人工知能とビジネスの接点では、今、何が起こっているのか。今回の取材はそうした着眼点からスタートした。
前回は汎用人工知能としての「全脳アーキテクチャ」の開発者を取り上げ、人間の知性を超える試みについて紹介したが、今回は人工知能がどのようにビジネスと結びつき、社会で活用されているのか、実践的な側面を観察しようというわけだ。
話をお聞きしたのは、「世界の頭脳へ」を標榜し、人工知能のビジネスを展開する株式会社メタップスのCEO佐藤 航陽氏だ。
同社は2015年2月、シリコンバレーVCなどから総額43億円の資金調達を行い、話題となった。また、社外取締役としてスクウェア・エニックス元社長の和田 洋一氏を、さらにアドバイザーに竹中 平蔵氏を迎え、セガゲームス、博報堂との業務提携を行うなど、事業をさらに拡大している。
当初はいかにして人工知能をビジネスに活かすべきか、といった話を期待していた。 しかしその期待は、どうやら今の資本主義という発想から出発しているものに過ぎないことが分かった。
人工知能でビジネスの最先端を走るベンチャーが今考えていること、それは「経済が再構築される未来」だった。
株式会社メタップス 代表取締役社長 Metaps Pte. Ltd.(シンガポール法人)
CEO/Founder 佐藤 航陽氏
大学入学後、2007年に株式会社メタップスを設立。2011年にシンガポールで人工知能を活用したアプリ収益化支援事業を開始。現在は東京、シンガポール、香港、台湾、サンフランシスコ、韓国、上海、ロンドンの8拠点で事業を展開。
人工知能が見る「人間には見えないもの」
私たちのホーム画面にあるアプリは、すでに人工知能が与えた選択肢なのかもしれない。
「metaps」は特定のタスク処理に特化した性能を持つ、特化型人工知能「ビジネスインテリジェンス」を活用した、スマートフォンアプリの集客・分析・収益化を支援する開発者向けプラットフォームだ。
metapsを導入すると、収集した約2億人分のアプリユーザーのビッグデータを使い、アプリの開発者に、意思決定を支える情報と広告の効果を測定するための情報が提供される。
佐藤氏:大変興味深かったことなのですが、広告のターゲティング(CTRとCVRのゴールを最適化させる(1) )を、実験的に人間と人工知能で競わせたことがあるのです。すると、最初の1ヶ月くらいは人間の方が圧倒的に作業も早く、収益化にも結びつけることができました。しかし2ヶ月目、3ヶ月目になると人工知能に負けるのです。
さらに人工知能の学習が進み、精度が非常に上がった状態でシステムの"蓋"を開けて、私たち人間で分析を試みました。人工知能の手の内を知ろうとしたのです。
しかし不思議なことに、その人工知能の分析・予測がなぜ良い成果を出すのか、私たちが見ても分からなかった。つまり、人工知能には人間には見えないパターンが見えているのです。
収益化という結論ありきの問題については、すでに人工知能によって人間にはできないターゲティング・レコメンデーションが可能だということを実証していると言えるでしょう。
*(1) CTR:Click Through Rate/広告がクリックされた確率、CVR:Conversion Rate/広告へのアクセス数から成果に至る確率
最適化のためのゴールが明確であればあるほど、人工知能は学習をしやすいという。さらにmetapsは、世界8拠点でアプリ市場を分析し、プロモーションも最適化する。アプリ開発にmetapsを導入することは、いわば非常に優秀なマーケッターと広告戦略支援者をリクルートするようなものだ。
世界を駆け巡る情報と資本が、経済を縮小させる未来
こうしたエピソードを聞くと、多くの人は「人工知能によって雇用が奪われる」という危機感を抱く。しかし、佐藤氏の視座はそこにない。彼は「そもそも人間は働く必要があるのか?」と、事業をしながら考えるようになったという。
佐藤氏:人間は本来、もっと違う生き物なのではないかと私は考えています。人生の7割を労働に捧げ、その多くが苦心を伴うものだというのは、人類にとって本当に豊かなことなのでしょうか?
労働文脈では、まるで「シンギュラリティが私たちから仕事を奪う」といった論調が目立ちますが、そもそも人間が"働きっぱなし"の生き物になったのは僅かここ300年ほどの出来事です。歴史から見ても、日本などの先進国における人間の働き方は、そもそもイレギュラーなのではないか、と私は考えます。
それは今の経済を動かしている「中央銀行」の仕組みと歩みを共にしています。1668年に設立されたスウェーデンリクスバンク(現スウェーデン国立銀行)が世界最古の中央銀行ですが、その仕組みは民間組織がつくったものを国営化しています。
つまり今や世界を覆い尽くしている経済自体も、もともとは、たくさんあった可能性の中のいちアイデアに過ぎないのです。それが今、私たちの世界を、人間らしさを失わせるほど過度にコントロールしているとすると、時代が変わったのだから他の方法が出てきても良いはずだと思います。それがテクノロジーやインターネットで可能になるのがこれからの未来なのでしょう。
事実、現代における人間の労働の大部分は、企業等の収益化のために行われている。少なくとも先述したmetapsの観点から見れば、ゴールが明確な収益化のための分析・予測は人工知能の得意分野でもある。
metapsは人工知能でアクション(アプリ収益化施策の施行)までオートメーション化できるため、より進歩すれば、人間のやることは理論的には確認以外残らないという。つまり未来では、朝、出社してmetapsの管理画面を開き、確認ボタンを押すだけでその人間の仕事は完了する。現状ではまだ人間の判断することは多く、人工知能対人間の作業量は50:50程度だそうだ。
metapsのようなビジネスが様々な領域で生まれていくとすれば、これからの人間はどのように働くようになるのだろう?
metaps管理画面
アプリ内のすべてのデータを計測し、ユーザー動向を把握するために必要なKPI、イベントの追跡、マネタイズ指標を可視化する。
佐藤氏:そもそも、なぜ人間はこんなに忙しく働くようになったのでしょうか?
