ドイツの映像メディアは、2011年に福島事故をどのように伝えたのか。そして現在はどのような情報をドイツの視聴者に伝えているのだろうか。
*福島事故の映像に衝撃
ドイツ人の原子力への不信感は、最近始まったものではない。
ドイツ市民の大半は、1986年のチェルノブイリ事故以来、原子力に反対する姿勢を強めていた。この国では南部のバイエルン州を中心として、農作物や土壌が放射性物質によって汚染されたからである。それまで原子力擁護派だったSPDも、この事故をきっかけに緑の党と同じく原子力批判派になった。
だがこの国の有権者の原子力への不信感を決定的にしたのが、2011年の福島事故の映像だった。事故直後ドイツのテレビ局は、福島第一原発の1号機の建屋が爆発する映像を繰り返し放映した。そして原子力工学の専門家は3月12日夕刻の特別番組で、「チェルノブイリ並みの事故になる可能性がある」というコメントを明らかにしていた。
3月12日に福島中央テレビが撮影した1号機建屋の爆発シーンは、NHKよりも早く外国の放送局に流れていた。私は当時ミュンヘンで、ニコニコ動画で流れるNHKのニュースと、ドイツのテレビ・ニュースを同時に見ていた。NHKが上部が骨組みだけになった1号機の建屋の静止画像を流していた時に、ドイツや英国のテレビ局が繰り返し1号機の爆発シーンの動画を流すのを見て、唖然とした。
メルケル首相を含め多くのドイツ人は、福島事故が起きるまで、日本について「あらゆるリスクについて万全の備えをしたハイテク大国」という先入観を抱いていた。福島事故の映像は、そうしたイメージを粉々にした。
週刊誌シュピーゲル誌は、1号機の爆発の瞬間の写真を表紙に使って、「原子力時代の終焉」という見出しをつけた。
メルケル首相は、連邦議会で行った演説の中で、「日本人たちが事故発生直後の数日間、原子炉を直ちにコントロールできず、建屋に放水している映像を見て、私は自分の原子力リスクについての考え方が甘かったことを悟った」と述べている。日本からの映像は、ドイツが福島から約1万キロも離れているにもかかわらず、市民をヨウ素剤や線量計の購入に走らせるほどのショックを与えた。
この時に植えつけられた不信感は、今も多くのドイツ人の心に残っている。私はドイツ人から「日本から輸入された車は放射能で汚染されていないだろうか」とか、「家族と東京へ2週間旅行するが、放射能の危険はないだろうか」と、真顔で尋ねられたことがある。あるドイツ人弁護士から「私はこのピアノを福島事故の前に買ったから安心だが、福島事故の後に作られたピアノは、居間には絶対に置かない」と言われたことがある。大変な風評被害である。日本からドイツへ食料品を入れた小包を送ると、ドイツの税関が放射能汚染の有無について、詳しく検査するので、福島事故の前に比べて、到着までに長い時間がかかるようになった。
事故から約4年経ち、ドイツでは福島事故に関するニュースの数がめっきり減った。新聞ではときおり汚染水や、福島の子どもたちの甲状腺調査についての記事が載る程度である。これに対しドイツのテレビ局は、長尺のドキュメンタリー番組を放映するようになってきた。だが私の目には、日本人をうならせるようなレベルの番組は少ない。
*汚染水はコントロールされているか
ドイツの公共放送局ZDFは、2014年2月26日に「偽装・欺瞞・威嚇―福島の嘘(Täuschen, tricksen, drohen ― Die Fukushima-Lüge)」という43分間のドキュメンタリーを放映した。題名が示すように、挑発的な内容である。ZDFは番組の冒頭で、2013年9月に安倍首相が東京へオリンピックを招致するために行った、「福島の汚染水の状況は完全にコントロールされている」という発言を聞かせる。
ZDFのJ・ハーノ記者は、「本当に汚染水はコントロールされているのか?」という問いの答えを見つけるべく、福島、仙台、京都、東京、新潟などで、多くの日本人の研究者や政治家にインタビューを行った。
彼は番組の中で、京都大学の研究者たちが行った、阿武隈川を通じて海に流れ込んだセシウムの実態調査を詳しく紹介する。ハーノ記者は、「原発から80キロメートル離れた海底でも、部分的にセシウムの濃度が高い場所があることや、海底の土壌の放射性物質に関する上限値が1キログラムあたり8000ベクレルという高い値に設定されていることを考えると、海洋汚染の状況がコントロールされているとは言い難い」と述べ、安倍首相の発言に疑問を呈している。
もう一つのテーマは、電力業界、産業界、学界、メディアに根を張る「原子力ムラ」が、今なお日本で大きな影響力を持っているという仮説だ。ハーノ記者は菅元首相にインタビューを行った上で、「菅氏は脱原発を提唱し、原子力ムラに歯向かったために、首相の座を追われた」という、いささか短絡的な陰謀説を主張する。
またハーノ記者は、「ある研究所の幹部は、安倍首相のオリンピック誘致のための"安全宣言"以降、福島事故による放射能汚染の実態について、テレビ局のインタビューに答えてはいけないと上層部から指示された」と主張し、今なお原子力ロビーの影が日本社会を覆っていることを示唆する。
これらの情報は、ハーノ記者にインタビューされた相手の単独証言であり、裏づけ取材は行われていない。メディアと話さないように圧力を受けたとされる研究者は、顔や声を判別できないようにしてあるので、誰なのかもわからない。
「福島の嘘」は労作だが、ドキュメンタリーとしての水準は低い。しかし日本の事情を知らないドイツ市民が見たら、福島事故後の日本社会について非常に悪い印象を持つだろう。
また公共放送局WDRは、2014年11月3日に「日本の放射能との戦い」という42分間のドキュメンタリーを放映した。科学担当記者であるR・ヨゲシュワール氏が、福島第一原発・4号機の建屋などに入って映像取材を行っている。
特に後半は、放射能汚染地域を抱えた日本の現実を強調しており、見ごたえがある。ゴーストタウンになった商店街で、2011年3月11日の地震の発生時刻で止まったままの時計。放射性物質によって汚染された土が、黒いビニール袋に詰められて山積みになった空き地。公園で遊ぶ母親と子どもの背後にある、放射線量の表示板。ヨゲシュワール氏は「放射能汚染地域に事故前と同じ姿で立ち続ける家々は、不条理な喪失に対する警告の碑(いしぶみ)だ」と指摘する。
ヨゲシュワール記者は、除染作業の模様も取材。彼は作業にあたる人々の努力に敬意を表しながらも、その効果について、悲観的な見方を示している。「ある年配の作業員は、小さな金属製のブラシで、コンクリートの壁の除染を行っていた。ブラシは磨り減っており、彼の顔には疲労が浮かんでいる。彼は私に気づくと軽く一礼し、再び作業を続ける。彼は金属製のブラシで、目に見えない放射能という敵と戦っているのだ」
「作業員たちは、熱心に除染作業を行っていた。しかし除染作業が終わったばかりの庭で、放射線量を測ったところ、私の線量計は高い数値を示した。隣の敷地からの放射性物質で、除染したばかりの庭がもう汚染されていたのだ」
彼の視線は、今後何十年にもわたり、日本社会が取り組まなければならない原発事故の負の遺産を、鋭く浮き彫りにしている。(続く)
朝日新聞社『ジャーナリズム』掲載の記事に加筆の上、転載
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