2013年に財政破綻を起こしたミシガン州の都市「デトロイト」。スクラップアンドビルドを体現するかのごとく、時を同じくしてデトロイトに生まれたのが、自動車メーカーから転身を遂げた「SHINOLA(シャイノーラ)」というブランドです。
腕時計の製造からスタートし、今では自転車や革製品なども手がけるようになった「SHINOLA(シャイノーラ)」の歩みは、デトロイト、そしてアメリカの製造業復活につながる大きなヒントになりそうです。
■オバマ元大統領も愛用した時計
「SHINOLA(シャイノーラ)」の時計工場が稼働を開始したのは、2013年の春。"モータータウン"として知られたデトロイトには、自動車製造の伝統はあるものの、時計づくりの文化はなく、「SHINOLA(シャイノーラ)」も全くのゼロからスタートを切りました。
腕時計は、ものづくりの中でもトップクラスの技術が求められます。それでも敢えて難易度の高い分野に飛び込んだ背景にあるのが、「時計づくりで技術力を証明し、アメリカの製造業復活のロールモデルとなる」という高い志です。
「SHINOLA(シャイノーラ)」が最初に行ったのは、職人の育成。手先の器用さをチェックする試験に通った人たちに対して、欧州から招いた専門家が指導を行いました。
職人候補として選ばれたのは、自動車の修理工からエステティシャンまで、時計づくりとは無縁の世界で生きてきた人たち。スイスの時計メーカーも協力し、スイス標準に沿った教育の実施と工場オペレーションの構築をサポートしました。
■時計ブランドからライフスタイルブランドへ
手作業のスキルは、未知の分野においてもいかんなく発揮され、2013年だけで約4万5000個の腕時計を出荷。価格は400~800ドルとやや高価ながら、ほとんどが完売しました。
これだけのスピードで消費者に受け入れられたのは、ものづくり文化が根付いた土地から生み出される確かな品質、そして財政破綻を起こしたデトロイト発のブランドが復活の狼煙を上げたというストーリーが心を動かしたからだと思います。
「SHINOLA(シャイノーラ)」は以後、 自転車や革製品、文具、洋服、炭酸飲料水などの製造に着手します。「SHINOLA(シャイノーラ)」の時計をはめ、「SHINOLA(シャイノーラ)」のバッグを持ち、「SHINOLA(シャイノーラ)」の自転車に乗って街へ駆け出す。そんな風に人々の生活をトータルにカバーするライフスタイルブランドへと進化を遂げており、商品のジャンルは年々増え続けています。
■店舗には日本人が多数訪問
現在はアメリカ国内に20の直営店を展開し、今後は海外展開にも力を入れていくとのこと。私は先日、アメリカ国外の一号店となるロンドンの店舗を訪れました。
レザーやスチールをはじめ、商品には国内で手に入る素材が使用されているように、「SHINOLA(シャイノーラ)」はアメリカ産という側面を大きく打ち出しています。私は普段、日本産の精巧なものづくりに触れていますが、メイド・イン・デトロイトのクオリティには思わず目を瞠るものがありました。
店内には工房があり、買ったアイテムにその場で刻印を押してくれるサービスも。自分のイニシャルや、プレゼントする相手のイニシャルを入れる人が多いそうです。
スタッフの方が教えてくれた情報によると、幅広い客層の中でも、日本人のお客さんが特に目立つとのこと。海外にいても細かな気配りが行き届いたクラフトマンシップに惹かれてしまうのは、日本人の国民性なのかもしれません。
■ものづくりの力で経済を立て直す
デトロイトは2014年に財政破綻からの脱却を発表しました。今後、本格的に経済を立て直していくためには、ものづくりの力こそが鍵を握っていると思っています。
自動車製造で培ってきた技術やノウハウは、他の産業にも活かせる。その事実を「SHINOLA(シャイノーラ)」が高らかに立証したことは、衰退しつつある他の自動車メーカーにも大きな希望を与えたのではないでしょうか。
財政破綻が起きた後、街の一部が廃墟と化した光景は画像や映像を通してネットでも出回りました。犯罪率も高いようにまだまだ課題はありますが、自動車産業を通してアメリカの成功に貢献した歴史ある都市。
"モータータウン"の頃とは違う形で、アメリカの製造業を活性させていったとしても、何ら不思議はありません。