一見不可解だ。普通に考えればライバルは居ない方が良いに決まっている。
倉持さんは自撮りで話題になったアイドル、という事で雑誌やTVへの出演も増えるだろう。しかしそれだけでは一過性のもので終わってしまうかもしれない。自撮りを一人でずっと続けていても、マンネリ化してしまえば今後爆発的に話題になる可能性は低いだろう。
そこで自分以外の人も自撮りを始めたらどうなるか。すでに自撮りでフォロワーを増やしている事はニュースになっていたので、真似る人も出るだろう。ならば自らが雑誌の編集長のように音頭を取って自撮りをブームに出来ないか?と考えたのかもしれない。
■自らブームを巻き起こす事が出来るSNS。
倉持さんのツイッターでは「グラドル自画撮り部 はとにかく『グラビアが大好きなグラドル達がグラビア界を盛り上げる』がテーマなんです」と明確な目的がある事も説明されている。
アイドルが自撮り画像をウェブに投稿する事自体は決して珍しくはないだろう。しかし、それでフォロワーを急激に増やし、アマゾンで1位を取った事は立派な実績だ。この実績を元に自分が中心になれば賛同するグラビアアイドルが集まるかもしれない、結果的に賛同したグラビアアイドル達が話題になればブームを起こす事も可能で、その中心となった自分も「元祖」自撮りアイドルとして話題になるかもしれない、といった考えもあったのかもしれない(あくまで推測だが)。倉持さんがマンガ週刊誌を「自撮り画像」で飾ったら、ある意味でグラビア業界では革命になるのではないか。
倉持さんのブログでは、タグを付けてつぶやいたら1日で2000人もフォロワーが増えた、というグラビアアイドルも紹介されている。自らはもちろん、他のアイドルのフォロワーをこれだけ増やせたのであれば、すでにブームの始まりかもしれない。分野を問わずメディアの編集者は情報に飢えてダイヤモンドの原石を探している。ウェブで話題になる事は確実に仕事につながるだろう。
もし自撮りがきっかけでグラビアの仕事が舞い込めば、よっぽどの恩知らずでなければ「倉持さんのおかげでグラビアの仕事が来ました!」とツイッターやブログで書き込むだろう。こんな事例がいくつも出来れば元祖としての価値はさらに上がるかもしれない。
■KMY(くらもちゆか)48結成?
このようにして、多人数で活動し、誰か一人位は好きなアイドルが見つかるAKB48のような仕組みを、ごく緩やかな集まりとはいえ倉持さんは1日にして作り上げてしまったわけだ。倉持さんの今の立ち位置はAKB48で言えばリーダー・センター・プロデューサーを合わせたようなもので、圧倒的に有利な立ち位置だ。
倉持さんは自撮りをする事も他の人の自撮りを見ることも好きだという。それならば「私が選んだ今日の一枚」といった形で紹介しても良いし、投稿された写真で人気投票をしても盛り上がるだろう。
そして、自撮り画像を簡単にまとめるだけでも多数のアクセスを集めるウェブサイトを作る事も可能だ(月間100万件もアクセスが集まれば十分ビジネスになる)。
■ウェブはバカと暇人のもの?
