ビル・ゲイツ氏やマーク・ザッカーバーグ氏らIT経営者たちと楽しく懇談したり、飛行機を爆買いしたりと、その動向が注目されたアメリカ訪問中の中国・習近平主席。先日、「報道ステーションSUNDAY」の取材で中国に行ったときも、何かとつながらない通信には苦労した。Wifiはビンビンに飛んでいるのにTwitter、Facebook、LINEはもちろん、Googleも一切アクセスができない。シアトルでの会合にTwitterとGoogleの代表はさすがに出席しなかったようだが、いったい習主席はマーク・ザッカーバーグと何を話したんだろう。さらに言えば、取材用のビザで入国しているから当然なのか、ホテルのロビーに我々TVクルーが集まっていれば、離れたところから写真を撮っている人がいるし、取材をしていると公安警察が時折姿を見せるという見張られ感。街並みは発展し、一見、人々は自由を謳歌する大国に見えても、通信や報道の自由が制限され、外部と遮断された監視空間という矛盾をはらんだ中国をなにより感じたのが天津の爆発事故現場だった。
中国有数の港湾都市・天津で、閃光と爆発が闇を切り裂いたのは8月のこと。死者・行方不明者が160人を超える大惨事となった。当時、中国の自社工場で生産した金属部品を日本に送るため、コンテナが通関待ちだったというのは、天津で金属工場を経営する佐藤豊彦さんの話だ。私は事故から1か月、はじめて現場を視察するという佐藤さんに同行して、爆心地に向かった。
首都・北京の海の玄関口というだけあって、天津は急速に開発が進み、高層ビルが林立する中国の経済エンジンと言われる地域である。しかし、中心地からおよそ60キロ離れた事故現場の港湾地域に近づくと、整備された町中とは一転、道路沿いには汚染土砂が入れられた土嚢が積み上げられ、ぐしゃぐしゃにゆがんだコンテナがそのまま残されていた。そんな中でも、トラックが行きかい、港湾機能は回復している。
「事故から3日目には再開していましたからね。ここは流通の心臓部。止まったら致命的ですから」と佐藤さん。しかし、周囲の様子は再開とは程遠い状況である。港湾地区を取り囲むように建つ高層マンションの窓はすべて粉々にくだけ、爆心地である直径100メートルの大きなクレーターがある場所から200メートルほどまで近づくと、周囲の建物はめちゃくちゃに破壊されて鉄骨がむき出しになっていた。そして、なんと爆心地周辺では、いまだ灰色の煙が立ち上り、水を撒いて消化活動をしているではないか。事故後、一か月たっても未だ続く消火活動。今回新たに入手した封鎖された現場の写真には、放射線防護服のような完全防備で作業をする人たちの姿も映されている。あのとき、いったい何が起きていたのか。佐藤さんによれば、原因も賠償についての説明も一切ないという。
「私たちの被害額は2200万円ほどですが、諦めるしかありませんね、この国では。日本のお客さんも有毒ガスが漏れたと言って、次に送ってくるコンテナもストップだよとか、そういう風評被害もあります。怒りをどこに持っていけばいいのか......」
事故後、周辺住民への損害賠償は進められているというが、佐藤さんの会社のような日本の中小企業には説明は行われてないという(9月現在)。さらに驚くことに、天津市は事故現場を「公園」として整備することを発表した。どんな化学物質に汚染されているかもわからないクレーター跡を池にして「海港生態(エコ)公園」を建設って、現場を見てきた自分にはブラックジョークしか思えない
何が原因の爆発で、どんな化学物質が爆発に関与していたのか、さっぱり原因究明が行われない一方で、中国当局は、危険物質取り扱いの許認可権限を持つ天津市の幹部らを、収賄や職権乱用などの疑いで相次いで拘束した。危険物質を扱う倉庫は住宅のそばに建てられないのがルールなのに、許可が下っていたという理由だ。さらには、事故当時、現場で陣頭指揮をとっていた、企業の安全問題を所管する閣僚級の局長も、重大な規律違反と違法行為の疑いで捜査していると発表された。この人物こそ、習近平主席が「腐敗の温床」とターゲットにしている石油業界の出身で、爆発を起こした倉庫会社の実質的オーナーの一人も元石油業界。ズブズブの癒着が事故の背景に存在するということなのだろうか。中国事情に詳しい神田外語大学の興梠一郎教授はこう指摘する。
「習近平主席には天津一帯を活性化しようというプランがあった。ところが、天津のトップは自分の系列の人間ではなかった。そこに誰をもってくるかという、ちょうどその頃に事故が起きたのです。
事故をきっかけにして天津開発の主導権を得るために、旧勢力に切り込んでいくことが今後のポイントになります」
多くの死者、行方不明者を出した事故にも関わらず、事故原因はうやむやのまま、すべては政治と権力争いに利用されていく天津の爆発事故。大国の仮面をかぶり、多くの矛盾に蓋をしたまま、中国はどこに向かって走り続けるのだろうか。