ツキノワグマ個体群の絶滅が心配される四国と、クマの生息数・生息域ともに回復傾向にあり、地域住民の方とのトラブルが問題となっている島根県。この2つのフィールドで、実施してきたWWFジャパンと現地パートナーによる「ツキノワグマのフィールド・プロジェクト」が、2016年6月末をもって終了しました。人と野生動物の共存をめざす取り組みの一つとして、多くの方々の参加と協力のもとで行われてきた、このプロジェクトの終了にあたり、東京・日比谷で2016年6月19日、最終報告セミナーを開催いたしました。
ツキノワグマに見る日本の自然保護の今
本州以南の山林に広く生息するツキノワグマ。
九州では絶滅し、四国でも数十頭が生き残るのみといわれる一方で、本州各地ではその出没が増加。人との遭遇事故も多発しています。
地域によって、その状況が大きく異なり、一概に語ることの難しいツキノワグマは、日本の自然保護の現状と難しさを示す一つの事例といえるかもしれません。
WWFジャパンは、この問題への取り組みの一環として、「ツキノワグマのフィールド・プロジェクト」を、2012年7月から4年計画で展開してきました。
フィールドとなったのは、四国最後のツキノワグマ個体群が生き残る徳島、高知の県境に位置する剣山系。
そして、西中国山地が連なる島根県の匹見町および田橋町・横山町の集落です。
四国のツキノワグマ個体群は、生息数がのこり数十頭とされ、絶滅寸前の危機にある一方、西中国地域ではクマの個体数が増加し、生息域も拡大。人里への出没も多発し、地域住民との間でのトラブルも生じています。
この対照的な2つのフィールドで、4年間、どのような活動が取り組まれてきたのか。
活動とその成果を総括し、ご支援をくださってきたサポーターの皆さまにその内容をご報告するセミナーを、2016年6月19日東京・日比谷の日比谷図書文化館大ホールで実施しました。
このセミナーを共催し、実際にご報告をいただいたのは、多年にわたりプロジェクトの現地パートナーとして共に活動を続けてきた、認定NPO法人四国自然史科学研究センターおよび島根県の関係者の皆さまです。
当日の報告では、それぞれの現場の様子や、そこでの取り組みのさまざまな苦労、そして活動の成果とこれからの課題についてお話しがあり、ご来場くださった80名以上の方々が熱心に耳を傾けられました。
セミナー報告
WWFジャパン自然保護室 那須嘉明
報告ではまず、WWFジャパンの優先種担当として、このプロジェクトに携わってきた那須嘉明より、プロジェクトの概要を説明。
さらに、全国的なツキノワグマの分布状況と、ここ10年間に見られたその変化、そして、四国と島根の現状について概要をお話ししました。
また、那須は、専門家らによる有志のグループ「日本クマネットワーク」が積極的なツキノワグマの調査活動に取り組む一方、政府による全国的な調査は過去に2回しか行われてこなかった点を指摘。
その上で、クマをめぐる状況は日本国内の各地域によって大きく異なっており、絶滅寸前の状態にある四国と、近年クマが増加している島根などの西中国地域のような、対照的な実例があることをお話ししました。
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四国フィールド・プロジェクトの報告
認定NPO法人四国自然史科学研究センター研究員 山田孝樹
続いて、その現場からの詳しいご報告を四国自然史科学研究センターの山田孝樹さんよりいただきました。
四国自然史科学研究センターは、2005年から共に活動に取り組んできた、WWFジャパンにとっては信頼の厚い、長年のパートナーです。
両者が共に保護調査に取り組んできた四国のツキノワグマは、現在その数、わずかに数十頭とされ、国内で最も絶滅が心配されています。
山田さんは、まず現在の危機的な状況と共に、過去にどのような経緯でクマが減少していったと考えられるか、お話ししてくれました。
