昨年8月から始まった生活保護の生活扶助基準の段階的引き下げにより、生活保護利用者の暮らしはますます厳しくなっています。
厚生労働省はそれに追い討ちをかけるように、住宅扶助基準(賃貸住宅の家賃分に相当)の引き下げも狙っています。社会保障審議会の生活保護基準部会では、今年に入り住宅扶助に関する議論が急ピッチで進んでおり、今年11月に報告書をとりまとめる方針だと言われています。
これに対して、生活保護問題対策全国会議と住まいの貧困に取り組むネットワークが中心となり、7月9日に「生活保護の住宅扶助基準引き下げの動きに反対する共同声明」を発表し、記者会見をおこないました。
9月15日(月)には、この問題に関する緊急集会も開催されます。
厚生労働省は今年の7月、「生活保護受給世帯の居住実態に関する調査」を実施しました。これは各地の福祉事務所ケースワーカーが生活保護世帯を家庭訪問した際に、住居の状況(家賃、面積、設備など)を調査するというもので、「近隣同種の住宅等の家賃額と比較して、明らかに高額な家賃が設定されている」という疑いがあるかどうかについても調べているようです。
この調査結果はまだ公表されていませんが、厚労省が「生活保護世帯は一般の低所得者世帯よりも高額な家賃の住居に居住している」という調査結果を導き出し、「だから、住宅扶助基準は下げるべき」という方向に議論を誘導しようとしているのは火を見るより明らかです。
しかし、ここで考えなければいけないのは、「なぜ生活保護世帯が割高の家賃のところに住まなければいけないのか」という問題です。生活保護の利用当事者にとって、住宅扶助費は受け取った額をそのまま大家に払うので、その金額が高くても本人には何のメリットもありません。
私はNPOもやいで多くの生活保護利用者のアパート入居の支援(連帯保証人や緊急連絡先の提供)を行なってきましたが、何人もの方から「不動産屋を何軒もまわっても、自分の年齢を言うと貸してくれない」という話を聞いてきました。
本来、住宅に困窮している人たちのためにある制度が公営住宅です。しかし近年、各地の自治体は財政難を口実に公的住宅の数を抑制・削減してきました。東京でも1999年以降、都営住宅が増えていません。
そうした中、ほとんどの生活保護利用者は民間のアパートを借りざるをえません。ところが、日本の民間賃貸住宅市場では、高齢者、障がい者、失業者、ひとり親家庭などに対する入居差別が蔓延しており、こうした人々が多い生活保護利用者はなかなか部屋を借りることができません。
そのため、住宅扶助基準の上限額を払って、ようやく貸してくれるところを確保するという状況が広がっているのです。地域によっては、上限額を払っても貸してくれるところがないため、「管理費」や「共益費」の名目で数千円を上乗せして、部屋を借りている人もたくさんいます。
厚生労働省が、生活保護利用者が暮らす部屋の家賃が「割高」であることを問題にしたいのなら、こうした実態こそ改善すべきなのです。
今回の住宅扶助基準をめぐる議論は、住宅政策を管轄する国土交通省とは全く無関係に進められようとしています。
国土交通省が今年7月に発表した「貸しルーム入居者の実態調査」はインターネットを使って、各地のシェアハウスに暮らす人びとの生活や就労の実態を調べたものですが、その中で興味深いのは、「狭小・窓無し物件」に暮らす人のデータをピックアップして公表していることです。
「狭小・窓無し物件」というのは、「部屋が7㎡未満」か、「窓のない」のいずれか、両方を満たす物件ということなので、事実上、「脱法ハウス」と言えます。
この「狭小・窓無し物件」に暮らす人の半数は15万円未満で、やはり低所得者が多いのがわかります。
しかも、驚くべきは入居時に生活保護を受けていたという方が11%もいることです。生活保護を利用しているにもかかわらず、「脱法ハウス」に暮らしていると考えられます。
厚生労働省は、国土交通省が発表したこの調査結果をどう考えるのでしょうか。
こうした実態に目を向けず、住宅扶助の金額だけを下げてしまえば、生活保護利用者はさらに劣悪な住まいへと追いやられてしまうでしょう。
生活保護の住宅扶助に関する議論を真面目にしたいのであれば、厚生労働省と国土交通省という省庁の縦割りによって議論が封印されてきた「日本の住宅政策のあり方」という「パンドラの箱」を開けるべきだと私は考えます。
(2014年9月13日「稲葉剛公式サイト」より転載)