最近ウェブで話題になったものとして、スカイマークエアラインでミニスカートの新制服が採用された事や、博多で菅原道真公以来と言われる美少女が発見(?)された事など、多くの人の人生には何の影響もない「くだらない話」がある。ウェブではこのようなB級ネタが好まれる。
4年以上前に発売された「ウェブはバカと暇人のもの」という書籍では、ウェブで話題になるネタは芸能人のゴシップ記事などB級なもの、コンビニやファーストフードなど身近なもの、下ネタ系などで、高尚で上品なものは話題になりにくいと、断言している。自分はそんな下らないニュースは見ない、という人も安藤美姫さんの極秘出産という話題を知っていれば十分その仲間だ。自ら情報を取りに行かなくてもツイッター・フェイスブック等で情報が流れてくれば嫌でも目に入り、ヤフートップに掲載されたニュースを無意識のうちにクリックしている可能性も高い。
例えばウェブニュースのアクセスランキングはほとんどが芸能・ゴシップネタだ。これにスポーツも加えれば、ほぼ独占状態で、政治・経済等の真面目な話題はごくわずかだ。この状況はウェブを読んでいる人がバカと暇人ばかりというよりも、ウェブで読む情報は多くの忙しい大人にとって暇つぶしや娯楽でしかなく、軽い話題はそれに最適というだけの話だ。
このような特性を考えれば、グラビアアイドルの自撮り画像というのはウェブでアクセスを集めるための条件に完璧にマッチしている事になる。
■ウェブの文脈を自在に読むグラビアアイドル。
倉持さんはただ過激な自撮り画像を投稿していただけではなく、ウェブの文脈をしっかり理解して、それを自分なりにアレンジする能力にも長けているようだ。週刊プレイボーイのインタビュー記事では、ツイッターで投稿する際に以下のような工夫をしたとも書かれている。
「情熱大陸」のイメージで、朝5時にお尻画像と一緒に『尻職人の朝は早い』ってつぶやいたら、それがすごく広まった。
「クラモチ 春の尻祭り」とか「進撃の巨尻」といったテーマをつけて投稿した。
ただの下ネタと言えばそれまでだが、これらは全てウェブで話題になっている、あるいは話題になりやすいモノばかりだ。
~の朝は早い、は情熱大陸でよく使われる言い回しとして一時話題になった。進撃の巨人も非常に人気のある漫画で、春のパン祭りも毎年大量のテレビCMが流れるため、知らない人がいないネタだ。ウェブでウける文脈を取り込んで自ら「お題」を設定するセルフプロデュースの能力には、ウェブコンサルタントを自称するような有象無象よりよっぽど高度なセンスを感じる。
■読者は情報を「勝手に切り取る」。
先にあげたスカイマークのミニスカートの制服も、もしかしたら「既存の航空会社とは異なる価値を提供する挑戦者として、我が社の勢いを表現するために云々~」といった高尚なテーマがあり、ミニスカートの制服はそのごく一部なのかも知れない。
しかし話題になったのは社長を真ん中にミニスカートのキャビンアテンダントがずらりと並ぶ「おもしろ写真」だ。
博多の美少女アイドルも、どんなグループに所属していて、どんなキャラクターで、歌や踊りは上手いのか......など一人のアイドルとしての様々な要素は全てそぎ落とされて「奇跡の一枚」の写真が一人歩きした。その結果、千年に一人の美少女、菅原道真公以来の逸材、という訳が分からないおもしろキャッチコピーがつけられてSNSで爆発的な話題を呼び、ごく短期間でTVCMへ出演するまでに至った(瀧川クリステルさんが、どこに行っても「おもてなし」のポーズを求められたのも現象としてはほぼ同じ)。
これらの状況を見ても分かるように、企業・売り手がどのような意図を持っているかに関係なく、ウェブを見ている多くの人は自分が興味のある形で勝手に情報を切り取って、勝手に消費する。
■失敗だらけのコンテンツ・マーケティング。
このようにウェブでウけるためには(ウェブコンサルタント的な言い方をするならば「オウンドメディアでコンテンツマーケティングを行ってSNSでバズらせる」ためには)ウェブの文脈を読むか、素材となるネタを面白いストーリーとして再構築しなければいけない。
最近ではコンテンツ・マーケティングが花盛りで企業のウェブサイトもコンテンツだらけだが、ウェブでウける文脈を丁寧に取り込んだものは中々見かけない。手間ヒマをかけているにも関わらず、イイネ・ツイートが一ケタのページを見るたびに「嗚呼、札束が燃えている......」と脱力してしまう。
こういったダメなウェブサイトは、ミニスカートの制服や九州の美少女やグラビアアイドルの自撮り画像に、PVの奪い合いという戦いで完敗しているわけだ。ソーシャルメディアで話題にならなければ、結果として本当に見て欲しい人にも情報は届かない。それならば広告費を払ってバナー広告を出した方がよっぽど良い、という事になる。
メディア関連の記事は以下も参考にされたい。
倉持さんが今後どのような活躍をするのかは、全く未知数だ。他のアイドルの踏み台になって終わってしまうのか、あるいは多数のアイドルに活躍の場を与えながら自身もメリットをしっかり享受するプラットフォーマーとなるのか、コンテンツマーケティングで食っている人間の一人として、何とも興味深い。
(2014年1月「シェアーズカフェのブログ」より転載)