四国は古くから林業が盛んで、特に戦後は木材需要の高まりから、自然林を伐採してスギやヒノキの植林(拡大造林)が積極的に行われました。同時に林業の害獣としてクマの捕獲が奨励されたのです。
捕獲数は1970年代まで増加し、80年代に入ると激減しました。その結果、1986年には高知県で狩猟禁止、続いて徳島県、四国全域で同様の措置がとられました。
1986年以降クマの捕獲はなく、林業が衰退した昨今、拡大造林も行われていません。つまり、現在では、クマを減少させた原因がなくなったにもかかわらず、個体数の回復が全く見られないのです。
それはなぜか?いくつか理由が考えられますが、その一つとして、クマにとって好ましい生息環境が不足していることが考えられます。
そこで今回のプロジェクトでは、クマが棲んでいる生息環境とクマ自体の生態について、科学的な調査をし、その結果を基にした提言を関係行政機関へ行うことで、効果的な保護管理を実現させることを目的としました。
プロジェクトでは、大きく2つの取り組みが行なわれました。
一つは、ブナとミズナラの調査です。
これは、ツキノワグマの重要な食物であるこれらの樹木の堅果(ドングリ)が、どの場所で、どれくらい結実しているかを調べるもの。
落下してきたドングリを集めるシードトラップという調査方法を用いました。今回は8地域にのべ330個のシードトラップを設置し(2012年のみ7地域280基)、ドングリの落下がなくなる12月上旬まで、回収を繰り返しました。
4年間にわたる調査の結果、ブナに比べてミズナラの方が生産される資源量が多く、また分布する範囲も広いこと、ブナでは凶作年(健全な種子が0個)が見られたことから、四国のクマにとって、ミズナラの方がより安定的で重要なエサ資源であることがわかりました。
最終的にこの調査の結果は、「ブナとミズナラの資源量マップ」としてまとめられました。
さてもう一つは、クマのGPSによる追跡調査です。 ドラム缶を使った専用の檻でクマを捕獲。GPS発信器をつけて、クマの行動を追跡するという取り組みです。
もともと数の少ない四国のクマの捕獲は容易なことではありませんが、2012年に3頭のメスを捕獲、2年間にわたり追跡調査を行ないました。
その結果、2万点以上の位置データを回収することができました。
これらのデータを植生、標高、道路からの距離などの既存情報と照らし合わせて、解析を行うことで、クマがどのような場所を好むか、好まないかを知ることができます。
この結果3つの選択性が明らかになりました。①植林地への低い選択性(クマは人工林より自然林を1.4~2.8倍高く選択して行動している)、②標高への選択性(900~1500mの標高帯で高い選択性が確認された)、③道路近くの低い選択性(道路付近では低い選択確率を示した)、です。
最終的にこの調査の結果は、「生息適地のマップ」としてまとめられました。
これら2つのマップによって、クマの生息にとって好適な環境が残っている場所を知ることができ、さらには現在クマが生息している地域でも、ブナやミズナラの資源量が低い場所も知ることができます。
その結果から今後、どのような地域からどのような改善を行うことで、クマの生息環境をより良くしていくことができるか、についての方向性を示すことができました。特に、林野庁や環境省が保護区として指定している地域については、優先的に改善に取り組むように、提言を行っていきます。
山田さんはまた、梅雨時にすぐに崩れてしまう林道や、登山道もない険しい山奥に、調査用のドラム缶を背負って踏み込み、数時間かけて現場にたどり着き、捕獲檻を組み立て、カメラをセットし帰ってくる調査の困難など、さまざまな現場の困難についてお話しくださいました。
こうした険しい場所に残る、生息に適した森をいかに保全し、クマが数を増やせるようにしていくのか。
それが、今後の四国でのツキノワグマの未来を左右する大きなカギとなります。
