11月13日(金)にパリで発生した同時多発テロは、世界に大きな衝撃を与えました。
オランド政権はシリアへの空爆を強化し、極右勢力を中心にシリアからの難民の流入を制限すべきだという声があがっています。
しかし一方でフランスには、国内で生まれた移民の二世、三世が過激思想に走ってしまう背景には、フランス社会に内在する貧困や社会的排除の問題がある、と指摘し、戦火から逃れてくる難民をもっと受け入れるべきだと主張する人たちもいます。
2013年に日本に留学生として滞在し、NPO法人もやいの活動にもボランティアとして参加したことのあるフランス人研究者のマリーセシール・ムリンさん(Marie-cecile Mulin)に、今回の同時多発テロに関する意見をうかがいました。
ぜひご一読ください。
先週の金曜日、パリで悲惨な事件が起きました。
この事件により、民主主義の土台が揺さぶられています。
また、安全な場所は世界のどこにももはやないということが明らかになりました。
標的となった地域は、人々が日常的にくつろぎ、楽しく時間を過ごす場所でした。市民の恐怖を最大限にするために計画的に選ばれた地域と言えるでしょう。
テロリストの正体はフランス人やヨーロッパの人たちであったことが判明しています。この事実は、彼らがどのような理由からこのような犯行に至ったか、その責任を誰が取るべきなのかという質問を私達に投げかけます。
この事件の責任は民主主義に生きる市民、個人の一人ひとりが負っているのです。
その理由は、テロの被害に悲しむ一方で私たちの国の「民主主義」は、中東やアフリカの紛争や混乱に深く関与しており、何百万人もの人々を貧困に陥れているからです。そういった国々から逃げ出すことができない人々が過激な思想を持つようになるのはたやすいことです。
他方で、ヨーロッパ諸国、特にフランスでは、アフリカからの移民がスラム街に置いてきぼりにされ、学校すら社会的流動性に機能しなくなっており、法律すら届かなくなっている現状があります。その土壌が若者のギャング化、思想の過激化への温床となっています。
私たち一人ひとりに責任があります。なぜなら私たちはこの状況を放置してきたからです。民主主義の担い手は市民一人ひとりのはずです。私たちが現在直面していることを政治家だけに委ねたところで解決は難しいでしょう。この国や世界に暮らす全ての人々の権利を守るべく、私たち一人ひとりが行動しなければなりません。
今のところ、フランスでは多くの人々が団結してテロに立ち向かっています。去年1月の『シャルリー・エブド』襲撃事件の時以上に自分や家族にも起こり得ることと捉えています。しかし、この団結はとても脆くなっており、極右の過激派の発言や、或いは新たなテロにより砕けてしまうものかもしれません。
いま、大きな危機に瀕している「自由」について、私たちは真剣に考える時にきています。
私たちが歩く「民主主義」の道は、とても不安定で細く、心もとないものとなりました。この道を歩き続けたいならば、何としても踏みとどまることが今、私たち一人一人に求められています。
先週金曜日にパリを襲った悪夢は、別の地域では毎日毎日、何年にも渡って続いている悪夢です。そして私たちは決して無関係ではないのです。紛争の国から命からがら逃げてくる人たちを追い返すべきではありません。難民を受け入れ、尊厳や人権を尊重する。その一方で国内の安全確保に尽力する。この両方をしなくてはなりません。これは私たちの意志と、体制と、モラルの問題です。(翻訳・編集:小林美穂子)
マリーセシールさんには、今年1月の『シャルリー・エブド』襲撃事件の際にも、メッセージをいただいています。あわせて、ご参考にしてください。
今回の同時多発テロが起こった日の翌日(11月14日)、東京の立教大学では「ハウジングファーストと社会デザイン―フランスと日本の実践から」と題したシンポジウムが開催され、フランス・マルセイユで「ハウジングファースト」(精神障害を抱えたホームレスの人たちに無条件で適切な住居を提供するプログラム)を実践している精神科医のヴァンサン・ジェラールさんが講演を行ないました。
ヴァンサンさんは冒頭、パリでの事件に触れて、「くれぐれもテロリズムを宗教や民族と混同しないでほしい」と強調していました。
ヴァンサンさんによると、マルセイユの人口の約3割は移民やその子孫であり、ヴァンサンさんたちが支援している人のほとんども移民やその2世、3世だと言います。
ヴァンサンさんは講演の中で、ホームレスの人に対して「まずはドラッグや酒をやめないとダメ」と条件づけをしたり、一方的にジャッジメントをするのではなく、一人ひとりの尊厳を尊重し、「基本的な人権」として住宅を提供することから支援を始めなければならないと強調していました。
ヴァンサンさんたちの活動は、テロの温床となっている国内の貧困や社会的排除をなくすための活動であり、真の意味での「テロとの戦い」と言えるのではないか、と私は感じました。
貧困や社会的排除、差別排外主義、暴力をなくすために奮闘しているフランスの市民に学びながら、私たちも日本の社会にもある同様の問題に対して立ち向かっていきたいと考えています。
(2015年11月19日「稲葉剛公式サイト」より転載)