現代は情報と資本が、非常に高い流動性で世界を駆け巡っています。インターネットなどのインフォメーション・テクノロジーの発達で、あまりにも情報と資本の価値が高まりすぎているのではないでしょうか? 私はその結果として、今の経済は次第に縮小するのではないかと考えています。なぜなら、今の情報と資本の置かれている環境下では、多くの企業が利益を出しにくくなっているからです。
そもそも利益とは、突き詰めれば、ある企業の価値に他の企業が追いつくまでの時間的余裕のことです。つまり、自社が他社よりも優位でいられる時間が利益を生みます。
しかし、世界中でリアルタイムに情報が飛びかう環境では、企業が何か大きな価値をつくってもすぐに真似されてコモディティ化します。自社が他社よりも優位でいられる時間が限りなく短くなっているため、企業の利益がどんどん小さくなってきています。
それゆえに、企業で労働者は忙しく働いているのにまったく儲からない。儲からないので、さらに多く、長く働こうとしているのが今の労働環境なのです。
そして、この情報と資本の流動性は高まり続けています。今後は人工知能もそれを加速させるでしょう。その結果として、経済からどんどん無駄が削ぎ落とされていきます。本当に無駄のないシステムの中では、そもそも経済は成り立ちません。
つまり、私たちの生み出したインフォメーション・テクノロジーは今、経済が縮小し機能が低下する一点へと私たちを引っ張っているとも言えるのです。
会社が経済圏をつくる未来!?
膨大な情報と資本が世界を駆け巡り、人工知能が労働を代替してゆく未来、佐藤氏は経済そのものが再構築されていくと考える。
そうした中で、企業としてのメタップスが実現したい未来とは何なのだろうか?
佐藤氏:私は、インフォメーション・テクノロジーは、最終的には「インテリジェント・テクノロジー」になるものだと思っています。今はまだ情報だけですが、彼ら自身が知性として情報をつくり、私たちに与えてくれるというところまで進化するはずだと考えています。狭義の情報革命は、過渡期のものにすぎず、最終的には彼らが語りだしてこそ本当のテクノロジーだと思います。次に起こるのはまさに「知性革命」です。それを軸にして会社をつくった方がいいと考えたのが、メタップスという会社の始まりです。
そして、これから世界をリードする企業は、経済そのものをつくりだすようになると考えています。今の社会はあまりにも情報と資本の価値が高まりすぎている。それゆえ俯瞰的に見ると、情報の価値を高め、資本にレバレッジをかけてグローバルに展開できる企業しか事業拡大ができない世界を生みつつあります。
なぜこんな極端なことが起こってしまうかというと、経済自体に資本主義以外の競合する概念がないからです。テクノロジーの急速な発展によって、資本主義による経済だけで世界のすべてをコントロールすることが難しくなってきているのです。
そこに私は、人工知能が人間を労働から解放することによって成り立つ、新しい経済圏の実現を目指しています。
強力なビジネスモデルがあり、企業の中で経済圏をつくることができれば、すべての「市民」が狭義の国家がつくる経済の中で生きる必要はなくなります。その企業がサービスを使う人全員を社員として雇用し、独自の経済を循環させ、無料で住まいや食べ物を提供すれば、そこに新しい社会の形が生まれる可能性もあるわけです。
たとえばGoogleが、ガードマンを社員として雇用したというニュースが話題になりました。現在、Googleの社員をはじめとするテクノロジー企業に従事する人々の給料が上がりすぎており、彼らが家を買うと、その地域の土地代と家の価格が高騰してしまうため、ガードマンをはじめとする一般市民が同じ地域に住めなくなるという社会問題が発生するのです。その対処法として、Googleは雇用という道を選んだ。
市民としてアメリカ経済圏に属するより、社員としてGoogle経済圏に所属した方がメリットがあるということの好例でしょう。
私は資本主義で勝つことよりも、こうした新しい経済圏をつくるための「ひとつ目のドミノ」を倒せる方が重要だと思っています。ひとつの先例がないと人は動けない。その先例になりたいと思っているのです。まずは自分で証明できるのかどうか。それがメタップスでやりたいことですね。
人工知能はすでに私たちの経済そのものの中で、着実に世界を変えている。
これからは人類の生活にも、より多くの人工知能が関わっていくだろう。近い未来、もしも世界中の人々が身に付けているウェアラブル端末に使われるであろう人工知能がさらに進化すれば、人類に「働き過ぎです。違う仕事を探してください。たとえばこんな働き方はどうですか?」なんて提案をする日も来るのかもしれない。
それが世界中で巻き起これば、間違いなく、人類が読むべき新聞の一面記事として、ニュースアプリの人工知能が人類にレコメンドすることだろう。
見出しはもちろん、「世界中の人工知能、人類に新しい経済論を提案」だ。
WISDOM 2015年07月17日の掲載記事「人工知能は、資本主義以外の経済を発想できるか?」より転載