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島根県の取り組みの紹介
島根県中山間地域研究センター主任研究員 澤田誠吾
次に、島根県中山間地域研究センター主任研究員の澤田誠吾さんより、島根県としての取り組みと課題について、概要をお話しいただきました。
かつて日本一の製鉄の国だった島根県には、往時行われていた「かんな流し」といわれる大規模な砂鉄の採鉱により独特の地形が形成され、それが棚田などとして利用されてきました。
また自然豊かで農業も盛んな一方、全国に先行して、高齢化と人口減少が進む島根県では、地方の集落が縮小、かつての棚田などとして利用していた土地も耕作放棄地となり、野生鳥獣の住みかとなりつつあります。
近年、イノシシ、シカ、サル、クマなどの野生鳥獣による農林被害が多発するとともに、管理されなくなったカキやクリの木、そして稲刈り後の落穂などが、住民に意識されないまま、動物を引き寄せる要因になっているのです。
その結果、動物と地域住民の間で、深刻な問題が発生している状況を、澤田さんは分かりやすく説明してくださいました。
島根県で行なわれたフィールド・プロジェクトは、住民主体の鳥獣対策を目的としたものですが、それは個々の「点」ではなく、集落ぐるみの「面」で行われることで、効果を発揮します。
地域ぐるみの鳥獣対策を目指したプロジェクトで、どのような取り組みがなされたのか。澤田さんは、2つのフィールドからの具体的な活動報告をお聞きください、と話を締めくくりました。
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田橋横山フィールド・プロジェクトの報告
島根県鳥獣専門指導員 静野誠子
そうした取り組みの具体的なフィールドとなった場所の一つが、島根県浜田市の田橋横山地区です。
この地区は、市街地にも近く、クマの出没を食い止める上で、いわば最後の防波堤に位置する地域。それが、プロジェクトのフィールドとして選ばれた、理由の一つとなりました。
田橋横山地区は農業を中心とした集落ですが、ほかの県内の中山間地域と同様、過疎・高齢化が進んでいます。住民を対象としたアンケートを行ったところ、約8割が野生鳥獣の被害にあっていることがわかりました。
さて、この地域の名産品として栽培されている西条柿ですが、近年では、農業従事者の高齢化や後継者不足などにより、十分な管理ができなくなりつつあります。鳥獣被害への対策もその一つ。
そのようなカキ園に現れるのは、ツキノワグマはもちろん、テンやタヌキ、キツネ、カラス、イノシシなど。特に、住民の方々が怖がり、対処に困っているのがクマです。
そこで、プロジェクトではモデルとなるカキ園を設定して、従来設置されていたイノシシ用のワイヤーメッシュ柵を電気柵に改良し、クマが寄り付かないようにする試みを行ないました。
電気柵は巡らせた電線に電気を流しておき、触れた動物にショックを与え、再び柵に近づかせないための設備です。
しかし、カキの魅力は非常に強いものらしく、クマはワイヤーメッシュ柵を押し曲げて侵入してきたり、柵のわきの木に登ってそれを乗り越えてしまったりと、さまざまな手段でカキを食べに来ます。予想を超えた知恵を使ったクマの様子はまさに驚くべきものでした。
試行錯誤の結果、ワイヤーメッシュ柵の上部に電気柵を追加してクマの侵入を防ぐ場合、どのような条件が必要であるかを知ることができました。
・ワイヤーメッシュの目合いは10cm四方で6mmの線径を使用すること
・ワイヤーメッシュにイノシシ対策用の忍び返し加工がされていないこと
・12mmの異形鉄筋などの強度のある支柱を使用すること(8㎜の異形鉄筋,22㎜,25mmの直管パイプは使用しない)。
・ワイヤーメッシュの周囲には少なくとも2m空間が確保できるように、クマの足場となる立木を伐採する必要があること。
これらの教訓は、今後のクマ対策に生かすことができます。
また集落の中にも、人の手がかけられず放置された果樹が散在します。これらの放置果樹は、知らず知らずのうちに、野生鳥獣を集落内へと引き寄せることになります。
そこで、静野さんたちは、放置果樹がどこにどのくらいあるのかを洗い出し、持ち主の許可がとれたものについては、伐採を行いました。地道なものですが、集落内にある餌場を減らしていくという点で、重要な活動です。
さらに、プロジェクトでは、イノシシの侵入を防ぐため、集落の周りを囲むようにワイヤーメッシュ柵の設置を行いました。
それに先立ち、住民と一緒に集落の周辺を歩きながら、どの場所で被害が多いか、なにが原因で野生鳥獣を引き寄せているか、などを実際に目で見て確認する「集落点検」を実施しました。そして、それらの情報を地図にすることで、みんなで情報を共有し、効果的な広域柵の設置を検討しました。
広域柵は設置したら、それで終わりではありません。その効果を持続させるためには、草刈りなどのさまざまな維持・管理作業が必要になりますが、過疎化・高齢化が深刻な地域では、そのための労働力を確保するのが大きな課題になっています。
それでも、プロジェクトで行った活動は、住民の関心を高めることに確実につながり、個人や集落単位でできないことは、地域全体でカバーしあう土壌が形成されていきました。
そして、集落の垣根を超えた「美川西鳥獣対策専門部会」の結成に至ったのです。美川西とは田橋・横山地区の総称であり、今後はこの地域部会が中心となって、WWFと島根県の共同プロジェクトで得られた成果を引き継ぎ、さらに発展させる取り組みを行っていくことになります。
プロジェクトの実施前後に行った住民アンケートの結果、いまだに「クマを怖い」と感じる住民の意識は、大きく変えるまでに至っていないことが分かりましたが、静野さんはクマとの共生に向けて、「こうした意識を、少しずつ変えてゆきたい」と、これからに向けた気持ちをお話しくださいました。
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匹見町フィールド・プロジェクトの報告
元・島根県鳥獣専門指導員、現・吉賀町鳥獣対策専門員 金澤紀幸
続いて、もう一つの島根県のフィールドである、益田市匹見町での取り組みが報告されました。
匹見町は清澄な水と豊かな自然に恵まれた場所で、クマの主要な生息地となっています。県内ではクマが多くいることで知られる地域です。
この県内最多のクマの出没地域でプロジェクトを行ない、成功させることは、他の地域での対策にもよい影響を及ぼすことが期待されました。
問題になっていたのは、やはりクマを含めた鳥獣による農作物への深刻な被害です。
金澤さんは、ある牧場に侵入してくる動物たちの様子を事例として紹介してくれましたが、その映像には、捕獲檻に入ったクマのみならず、タヌキやイノシシ、さらに別のクマまでもが集まって来て、共に牧場の餌を食べる、驚くような実情が捉えられていました。
匹見町では、町の中心部を全長約15キロにおよぶ電気柵で囲むようにして、その防除に努めているにもかかわらず、被害が絶えません。
その原因を探るため、広域電気柵の総点検を行ないました。
すると、倒木よる損壊や、流水による土砂の流出、工事に際して勝手に撤去されている例などが多数見つかり、全体で400カ所もの「不具合」があることが判明しました。
一方、アンケート調査からは、約8割の住民が電気柵を頼りにしていることがわかりました。住民の意識と電気柵の現状には大きな「ズレ」があったのです。
なかなか思うように活動が進まないなか、金澤さんたちは、住民から要望が高かったサル・イノシシ・クマなどの生態や被害対策の「勉強会」を開催することにしました。
町内に3つある公民館の協力を得て、全4講座を開設。多くの参加者があったこの勉強会は大変好評で、その後に続く大きな弾みとなりました。
この勉強会がきっかけとなり、積極的に電気柵の補修や、集落点検を行う集落が出てきたのです。住民による自発的な取り組みに、専門家の知識が加わることにより、より効果的な仕組みが発案され、改善が行われていきました。
このような取り組みの結果、隣接する地域でも「こちらでもぜひやってみたい」という声が上がるようになり、公民館を中心にプロジェクトの輪が広がり始めました。
匹見町のプロジェクトでは、公民館のような地域に根差したネットワークを発掘し、連携して取組みを進めることが重要だとわかりました。
また、金澤さんはツキノワグマの「予防捕獲」についてもご紹介くださいました。
予防捕獲とは、クマが人里に下りてきて被害を出す前に捕獲し、奥山へ放獣するという取り組みです。
金澤さんは「ツキノワグマにとっては、山での餌採りも、里での餌採りも、違いがわかりません。その違いをしっかり示すためにも、人と動物の「すみわけ」が重要なのです」とおっしゃりました。
こうした一連のWWFとの共同プロジェクトの成果として、金澤さんは、地域が主体となり、地域に合った形での取り組みができたこと、を挙げられました。
それは、地域の事情に合わせて実践と修正を繰り返す、臨機応変の取り組みであり、「長く続けていける」対策のあり方です。
金澤さんは、今回のプロジェクトが今後の島根県の取り組みの基盤となり得ること、さらに各地域での成果を共有しより実践的なプログラムとして確立すること、そのためには継続的に地域で活動できる専門的な人材の育成が必要不可欠だろう、という思いを最後にお話しくださいました。
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質疑と討論
最終報告会となったセミナーでは、最後にパネリストの皆さん全員に登壇いただき、会場からのご質問にお答えする機会を設けました。
その一部をご紹介いたします。
▼四国のクマの保護の一環として、他の地域からクマを入れるという考え方はないのか?
(回答者:山田さん)
今のところ、四国ではクマが繁殖していることは確かめられているので、まずは生息地を保全することで、その回復を図るべきだと思う
また、本州の多くの地域と四国では、遺伝的に違いがある。この違いは長い年月をかけて自然が作り上げた結果であるので、それを人為的に変えることは、二度と元の状態に戻せないことになる。その点に、十分に考慮し慎重に検討することだろう。
▼四国のクマが絶滅することで生態系が受けると思われる影響はあるか?
(回答者:山田さん)
クマが行なう「種子散布」に影響が出ることが考えられる。植物は自ら移動することができないので、分布を広げるためには種子を遠くへ運ばないといけない。そこで、果実を動物に食べてもらい、糞として種子が排出されることで、移動をおこなうという方法をとっているものがある。クマはさまざまな種類の植物を食べ、移動距離が大きいため、植物の種子散布に貢献していることが分かっている。
▼管理されなくなったカキの木を伐採すると他の集落などにクマが移動するのでは?
(回答者:静野さん)
確かにその可能性はあるが、人里でカキを食べることにクマが慣れてしまうことの方が問題が大きい。また、サルなどもそうだが、人里の食物の方が栄養があり、それが動物の繁殖力にも影響する。たくさん子を産むようになり、それが人里に依存するようになると、問題がさらに大きくなってしまう。やはり、人里で食物を取らせない対策が大切と思う。
▼捕獲したクマの放獣について、どのような場所に放している?戻ってくることは?
(回答者:金澤さん)
放す場所は人里からなるべく離れた場所。ただ、放した個体の1割くらいは、また捕獲される。それが、イノシシ罠などで誤捕獲されたような場合は、何度つかまっても放しに行く。そうした中で、すべてのクマが山に戻せないケースはあるが、大事なのは、「危険なクマ」をつくらないようにすること。とにかく、人里にクマを執着させないようにすることが重要。
▼西中国山地のクマが少なくなった理由は? また今後に向けた取り組みは?
(回答者:澤田さん)
クマは島根県内に古くから生息していた。出雲国風土記や石見国風土記には記述がある。狩猟の記録は1923年から残っているが,1970~80年度に多くのクマが捕獲された。遺伝子分析でもボトルネックを経験した個体群であることが分かってきた。ただ,いつの時代にそうなったのかはわからない。孤立個体群である西中国地域のクマの適切な保護管理が必要である。具体的な取り組みとしては、紹介してきた電気柵などによる「すみわけ」が大事になってくる。
▼島根県が設置している鳥獣対策専門員は、他の地域でも設置されている?
(回答者:澤田さん)
島根県では、2004年から鳥獣専門指導員を順次配置して、現在は5名が現場で活躍している。現在は全国各地でも置かれ始めている。ただ、鳥獣対策専門員を設置すればすぐに被害が減少するわけではない。それを設置した自治体が、目的をはっきりさせ、どういうビジョンを目指すのかが大事。
また、専門員は住民とのコミュニケーションが大事。鳥獣専門指導員は、被害発生があれば現地に駆けつけて、誘引物の除去や電気柵の設置を住民と一緒に行うことによって、地域からの信頼を得るようになってきた。
時間の都合上、すべてのご質問にお答えすることはできませんでしたが、それぞれご来場くださった方々の関心の高さがうかがえる質疑の時間となりました。
フィールド・プロジェクトの意義とこれから
また、質疑と討論では、各パネリストの皆さんより、今回の共同プロジェクト、そしてWWFとの連携について、次のような成果が得られたことをお話いただきました。
・四国ではクマの被害が少ないため、行政の動きは鈍く、市民からも声が上がらない。本州では多く生息していることもあり、保護の機運が高まらない状態があった。そういった中、四国のツキノワグマ個体群の保護調査に取り組むことができた
・ なかなか発信の難しい地方と、都会をつなぐチャンネルとして、情報発信についても大きな力になった
・外からの視点が加わったことで「行政が何とかしてくれ」ではない、住民も一緒になった取り組みが実現できた
・「住民の目線」に立った取り組みには、行政としても学ぶ点が多かった
実際、さまざまな関係者を「つなぐ」こと、そして問題や現状を広く「伝える」ことは、WWFジャパンとしても当初から担うべき役割として認識し、力を入れてきました。
しかし、それ以上に大切なこともありました。
動物のため、地域にすむ人たちのため、日々取り組みを続ける現地パートナーの方々を、どう「横から支えること」ができるか、という課題です。
四国については、現在生き残っているクマを守るだけでなく、どうすれば今後、その生息地を広げることができるのか。
島根については、行政として動きづらい点があれば、それをどうすればサポートできるのか。
これは、今回のプロジェクトを推進するうえで、自然保護団体であるWWFとしての最も重要な課題であり役割でした。
クマ、そして日本の自然保護 次の一手に向けて
セミナーの終了にあたり、WWFジャパン自然保護室長の東梅貞義は、これからに向け、次のように抱負を述べました。
「クマのフィールド・プロジェクトは、2016年6月をもって一区切りしますが、WWFジャパンではこれからも、四国や島根からの情報を引き続き発信し、この取り組みを日本のほかのフィールドにもつなげてゆく役割を果たしてゆきたいと思います」
そして、現場の取り組みへの理解をぜひ深めていただき、そこで頑張る人たちをこれからも応援してほしい、とメッセージをお伝えしました。
これからも続くツキノワグマ、そして人と野生生物の共生に向けた取り組み。
簡単に答えの出せない難しい問題ですが、それは未来に向けて必ず、解決してゆかねばならない日本の課題です。
WWFでは環境行政の改善を求める政策の提言を続けてゆく一方、これからも、さまざまな現場で活動に取り組む皆さまと共に、この課題に挑んでゆきます。
謝辞
クマのフィールド・プロジェクトは、今回のセミナーに実際にご来場くださった方を含め、たくさんのWWFサポーター(会員・寄付者)の皆さまからのご支援により、実施することができました。
この場をお借りして、スタッフ、および関係者一同より、あらためてお礼を申し上げます。
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